道中にて

 街は森の中を2時間、そこから街道に出て1時間のところにある、とインストールの知識が教えてくれた。

 つまりは往復6時間、この間、森と街道と言う、決して安全とは言えないところを、それなりに金目の物を持って行くわけだから、用心してしすぎることはない。


 道連れにはサーミャがいるが、あくまでも俺が一人ではなく、普通の人間よりは身体能力が高いだろう(ここらは飯の時の話で類推した)獣人と一緒にいる、と言う、良からぬことを考えているやつへの、威圧効果を見込んでのことだ。


 前にもサーミャ自身も言っていたが、おそらく後1週間ほどは、あまり激しい運動はしないほうがいいだろう。今はゆっくり体を動かして、もとの感覚を少しずつ取り戻していってほしい。


 そんな事を考えながら、森の中を進んでいく。ここらはまだ結構木が多いから、朝早い以上に暗い中を進むことになる。これ、雨の日は暗すぎて、日帰りするつもりなら街に行くのは無理だろうな。と、サーミャがピタッと足を止めた。


「なんかいるのか?」

「気配と少しがする。大黒熊とかじゃないとは思うけど……」

 サーミャはそう言うと、ソロリソロリと歩を進める。さすが虎の獣人、森の中なのに音がほとんどしない。少し離れた木にたどり着くと、そこから向こうをそっと伺う。


「ああ、ありゃ樹鹿ツリーディアか……。においが少ないわけだよ。あいつは怒らせると厄介だ。狩りして肉取るならともかく、今日は無視しようぜ。」

「おう、今日の目標は街にたどり着くことだからな。」

 俺たちはその「樹鹿」のいる辺りを迂回して進む。ちらっと振り返ると、その名の由来になった、この辺りの木の枝にそっくりな角を生やした、大きな鹿が、ゆっくりと草を食べていた。


「あんな図体で角がよく引っかからないな。」

「いや、デカいのは時々引っかかって折れてる。」

「え、そうなの?」

「狩りができるようになって、捕まえたら見せてやるよ。デカいのは一回か二回折れた痕がある。あいつらのは角鹿のと違って、突いたりするのには使わない擬装だから、別に折れても、どうってことないんだよ。」

「なるほど、よく出来てんなぁ……」

 生物方面の知識は元々ないし、インストールされているのも、学術的なものではないので、こう言うのを見聞きするのは面白い。前の世界のそう言うテレビ番組を見ているようだ。

「そのかわり、蹴ったり頭突きしたりして来る上に、身体がデカくて体力がかなりあるから、接近戦だとだいぶ厄介だぞ。」

「へぇ。もし俺が狩りするときは、気をつけよう。」


 樹鹿を迂回してしばらくは、何事もなく進むことが出来たので、一旦休憩にする。かなりの距離を進んだが、あの家の場所は俺もサーミャも覚えている。軽い食事を取りながら、二人でそんな話をする。

 森の中に住む獣人は、においとかちょっとした違いを記憶しているらしい。俺はインストールされた、森の中で生きるための知識やら経験やらだから、まさにずるチートである。もちろん、そのことはサーミャにも、誰にも言うつもりはない。もしかしたら、できるかも知れない未来の奥さんにも。


 小休止してまたすぐに歩みを進める。もうここから街までは基本的には休憩なしだ。途中、いくらかの森に住む動物に出くわしたが、基本的には大人しい動物ばかりで、肉食系のやつらには出会わなかった。

 もしかしたら、サーミャの匂いか何かを感知したのかも知れない。獣人の年齢はよくわからないが、俺は御婦人に「お前の匂いで獣よけになってる」と言うほど、オッさんになりきってはいないので、そのことは黙っておいた。


 やがて、木がまばらになり始め、森のそばを通る街道が見えてきた。あそこを通れば街まではもうすぐのはずだ。

 ただ、ここいらは大きな森があるために、畑やなんかもこちら側には広がってないため、人通りは多くない。……とサーミャが言っていた。


「それにしても人が通らないな。野盗が出放題じゃないのか。」

「それでも道には違いないから、たまに衛兵隊が見回りに来てるぞ。」

「なんでお前が知ってんだ。」

「アタシもときどきは街にいるものを買いに行くからだよ!」

「ああ、そりゃそうか」


 いかに森に住む獣人、とは言っても、どうしようもないものはたくさんある。例えば、塩。あるいは衣服なども(被毛に覆われてはいるんだが)必要になれば、生地を買ってきて仕立てたりすると言う。その時の対価は狩ってきた動物だ。


「衛兵隊も馬鹿じゃないから、決まった間隔で回ってきたりせずに、幅もたせたりしてやってくるんだよ。だから、ここを通る人間を襲うのは結構博打だな。森から何が出てくるか分かんねぇ……と普通は思ってるみたいだし。」

 ここらの衛兵隊は職務熱心らしい。感心なことだ。

 野盗が獲物に襲いかかっている間に、森から狼でも出てきたら、立場が一気に変わってしまう。実際にそんなことは少ないにしても、その博打を打つべきかどうか、と言うことなのだろう。


 そんなことをくっちゃべっていたら、遠くに街の外壁が見えてきた。

 さあ、もう一息だ。俺とサーミャは少し気合を入れ直すと、やや上がったテンションのままに街に向かって歩いていった。

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