過ぎたるは及ばざるが如し

 「求めていた”以上”」とリディさんは言った。普通に考えれば良いことではあるはずなのだ。クライアントの求めるレベルよりも良いものが作れたのだから。ただ、今回は修復を求められて、「元と同じもの」とご希望だったのだから、元を超えるのが良かったことなのかは疑問だ。この辺についてはちゃんと的確なレベルで抑えるということが出来るようになっていかないといけないな。


 はたして疑問の答えはすぐにリディさんから返ってくる。

「ええ。依頼としては元の姿に戻していただくことでしたが、元の姿なのは勿論、織り込まれている魔力の量は大元よりもかなり多くなっています。使い方の場合は持っている魔力が多いに越したことはないので、正直なところ助かります。」

 あの使い方ってのは魔力電池のことか。確かに一定以上引き出すと壊れるならそこまでのマージンは多いに越したことはない。とりあえず余計なことをしたのではないと分かったので、一安心だ。

 元の魔力の量がどれくらいか分からないが、それなりに多かっただろう。それを使い果たして剣が壊れるような事態、と言うのが何だったのかは少し気にかかるところではある。どう考えても聞いていいような内容ではなさそうなので聞かないが、また壊れたら直してあげよう。


「それで、代金なのですが。」

 ああ、そう言えばそう言う物が必要だったな。いろいろ勉強にはなったので、格安でも良いのだが、とりあえずはあの基準で言うか。

「1人でいらした場合は、お客さんの言い値で構わないことにしているのですよ。なので、リディさんの思う金額をお支払いください。」

「そうなのですね。うーん……」

 細い顎に手を当てて考え込むリディさん。顔が小さいし物静かな印象のある人なのでそう言う仕草がすごく似合うな。最後に家に来た客がヘレンと言う真反対の人間だったからと言うのもあるとは思うが。


 しばし考えた後、「ちょっとお待ちを」と言ってリディさんは家に戻っていった。その合間に復元(+α)したばかりのミスリルの剣を構えてみる。作業中に実感していたことではあるが、ミスリルだから凄く軽い。同じ重さの鋼だと、肥後守は言い過ぎにしても、ナイフかもう少し大きいくらいの刃物しか出来ないだろうな。

 振り回してみるのは、お客さんの品物なので止めておいた。新たに打ったものなら試し斬りの名目で振ることも出来るが、これは修復品だからなぁ。


 ほんの少しの時間のあと、リディさんが小さな布の袋を持って戻ってくる。多分あれが財布と言うか、まとまったお金が入っている袋なのだろう。

「お待たせしました。」

 その袋の中から、金貨と見慣れない薄い板を取り出してきた。金貨は5枚程度だが、薄い板の方はよく見れば宝石のようである。それが2枚。相場があまり分からないが、おそらくはかなりの値段になっているはずである。

「本来であれば、これだけの魔力を持ったものを打っていただいた場合、もっとかかるのかも知れませんが、お支払いできる限界がこれなので。」

 うーん、やっぱりなんか多い気もするな。材料は持ち込みだったし、リケが色々教えてもらったのもあるし、俺も勉強になったことはいっぱいある。ああ、そうだ。


「えーと、それじゃあですね。」

 そう言いながら、俺は金貨を1枚リディさんの手に戻した。

「この金貨1枚分の、リディさんの里で育てている野菜の種を、この家の場所を聞いた商人に届けてもらえませんか?エイゾウ宛だって言えば通じると思いますので。もちろん、里の方々のご迷惑にならない分だけで結構です。もし余ったら種を季節ごとに分割して、とかで結構ですので。あ、もしかしてエルフの里の野菜とかって門外不出だったりします?」

「いえ、そんなことはありません。普通に人間の商人に売ることもあります。ですが、よろしいのですか?」

「ええ。街に行った時にご覧になったかと思いますけど、あの商人とのやり取りと同じ感覚ですので。」

 これだと値引きにはなってないが、リディさんの住むエルフの里に金貨1枚分の金が帰っていくので、とりあえずはそれで自分を納得させることにするのだ。

 ……ヘレンの剣や、エイムール家騒動のときに貰った金の話をしたら、リケとディアナに「キッチリ貰っておかないと、自分の腕を安く売ることになるし、それだと他の鍛冶屋の立場もないだろう」と怒られたので、直接的な減額は控えることにした。今回も本当は金貨3枚位貰えたらいいなーと思っていたくらいなのだ。怒られた時、サーミャもよく分かっていないようだったが、あれは多分金額が大きいので実感が無かっただけだな。日用品の相場は普通に知ってるし。

 リディさんはまたも考え込んでいるようだったが、ややあって

「それではお言葉に甘えまして。」

 と渡した金貨を袋の中に戻してくれた。もう1枚くらいリケの授業料と称して戻しても良かったかも知れないが、それで多すぎると固辞されたら意味ないしな。


 ひとまずこれで今回の依頼については万事収まりがついた。となれば、今日は打ち上げだな。俺はちょっとだけ豪華な食事の準備をするべく、作業場の片付けを始めるのだった。

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