あたらしいもの

 翌日。俺とサーミャは街に向かっていた。護身用に槍を持ってくるか悩んだが、まだ試してないので置いてきている。明日にでもやらないとな……。


 今回は何事もなく街についた。入り口の衛兵は今日もマリウス氏である。

 手には支給品の短槍を持っているが、腰には”間違えて持ってきた私物”のロングソードを佩いている。

「お、今回はちょっと早かったな。」

「ええ、在庫ができたので。」

「なるほど。品揃えは変わってないのか?」

「そうですね、今日は前と同じです。」

「そうかぁ。ロングソードはあるんだよな?うちの連中にも言っとく。」

「ありますよ。ありがとうございます。」

「あー、それと。」

「なんでしょう?」

「いや、いいや。自由市に行ったら分かる。」

「……?わかりました。それでは。」

「ああ。」

 マリウス氏にしては、やたら歯切れの悪い物言いがひっかかるが、今日は物を売りつつ、塩やなんかを買って帰るのが目的なのだ。俺たちは自由市の方へ向かった。

 今日も商品は俺だけが持っているので、販売スペースへはまず俺一人で行く。サーミャにはその間に買ってきてもらう、と言う算段だ。


 いつもどおりに金を払って、販売台を受け取り、スペースに向かう。受付のオッさんにも少しは覚えられてきたらしく、今日はいつになく愛想が良かった。

 前と同じところは埋まっていたので、少しズレたところに販売台を置いて、開店準備を始める。織物商は今日は見当たらない。今回は俺たちが早めに来たので、日が合わなかったのか、しばらくは来ないのか……。知り合いがいないと、ちょっと寂しいな。


 今日の商品は前回と同じなので、テキパキと準備を進めて、開店準備は完了だ。もちろん自由市では、開店時間なんてものはないので、準備完了はイコール開店なのだが。


 そうして、昼前まで待っていると、前回ロングソードを買ってくれた行商人の男が来た。

「おう、どうだい調子は?」

 気軽な感じで声をかけてくるので、俺も同じように返す。

「いやぁ、今日はダメだねぇ。」

「1本もかい?」

「1本もだ。」

「じゃ、ロングソード、ある分買うよ。」

「えっ!?いいのか?」

「ああ。前に持っていったのが、売り先で好評みたいでな。もう何本かくれって言われてるんだ。」

「なんだ、それ知ってたら、もう10本もっぴて作って持ってきたのに。」

「職人のくせにがめついな、お前は。」

「ずーっと1週間も鉄を叩いてるとな、たまにゃあ銀を拝みたくなるんだよ。」

「なるほどな。わかるぜ。」

 そうして、二人で笑う。行商人の男は本当に4本とも買っていってくれた。今日の目的はほぼ完了だな。

 今日も”高級モデル”も持ってきてはいるのだが、これは、と言う客が現れないので売れずにいる。しかし、それではいつまでも売れないので、どこかで見切りをつける必要はあるだろう、次くらいに行商人のやつが来たら、あいつに任せてもいいな。


 そんなことを考えていると、サーミャが買い出しから戻ってきた。今日買ってきてもらったのは、鹿肉を塩漬けにするための塩と、昼飯の屋台メシ。屋台メシの方は、固く焼いたパンの上に、焼いたイノブタのスライス肉を載せて、その上から甘辛いソースをかけた、と言う説明のまんまの料理だ。ピザともハンバーガーとも違うが、なかなか美味いので、ここに来るときはこれが常食なのである。壁内だといろいろ面倒な決まりがあって、それぞれ別に買ってこないといけなかったりするみたいだが、ここは壁外の自由市、そんな決まりはないので、こうした料理にありつける。


 そうして腹を満たし、”一見いちげんさん”にナイフが何本か売れたあと、はやってきた。


 一見いっけんすると子供のようでもあるが、それにしてはやたら身体がしている女性がキョロキョロと何かを探してうろついている。それを見て、サーミャがボソリと俺に呟いた。

「ありゃドワーフだ。珍しいな。」

「少ないのか?」

「この辺りじゃあ、あんまり見ないな。アタシも1回だけ森に来たやつを街道まで案内した事があるけど、それっきりだ。」

「そうなのか。」

 レアなものを見ることができているのか。これはちょっと嬉しいな。それにドワーフ。聞き覚えのある種族名だ。いるんだな……。この調子だとエルフもいそうだ。今度サーミャに見たことがないか、聞いてみよう。


 そのドワーフの女性は、販売台に残っていたナイフを見ると、慌ててこちらに向かってきた。顔を見ると、鼻はやや丸いかな?というくらいで、後はほとんど人間と変わらない。しかし、腕や脚周りがガッチリしている。前の世界で言うボディビルダーほどではないが、ジムできっちり鍛えている感じ、と言えば分かるだろうか。

「あ、あの!」

「はい。なんでしょう?」

 勢い込んで話しはじめる女性に、少し圧倒されながら応対する。

「衛兵隊の人のナイフを作ったのは、貴方ですか!?」

「ええ、そうですが……」

 サーミャが少し自分の位置を変えた。多分なにもないと思うが、ちゃんと護衛としての仕事をしようとしてくれているのが、なんだか少し嬉しい。女性はこちらの様子に気がついたふうもなく続ける。

「このナイフは衛兵隊の人のものと同じですか?」

「ええ、そうです。」

「見せてもらっても?」

「どうぞどうぞ。」

 女性は鞘からナイフを抜いて、刀身や柄のつくりをじっと観察する。そして、しばらく観察したあと、言った。

「ここで一番出来の良い商品を見せてもらえませんか?」

「え、まぁ、いいですけど。」

 一番出来の良い商品か……。今見ているナイフも、そこらの鍛冶屋には負けない出来だと思うが、そのナイフを見て、「これ以上を見せろ」と言うことは、それがあることを確信しているのだろう。いずれ売ろうと思っていたものだし、見せることは構わない。

 俺は”高級モデル”のロングソードを腰から外して、女性に渡した。女性はやたらうやうやしい感じで受け取ると、そっと鞘から抜く。出てきた刀身は、そこそこの力の入れ具合とは言え、俺が見てもなかなかの出来だった。この辺りになってくると、そこらどころか、かなりの腕前の鍛冶屋でもなかなか出来ないだろう。もし売るとしたら、”一般モデル”の10倍取っても文句は出まい。


 女性はナイフのときよりも、かなり丹念にロングソードを観察し続けた。あまりに長い時間観察しているので、何をしているのかと興味を持った別の男に、ナイフ一本を売りつける時間の余裕もある(まいどあり)くらいだったのだ。その間も一心不乱に女性は剣を見続けていた。


 そして、流石にそろそろ返してもらおうかと思った頃、

「ありがとうございました。お返しします。」

 ロングソードを鞘に収めて返してきた。

「どうも、ありがとうございます。」

 と、俺がそれを受け取った瞬間、女性が動く。サーミャがそれに反応して、俺の身体を後ろに引っ張りつつ、自分が前に出る。


 しかし、女性が取った姿勢は、俺への攻撃ではなく、足を折り曲げ、地面に手をつき、頭を下げた姿――土下座だ。

 この世界って土下座あるの!?と驚く俺をよそに、女性は自由市の真っ只中で、土下座姿のまま叫ぶ。

「わたしを弟子にしてください!」

 俺はしばらく、キョトンとすることしか出来ないのだった。

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