御覧じろ
猪の肉を保存するものと、近々消費してしまうものに分けたら、昼飯の準備を始める。前にブルーベリー(正確には”らしきもの”だが)を漬け込んだブランデーを少し使ってブルーベリーソースのソテーである。相変わらず好評なようで何よりだ。
昼飯を食ったら午後の作業を開始する。当然俺はミスリルの剣の仕上げ、リケはナイフ、リディさんはそれを見ながら魔力の訓練に付き合い、サーミャとディアナは庭で弓の練習だ。
もうかなり木型に近くなってきた剣を火床に入れて加熱する。もちろんチートはフル活用だ。熱が上がったら取り出して、何度か鎚で叩いて少しだけ形を変えたそれと木型を見比べて思い通りになっているか確認。その繰り返しを今日もやる。地道な作業なので、全く同じことをしているようにも思えてきたが、ちゃんと木型と見比べたりすると、それに少しずつではあるが近づいている実感がある。
ミスリルが加工できるベストな温度域から外れたら再度加熱するが、その合間にリケ(とリディさん)の様子を見てみると、ほんの僅かずつだが上達はしていっているようだ。なんとなしに打っているナイフにキラキラしたもの、つまり魔力が増えているように見える。……勿論、そう見えているだけで、実際どうなのかはあとでじっくり見てみないことにはだが。
このままリケが上達して魔力をふんだんに込められるようになったら、高級モデルは2つの意味を持つことになる。一般モデルは普通の加工のみを行い、魔力もほとんど込められていないものだが、高級モデルはその素材を最大限に加工したものと、加工自体は普通だが、魔力がかなり込められているもの、だ。特注品はその両方ということになる。
ただ、できればリケにはまず、素材のみで最大限に加工した高級モデルを作れるようになってほしい。そっちのほうが魔力が込められるだろうし、魔力の薄いところでも応用が効く技術だからだ。実際、俺が打ったエイム―ル家の家宝の剣は、魔力入りにする前でも、鋼の剣としては自分で言うのもなんだが相当の業物だった。リケには先ずそこを目指してもらい、そこから更にもう一歩を考えて欲しいのだ。
だが、俺ではチートだよりで具体的に教えることが出来ない。リディさんがいる今のうちに、覚えさせてもらえることは覚えさせてもらって、素材を引き出す方はその後で俺がちゃんと見てやれば良いようには思う。一連の作業をしつつ、俺はそんな事を考えた。サーミャがここにいたら「エイゾウが真剣に考え込んでるぞ」と言われかねないな。俺は苦笑して、以降は作業のみに集中することにした。
翌日も俺とリケ、リディさんの作業は同じ内容だ。サーミャとディアナは収集に行くらしいので、あるものを持ってきてもらうように頼んでおく。みんなで神棚に二礼二拍手一礼して、作業と採集の間の安全を祈る。さあ、今日の仕事開始だ。
作業自体は全く昨日と変わらない。光景も音もだ。リディさんがリケに魔力について教えている。リディさんはそこそこ身長があって、リケは低めである。パッと見には母親が娘に手ほどきをしているように見えなくもない。その幸せは俺は前の世界ではとうとう掴めなかったが、これはこれで掴めたと言えるのかも知れない。このところ同じ作業で集中を続けようと固まっていた俺の心がほぐれるような気がした。
この日の作業でほぼほぼ完成と言っていい出来になってきた。木型と比べてもほぼ差がわからない。これで完成と言っても遜色のない出来ではあるが、チートを使って確認すれば、まだ完成に至っていないことがよく分かる。完成は明日だな。
作業場を片付けていると、サーミャとディアナが帰ってきた。今日の収穫はキイチゴみたいなやつと、桃っぽいやつ、それと、
「頼んだやつ採ってきてくれたのか。」
「おう、これで良かったんだろ?」
「ああ。ありがとうな。」
サーミャが出してきたのは、この間採ってきたミント、ただし根っこごとまるまる1株である。
今日のところは水につけておいて、明後日にでも中庭に植えるのだ。もしミントと同じなら、それだけで放っておいてもそれなりに繁茂してくれるに違いない。前の世界で水耕栽培したがエラいこと生い茂ったからな。しなかったらしなかった時考えよう。もしこれで栽培できたら、気軽にミント茶が飲めるようになるから楽しみだ。
次の日、いよいよ俺は最後の仕上げにかかる、という事で、他の4人は自分の作業を止めて、俺の作業の見学をするらしい。
全員で神棚にお詣りする。作業の無事と、今日の完成を祈っての二礼二拍手一礼。気持ちがサッと切り替わる。この心持ちだと、今まで適当にやっていた火床への火入れもどこかしら儀式のようにも感じた。
昼をやや過ぎ、もう殆ど修正するべきところも無くなった。最後に木型と比べながらチートで見極め、完全に仕上げる。
これでもまだ最後の工程がある。研ぎだ。形はもう既に元の剣だが、これでは刃がついていないので斬れない。これもチートを活用して慎重に慎重に刃をつける。研ぐと当然その分は磨り減るし、魔力が抜けてしまうかも知れないので、今ある集中力の全てを使って研ぐ。硬い刀身の感触が手を伝い、ガラスのようなシャランと言う音が聞こえてきて、槌で叩いたときとは別の音が耳を楽しませてくれた。
「よし、これで完成だ。」
俺がそう言うと、リディさんも含めた4人がわっと歓声をあげる。改めて出来たものを見るが、この剣の元々の形はこうだったと確信できる。
「リディさん。」
「はい。」
「完成いたしました。お確かめください。」
「はい。それでは。」
剣を渡すと、リディさんはそれこそ剣の組織一つ一つを見るかような視線でチェックを始める。大丈夫だという確信はあるが、今回は依頼が依頼だけにどうしても固唾を飲んでしまう。リディさんが悪いわけではなく、元のもの、と言うのは多分に本人の思い込みも入っているからな。それにそぐわないなら、それはそれで失敗だと俺は思っている。そうなったらやり直しもあるだろうし、場合によっては期日に間に合わないと言ったことも起きるかも知れない。そう考えるとますます体が縮こまる。うちの3人娘も同じような気持ちなのか、チェックをするリディさんを射抜かんばかりの目でじっと見つめている。その気持ちは非常にありがたいが、余り見つめるとリディさんがチェックしにくくなるかも知れないから、程々にしときなさいよ。
リディさんが剣を台に置いた。チェックが終わったのだ。流石に俺もリディさんをじっと見つめる。4人からの視線にリディさんは一瞬だけたじろいだようだったが、すぐに気を取り直すと
「ありがとうございます。求めていた以上の仕上がりになっています。」
とそう言った。
「やった!」
サーミャが大喜びで立ち上がり、リケ、ディアナと抱き合っている。俺も嬉しいが、1つだけ気になる点があった。
「あの、求めていた”以上”とはどういうことでしょうか……?」
怒りなどではない、悲しみでもない、純粋に聞きたいことを、俺は口にしていたのだった。
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