対決のはじまり
着替えた、と言うよりは着替えさせられた俺は、マリウスとカミロと共に、馬車に揺られていた。どうしても憮然とした顔になってしまう。この姿をサーミャやリケに見られてないのだけが救いだ。
「そう怒るなよ。お前だって”偽物”は見たいだろ?」
カミロがとりなしてくる。
「見たくないとは言わんが……。」
国王下賜の家宝、となればそれなり以上のものだろうし、気にならないかと言われたら、気になるに決まっている。
「これは俺の要請なんだ。二人を巻き込んでしまったし、顛末については二人に知っておいて欲しいからな。」
マリウスが言う。俺もそれ自体に異論はない。
「それで、俺はなんでこの服を着なきゃならなかったんだ?」
俺が引っかかっているのは、その一点だけだ。
「包み隠さずに言えば、ただの鍛冶屋をそう言う場に同席させるわけにいかない、ってことだ。俺はくだらない話だと思うが。それで貴族の服を着せた。」
マリウスが答える。
「で、エイゾウは北方から来た俺の客と言うことにしてある。カレルも何人か連れてくるそうだから、客人を連れて行くことは問題にはならないだろう。カレルにしてみれば、第三者の立会いの元に、高らかに奪還を宣言できたほうが都合がいいのもあるしな。カミロ殿についても同じさ。行商人の情報網で話が広まることを期待してるんだろう。さもなきゃ、”行商人ごとき”の同席を、あのカレルが認めるわけがない。」
「なるほどね。」
”行商人ごとき”はマリウスではなく、カレルの言葉だろう。マリウスは次期伯爵のはずだが、貴族にしては”進歩的”だ。街で衛兵してりゃ色んな人見るだろうし、その経験が活きているのだろうか。行商人がよくて鍛冶屋はダメ、と言うのも、情報の拡散を考えたら分からない話ではない。
「その辺りが全部裏目に出るということか。」
「そうなるな。」
俺と言う第三者に見られるのも、カミロと言う情報網を持った行商人に見られるのも、カレルの失敗を広める結果にしかならない。カレルが友人知人を連れてくることも、同じ結果を生む。それであっさり認めてくれればいいが。俺はそう思わずにはいられないのだった。
やがて大きな屋敷に到着する。ここがエイムール伯爵家の屋敷だろうか。
「ここがメンツェル卿の別邸だ。」
マリウスが教えてくれるが、俺には聞き覚えのない名前だ。
「メンツェル卿は、この国の侯爵だよ。」
カミロがフォローしてくれた。侯爵ってことは伯爵より一つ上か。
「へぇ。エラいとこに来たな。」
「父上がメンツェル卿とは旧知の中でね。父上よりは若いが、懇意にしていた。その縁で、この件についての裁定を任されてもいる。」
そう言うのはマリウスだ。なるほど。侯爵くらいだと国王に対する報告も直接だったりするんだろうな。
屋敷で馬車を降りると、使用人さんだろうか、物腰の丁寧な若者が案内をしてくれ、広い部屋に通される。俺達が来たときは、まだ部屋には誰もいなかった。マリウスが席に座ったので、そこの近くに俺達も腰を下ろす。こう言うときの席次は俺には良くわからないのだが、前の世界とさほど変わらないようだ。”本物”の家宝の剣は、布に包んだ状態で、マリウスのそばに置いてある。
ややあって、3人の男が入ってきた。そのうちの一人が不敵な笑みを浮かべている。どことなくマリウスに似てるから、あれがカレルか。特にいけずそうな顔とかではない。たまたま、欲に目がくらんでしまったんだろうなぁ……。残りの二人もそれなりの地位の人間なんだろう。カレルたちは俺達に向かい合う位置に腰を下ろす。
カレルが来るまでは、俺達となんだかんだと小声で雑談をしていたマリウスだったが、入ってきた途端に口をつぐんで黙り込んでいる。
そこから更にいくらか経って、豪奢な服を着た壮年の男性が入ってきた。がっしりした体躯に、口ひげと頭髪をピッチリと整えている。あれがメンツェル侯爵か。俺達は一斉に立ち上がる。侯爵は上座に着席すると、俺達にも着席を促した。
「さて、エイムール家から家宝の剣が奪われ、それをカレル殿が取り返したという事であったが?」
侯爵がカレルたちに問いかける。がっしりした体躯から受けるイメージに違わぬ、低いどっしりとした声で、この声で怒鳴られでもしたら、大抵の人間は震え上がるだろうな、と思わせる。
「はい。国境付近にいる賊の仕業でしたが、昨日なんとか取り戻してまいりました。」
カレルの方は高めだが落ち着いた声だ。布に包まれた長いものを出すと、それは剣だった。マリウスが言っていたとおり、あまり華美な装飾のない、素直な鞘に収まっている。鍔や柄の作りも同様で、良い腕の職人の手になるものであることが見て取れた。
「それで、私に裁定を仰ぎたいこととは?無くなったものを取り返したのであれば、それで問題はなかろう。後はエイムール伯爵をそこのマリウス殿が継げば、万事解決ではないのか?」
侯爵がカレルに返す。侯爵はカレルにあまり良い印象がないのか、それとも元々こう言う感じの人なのか、つっけんどんな物言いだ。
「いえ、家宝を盗み出され、手をこまねいているだけだった者は、伯爵家の長に相応しくないのではと存じます。」
カレルがマリウスをちらっと見ながら反論する。始まったか。その言葉を聞いて、侯爵は考えこんでいる。
カレルの言っている事は分からなくはない。家の大事なものを盗まれて、バタバタしているだけで何も出来なかった、と言う人間が、そこそこ以上の家格の家の家長として相応しいかと言うと、それは怪しいとは思う。家格が高ければそれだけ関わる人間は多い。彼らはもちろん、領地の人々の生活が家長にはかかっているのだ。家長にはこう言った困難を解決出来るだけの能力が必要で、今回マリウスはそれを示せなかった――ことになっている。
それらは勿論、本当に家宝が盗み出され、賊に対して手をこまねいているだけだった場合の話で、今回はそうじゃないからな。だが、そうじゃないと証明することも俺達には不可能だ。カレルが自分が引き入れた賊を始末している可能性もあると俺は思っている。その場合は「家宝が盗まれたので、賊の居場所を突き止め、始末し、取り返した」と言うカレルの話は表面上は整合性が取れているし、何より”嘘ではない”からな。
だがしかし、俺達には切り札がある。こっちはこっちで中々の綱渡りだが、カレルが思いもよらないような切り札だ。
マリウスが口を開く。
「一つよろしいでしょうか。」
「構わない。言ってみたまえ。」
侯爵が促す。
「私がゆっくりしていたように見えたのは、あの家宝は偽物だったからです。本物は手元にあったので、じわじわと賊を追い詰めればよいと考えておりました。それが手をこまねいていたように見えてしまったのは、大変に反省しているところでありますが、素早く片付けるか、じわじわと追い詰め、締め上げるかの違いである、と言うことはご承知いただきたく。」
「ほう?」
マリウスの反撃に侯爵が片眉をあげる。ガタンと言う音がしたので、そちらを見ると、カレルが思わずだろう立ち上がっていた。
「ここに、その”本物”があります。」
マリウスが傍らに置いていた布の包みを解き、鞘に収まった剣を出した。俺の打った”本物”の剣を。
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