決着

「そんなはずはない!」

 カレルが大声で叫ぶ。実際に「そんなはずはない」んだから、そりゃ当たり前だけどな。

「カレル殿、落ち着きたまえ。」

 侯爵がカレルをたしなめる。渋々と言った感じでカレルは席に着く。同行の2人の様子を伺うと、片方は単に驚いているが、もう片方は苦々しげにしている。驚いてる方は事の詳細を教えてもらってなかったようだな。ある意味幸いしたとも言える。苦々しげな方は貴族っぽい服を着ているが、もし貴族なら、もう少し本心を隠すことを覚えないと、権謀渦巻くところに行ったら、あっという間に取り殺されるんじゃないか。


「それで、”本物”とはどういうことかね?」

 侯爵はマリウスに尋ねる。

「ええ、父の残した文書で分かったのですが、実はエイムール家では儀式などの時、対外的には”偽物”を用意して使っておりましたが、実際には別に”本物”があったのです。”国に一大事あれば、家督を継ぐものが本物を持って国難に立ち向かえ”、父の残した文書にはそうもあります。」

 マリウスは懐から紙(おそらくは羊皮紙だろう)を取り出して、侯爵に差し出した。侯爵はそれを受け取り、目を通している。

「ふむ、確かにエイムール伯の字だな。」

 侯爵の言葉にカレルの目が見開かれるが、そりゃお前、こんな話のときに念入りに偽造してないわけがないだろ。旧交のある人間の目をごまかせるとなると、腕の良いやつに頼んだには違いないだろうが、そこはカミロの仕事だろうな。チラッとカミロを見ると、一瞬だが俺にウィンクをしてきた。おっさんがおっさんにウィンクすんなよ。


 カレルが何かを言おうとしたが、マリウスは先んじて立ち上がり、

「兄上はこの文書が見つかった頃、なにやら他所に出かけておいでで、今日までお会いすることもかないませんでしたので、お伝えするのが遅れました。大変申し訳ない限りです。」

 そう言って頭を下げる。カレルは浮かせかけた腰を再びおろした。怪しいには怪しいが、辻褄は合ってるな。


「だ、そうだが、カレル殿はなにか異論はあるか?なければ問題なし、と陛下にはご報告差し上げようと思うのだが。」

 侯爵がカレルにとっては死刑にも等しい言葉を、それとは知らず投げかける。だが、今ならまだ「血気にはやってしまったが、家宝を取り返す一心であった。その心意気やあっぱれ」で決着させられる。

 家督相続はもう無理かも知れないが、この場でベストなのはその結末だと俺は思う。その後、マリウスが親父と兄貴の死因の捜査をしている間に身を隠すなり、取引するなりすればいい。

「いえ、やはりこちらが”偽物”で、あちらが”本物”などという言葉は信じられません。」

 だが、カレルはこの場での決着を望んだ。望んでしまった。それこそがマリウスの置いた駒の前にキングを置く行為であるのに。


「分かりました。であれば、その証を立てましょう。」

 マリウスは事もなげに言う。俺の製品に対する信頼の証ではあるが、若干勘弁して欲しい面もあるな。

「如何にして行う?」

「実際に試したほうが早いでしょう。お庭をお借りしてもよろしいですか?」

「構わぬ。カレル殿もそれでよろしいか。」

「ええ。」

 移動のため、全員が席を立つ。カレルはもう隠しもせずに、マリウスの方を睨みつけている。それをマリウスは余裕綽々に受け流すのだった。


 こうして、侯爵邸の中庭で最後の対決が行われることになった。お互いに”家宝の剣”を持っているが、さすがにこれで切り合うわけではない。

 中庭の土に俺の作ったほうが突き立てられている。我が作品ながら、抜いたら王様になれそうな雰囲気だな。そこに槍を持った若い兵士が近づいてくる。彼はこの屋敷の衛兵――侯爵の私兵だ。今から彼が俺の作った剣の横腹を突く。もしそれで剣にダメージがあれば、俺が作ったものが”偽物”と言うことだ。ただ、チラッと見たが、あの穂先の出来なら、俺の剣は材質がただの鋼であろうと50回は耐える。

 果たして20回ほど兵士くんが突いたが、槍の穂先がダメになっただけで、俺の作った剣には傷一つない。

「バカな……」

 小声でそう呻くのはカレルだ。そりゃそうだろう。たった1日や2日でこんなもの用意できるはずがない。普通ならな。侯爵も感嘆した様子で剣を褒める。

「さすがは国王陛下より下賜された剣だ。美しさと強度を兼ね備えておるのだな。」

「さようでございます。これぞまさしく”本物”と呼ぶに相応しいかと。」

 そこにマリウスが乗っかっていく。まずはうちの剣の性能は見せた。


「それでは、カレル殿の剣だな。」

「はい。」

 カレルが同じように土に剣を突き立てる。そこで侯爵が

「おい。代わりの槍を持て。」

 とさっきの兵士くんに命ずるが、

「いえ、それには及びません。」

 マリウスはそう言うやいなや、カレルの”偽物”の横に刺さっていた”本物”を抜くと、”偽物”に斬りつけた。金属音も何もなく、”偽物”が中程から断ち切られる。カラン、と断ち切られた上半分が音を立てて転がった。

「この強度、この切れ味、これらを持ってこちらが”本物”であることは間違いないと思われますが、いかがでしょうか。」

 マリウスがニッコリと侯爵に対して勝利を宣告する。

「う、うむ。これほどの切れ味、戦場に出れば一騎当千の働きができるであろう。これこそ本物に間違いあるまい。」

 さすがの侯爵も、目の前で起きた出来事にやや理解が追いついてないが、これを見せられたら認めるも認めないもない。驚きながらも、本物はどちらかを宣言した。


「と、言うわけで、此度こたびの一件、特に問題なく、よって家督相続も決まり通りに進むであろうこと、陛下にはご報告差し上げておこう。それでよいな、マリウス殿、カレル殿。」

 やや持ち直した侯爵がそう宣言する。これで終わったな。さっさとこいつを脱いで家に帰りたい。そう思った時、

「うわぁぁぁ!!!」

 カレルがそう叫んでマリウスに飛びかかろうとした。手にはナイフを持っている。俺はチートのおかげでその動きを捉えることが出来たが、ここからでは間に合わない。だが、その瞬間、俺は別の動きを捉えた。マリウスだ。


 マリウスの右手が俺の剣を握ったまま、物凄いスピードで跳ね上げられ、まるでそこには何もないかのように、やいばがカレルの左腰から右肩をなぞる。

 音もなく断ち切られ、泣き別れになったカレルの上半身はマリウスに届く前に、どう、と言う音を立てて地面に転がった。

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