家をもらう

 年齢を声に伝えたあと、俺はゆっくりと意識を失った。そして次に目を覚まして、この森にいると言うわけである。

 俺はそろそろと立ち上がった。心配していたはない。それが年齢が若返ったからかどうかは分からない。手を見てみるが、言った年齢かどうかは分からなかった。そもそも、ある程度の歳になったらそんなに急に変わる部位でもない。ふぅ、と一息ついたとき、頭がズキッと痛んだ。

「これか……」

 意識を失う直前まで、女(らしき気配)は俺に説明を続けていた。その中の一つがこの頭痛だ。

『キミの存在が世界に馴染む瞬間、頭痛がするかも知れない。それはキミに与えたスキルや知識や経験をキミの脳と身体にマッチングさせた証拠だから安心して欲しい。』

 女はそう言っていた。

「大した能力じゃないんだろうから、もうちょっと加減してくれても良かったんじゃないか?」

 そうひとりごちながら辺りを見回す。特に目立つものはない。

『とりあえず住めて鍛冶ができるところは用意するよ。あと食べ物や材料なんかも少しね。』

 とも女は言っていたが、さて、ここにはないのだろうか。わざわざ転移先から離れたところに用意しておく必要もなさそうなのだが、もし遠いところだったら厄介だな。最悪、探し当てられない可能性もある。


 そう思った瞬間、視界がその端に何かを捉えた。確実にさっき見回したときにはなかったものだ。俺はびっくりしてそちらに向き直る。すると、なんとそこに小屋と呼ぶにはいささか大きすぎる建物があるのだ。

「いったいなんなんだ……」

 女の説明からすればおそらくここに住め、と言うことなのだろう。さっきまでなかったのが、”本当になかった”のか、”見えないようになっていた”のかは分からない。状況を考えるといずれにせよ安全なのだろうとは思う。

 しかし、俺は慎重にその建物に近づく。貰った能力のせいなのかどうかは分からないが、屋内に気配がないことが。周囲からも少なくとも俺に対する敵意や警戒心といったものは感じられない。そろりと格子窓から中を覗き込む。無人だ。

 念の為、窓の下をかがみ込むようにしながら、自分の姿を屋内にさらさないように扉に向かう。扉にはシンプルな取っ手と鍵がついていて、回すようなノブはない。そっとその取っ手を引くと、抵抗なく扉が動いた。特に鍵はかかっていない。俺は空いた扉の隙間から中を伺う。気配ももない。とりあえずは安全そうだ。

 俺は普通に立つと、扉を開け放つ。途端、くぐもった「カランコロン」と言う音が聞こえて、ギクリとして思わずしゃがみ込んだが、特になんの反応もない。ホッと胸をなでおろして中を見渡してみると、中は昔に前の世界でスキー旅行へ行ったときに泊まったコテージのようになっている。

 その時と違うのは2階がないことと、カウンターキッチンでなく、日本家屋で言うところの土間にあたるような、かまどと食器類が収納されている棚があり、キッチンはそこであると言うことだ。さらにその奥には扉がある。

 そこに紐が伸びているのに気がついた。どうやらさっきのカランコロンと言う音は、あの扉の向こうから聞こえてきたらしい。


 扉を閉める(またカランコロンと音がした)と、"かんぬき"があるのに気がついたので、一旦かんぬきをかけ、中に入ると、大きな部屋には結構な大きさのテーブルと椅子が数脚置いてある。

 上を見上げると、天井はかなり高い。鳴子のような物が見えるが、音のくぐもり方からしてもさっきのはアレが鳴ったのではないだろう。

 となると、アレを鳴らす何かが他にあるということだ。気にはなったが、一旦置いておいて見回すと、部屋の隅に扉が3つある。そのうちの1つをあけてみると、どうやらトイレのようである。

 さっき見たときに寝具が見当たらなかったから、残り2つのどれかが寝室なのだろう。俺はその片方の扉を開けてみる。そこそこ大きめの机と書棚のようなものがある。どうやら書斎だったようだ。

 もう1つの扉を開けて確認すると、予想通り、そちらは寝室である。そこそこ大きめのベッドと、サイドテーブル、小さな丸椅子が備えてあり、さながらビジネスホテルのようでもある。さて、次はいよいよ大本命だ。


『鍛冶ができるようにしておくよ。』

 そう言っていたからには、それなりの設備が整っていることを期待したい。とは言っても、おそらくは長いこと1人で操業することになる(弟子をとったりするつもりも今のところはない)のだし、原料生産のための木炭高炉みたいなものを備え付けられても扱いに困るが、それなりの物が欲しいところだ。

 俺は期待半分、不安半分の心持ちで土間奥の扉を開ける。果たせるかな、そこには金床や鎚はもちろんのこと、るつぼを熱するための炉だけでなく、火床やレン炉のような製鉄炉も備え付けてある。おおよそ鉄(鋼)の武器と呼ばれるものは西洋剣も日本刀も、小さなもので言えば矢じりなんかも全てここで製作することができそうである。

 これらの道具や装置の使い方については、この世界に来たときに"インストール"されていて、なんとなく分かる。たしかにこれなら、あのひどい頭痛を受けたかいがあろうと言うものだ。鍛冶場には小さなカウンターが設けられていて、その向こうにちょっとしたスペースがあり、更にその向こうには外へと続いているらしい扉があり、かんぬきがかかっている。

「なるほど、営業はここで、ってことか。」

 つまり、向こうは居住スペース、こちらは作業場兼販売所というわけである。こちらの作業場にいる間に、もし居住スペースの扉のかんぬきをかけ忘れていて、お客さんが来ても、こっちにある鳴子が鳴ってわかると言う仕掛けのようだ。見ればこっちの扉には居住スペースにつながる紐が見える。こちらに来たときは向こうで鳴る、と言うわけで、地味にありがたい機能とは言える。


 そうやって一通り室内を確認して、俺は居間に戻ってくる。まだ完全にはここで暮らしていくのだという実感はない。そうは言っても"向こう"に戻る方法は皆無なので、覚悟を決める必要はある。

 向こうでは天涯孤独で、死んだとして、困るのは会社の上司くらいなものだ。まぁ、「代わりはいくらでもいる」を実践すればいいだけなのだし、困ってないかも知れないが。

 俺は頭を振って思考を追い払い、これからの事に集中することにする。その途端、腹が「グゥ」と言う音を鳴らして、食事を催促した。体は嘘をつかないな、我が体ながら若干呆れてため息をつく。台所にはなにがしかの食糧があるだろう。俺はドアの向こうの台所へと向かった。

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