街へ向かう準備

「しかし、こりゃ3本目は普通の売り物に出来ないな。」

「え?そうなのか?」

 サーミャが驚いて言う。俺は

「刃物の取り扱いを十分に知ってるやつならともかく、そうでないやつが、この切れ味のもの使ったら危なすぎるだろ?」

 と答える。

「あー、そうかぁ……」

 がっくりした様子のサーミャ。


「まぁ、ちゃんと刃物の扱いがわかってるやつになら、売ってもいいけどな。」

「おっ、やったぜ。」

「ん?なんだ?欲しいのか?」

「お、おう。狩りして捌く時に、これくらい切れ味がよかったら楽だなぁって。」

「じゃあやるよ。」

 俺は前のがあるし、このまま持ち主を待つのはかわいそうだし、何よりサーミャは知らんやつでもない。


「いいのか!?」

「おう、かまわんぞ。普通に売れるものの合間に鞘作るから、ちょっと時間をもらうけどな。」

「それこそかまわないぜ。これだけの物をもらうんだから、そこで駄々こねても仕方がねぇし。」

「じゃあ、しばらく待っててくれ。」

「おう!」

 なんかちょっと餌付けしてる感じになってきた。いや、住まわせてるから、実質餌付けしてるようなもんか。


 とりあえず、これで作るべきものの方向性は決まった。あまり凄いものは作らずに、そこそこのものを作りつつ、翌々日くらい仕上げで修理も受け付ける、ということにしよう。

 となれば、しばらくは”数打ち”に集中したほうが良さそうだ。俺にとっては大したことのない出来、と言っても普通よりはだいぶ切れ味のいい刃物だから、不評を買うようなことはないはずだ。


 それから5日ほど、小剣やナイフなどの他に、クワと鎌、斧をいくつか作った。新しく作ったものは、切れ味のいいものも、自分用に作ってある。


 この5日間、サーミャはおとなしくしていた。あまり体を動かさなすぎるのも、体がなまるだろうと、試し切りには参加させているが、そのときも全力を出している風ではない。

 そのことについて聞いてみると、

「いや、早く怪我を治してエイゾウのナイフとかを使ってみたいから……」

 と言われた。そうかそうか。今度なんか新しいの作ってやろうな。遠回しにでも褒められると弱いのだ、俺は。


 そうして6日目、俺がに来て1週間たった頃、サーミャの縫合した傷跡の抜糸をすることにした。

「今から抜くが、痛むぞ。」

「おう、わかった。」

 そうして縫ったぶんの糸を抜いていく。サーミャは痛そうだったが、声を上げることなく耐えていた。

「よし、終わり。」

「いてて、ありがとな。」

 新しい包帯を巻いた上から、抜糸あとをさするサーミャ。


「ところで、サーミャ、一つ聞きたいんだが。」

「ん?なんだ?」

「獣人が街に行くのは問題があるのか?」

「いや?特に用がねぇからあんまり行かないってだけで、罪を犯してるとかなけりゃ衛兵に止められたりってことはないぜ?」

「そうか。」

「なんでだ?」

「いや、明日あたり一回街に行ってみようかと思ってな。俺はこっちの街には不慣れだから、護衛と体慣らしを兼ねて、付き合ってもらえると助かるんだが。」

「いいぜ。」

「あっさり受け付けるんだな。」

「まぁ、エイゾウに世話んなってるのは確かだし。ちょっとでも助けられるならお安いもんだぜ。」

「ありがとう、助かるよ。」

「おう。それじゃ、ちょっと今日はもとのねぐらに行ってくる。」

「そうか。気をつけてな。」

 これは、もうここに住むって決めたようなもんだな。そう思ったが、多分それを口に出すとへそを曲げるだろう。あまり感情に出して勘付かれても面倒なことになりそうなので、黙っておいた。


 サーミャは夕方頃にはいくつかの身の回り品と共に戻ってきた。

「それだけか?」

「ああ、アタシたちは時々ねぐらを移動するんだよ。だからそもそも物はそんなに持ってない。」

「なるほど。」

 狩猟民族に近いのかな。そう言えば飯の時に出る話題は狩りの話が多かった。でも、ここに住む気が(おそらくは)あるということは、定住が出来ないというわけでもないようだ。

 この辺の話は、また住むって言ってきた時に聞いてみよう。


 そして次の日、朝の水くみだけ済ませたら、街へ出かける準備をする。と言っても日帰りなので、大した旅装は必要ない。今日はナイフと鎌、斧、クワを持っていくことにするが、斧とクワは嵩張るので一本だけだ。サーミャは護衛を兼ねているので、ナイフだけ持ってもらう。売り物でないナイフは、今腰につけていて、服装は自分の服だ。

 俺はいつもの服に斧とクワ、複数の鎌と言う出で立ちで、怪しいっちゃ怪しいが、まぁ逆に言えば、売り物を持ってきたようにしか見えない、とも言えるだろう。

 あとは寝室のサイドテーブルの隠し棚から、銀貨を数枚失敬してきた。多分俺のだけど。


「用意はいいか?」

「ああ。」

 この世界で初めて街に出る期待と不安を胸に、俺達は出発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る