第12話、待ち人来る・・!

「 先生・・ この前は、泣いちゃってすみませんでした 」

 数日後、坂本に連れられて、紀本は部室にやって来た。 先日、会った時にはロングだった髪型を短くし、すっきりした印象を受ける。

「 あら? 髪、切ったのね。 よく似合ってる、カワイイわよ? 」

 少し照れながら、紀本は言った。

「 今まで部活、休んでてごめんなさい。 これからは、来られるようになったので、宜しくお願いします 」

 杏子は、坂本と目配せをする。 紀本の少し後ろで、坂本は杏子に、嬉しそうにウインクした。

「 OK! これで9人が、やっと揃ったわね。 まだまだ、マトモな合奏が出来る状態じゃないけど・・ 比較的、出席人数の多い水曜と木曜は、合奏指導してるわ。 それ以外でも、人数が揃えば全体練習してるの。 まあ、今は・・ 1年生確保の準備や勧誘、楽器の整備が主な活動ね。 ・・坂本さん、今日も1年クラス、廻るの? 」

 坂本が答えた。

「 今日は、亜季、塾だから、有希子と廻るの 」

「 そう、大変だけど頑張ってね 」

「 もう慣れたよ。 じゃ、杏子先生、行って来るね。 有希子、行こっ! 」

「 うん! 」

 2人と入れ違いに、沢井が部室に入って来た。

「 杏子先生、お昼の休憩時間に、中庭で演奏してみたいんですけど、どうでしょうか? 」

 作業机でクラリネットのタンポ調整をしながら、杏子が答えた。

「 演奏? 1年生へのデモンストレーションね? 」

「 ええ。 けっこう目立つと思うんですけど 」

「 いいわねえ! 演奏許可は、私が取っておくけど・・ 問題は編成ね 」

 バーナーに火を付け、キーを暖める。

「 それなんですけど、私がチューバ吹いて、加奈にドラム叩いてもらって、美里がアルトでメロディーやったらイケるんじゃないか・・ と思うんですが・・ 」

 沢井は、杏子の傍らに座って言った。

「 あちちっ・・! そうねえ・・ コード楽器なしかあ・・ ちょっとツライかなあ~ でも、曲次第ね。 その編成は、ジャズコンボでしょ? ゆっくりしたバラードなんかだったら、いいんじゃない? 」

「 そうそうっ、そんな、オシャレ~な感じでいきたいんです 」

「 あっつぅ~! もう~・・! 高井さんの方が、よっぽど上手ねえ~ 」

「 ジャズだったら、曲名、知らないけど、聞いた事あるって曲、多いから・・・ それに美里、意外と結構、乗り気なんです 」

「 いいんじゃない? 賛成よ。 ポップスの練習にもなるし・・・ 明日、許可は取っておくわ。 ただし、あまりウルサイ曲はダメよ? 」

「 あのぉ~・・・ 」

 部室の入り口に、3人ほどの女生徒が立っている。

「 はい? 何でしょうか? 」

 振り向いた杏子が尋ねた。

「 あの・・ 入部希望なんですが・・・ 」

「 なッ・・ 何ですとおぉ~ッ!? 」

 物凄い勢いで、座っていたパイプイスを押し倒しながら立ち上がる、杏子。

「 さささ・・ 沢井さんっ、きききっ・・ 来た、来た、来た、来た・・ 来たよう~ッ・・! え~と、え~と・・・ 」

「 杏子先生っ、お、落ち着いて・・! どうぞ、入って。 こっちに掛けてくれる? クラスは、何クラスかしら 」

「 あたしと、この子はBで、こっちの子はAです 」

 まだ、顔に幼さの残る3人の1年生は、シーツのかかった机に案内された。

 用意しておいた登録用紙を出し、沢井は入部説明を始める。

「 ここに名前をかいて・・ そう、そこ。 吹奏楽の経験は? 」

「 あたしはテナーをやってました。 あとの2人は、初心者ですけど・・ 」

「 河合・・ 明美さんね? 」

「 はい。 出来れば、テナーを続けたいんですけど・・ 空いてますか? 」

「 空いてる、空いてるっ! 楽器はボロイけどっ・・・! 」

 間髪を入れず、杏子が言った。

「 あ・・ こちら、副顧問の鹿島先生。 杏子先生で通ってるから。 指導をして下さってるの 」

 沢井が紹介をすると、3人は小さくお辞儀をした。

「 鹿島です、よろしくね! 」

「 杏子先生・・ バーナーの火、つけっぱなしだよ? 」

 沢井に言われ、杏子は火の付いたバーナーを、持ったままだった事に気が付いた。

「 ・・おっと! 危ない、危ない 」

「 あの・・ これ、クラリネットですか? 」

 メガネをかけた、おかっぱ頭の1年生が、作業台の上に乗っている修理中の楽器を見ながら、沢井に聞いた。

「 そうよ。 今、修理中でバラバラだけどね 」

「 あたし、コレやってみたいんです 」

「 いいよね? 杏子先生。 もうすぐ組みあがるんでしょ? 」

 杏子は、即答した。

「 いいっ、いいっ! 全っ然、いいッ! 」

「 外川 美由紀さん・・ クラリネット・・ と。 えっと、あなたは? 遠藤・・ 早苗さん。 何か、希望楽器、ある? 」

「 あの・・ フルートって、難しいですか? 」

 そばかすのある、ぽっちゃりした顔の彼女が、沢井に尋ねる。

 沢井は、笑顔を返しながら答えた。

「 楽器は、どれもそれなりに難しいけど、フルートは、出した息の半分は捨てる楽器なのね。 最初は苦しくって、頭がクラクラするかもしれないけど、要は、慣れよ? 」

「 ちっちゃい頃からの、憧れなんです。 何か、上品っぽいし・・ 出来れば、やってみたいんですが・・ 」

 沢井が、杏子を振り返って言った。

「 ・・どうしよう、杏子先生。 亜季、ちゃんと教えてくれるかなあ・・? 」

「 大丈夫、大丈夫! 教えなかったら、私が指導してあげる。 彼女からは、フルート以外のコト、教わっちゃダメよ? 」

「 杏子先生、それ、問題発言~ 亜季、けっこう真面目なトコ、あるよ? 」

 沢井が、笑いながら言った。

 登録用紙に記入しながら、遠藤が杏子に聞いた。

「 あの・・ あたしたち、フルートの2年生っていう人に、誘われたんですけど・・ その人、アブナイんですか? キレイな人だったんですけど・・・? 」

「 そんなことない、そんなことないっ、いい子よっ! ちょっとハデだけど・・ 」

 杏子が、慌てて繕った。


 ・・なかなかどうして、小山も大したものである。

 現に、入部希望者が来ている。 この手の活動に、彼女は、驚くべき才華を発揮するのかもしれない。


「 すみません、小山先輩というヒト、いますか? 」

 部室の入り口に、1年生らしき生徒が、新たに来た。

 沢井が応対する。

「 亜季? 今日は部活、お休みしてるけど・・ 何か、亜季に用事? 」

「 あ・・ 私、入部希望なんですけど・・ 」

「 入りなさいっ、そんなトコにいないで、ホラ、早くっ! 」

 杏子が、腕を掴んで部室に引っ張り込んだ。

「 あ、あの・・ 外にも、一緒に入りたいって友だちが・・ 」

 杏子がドアの外を見ると、何と3人いる。

 引きつった笑顔で、杏子は叫んだ。

「 沢井さ~んっ! 4名様、ご案内よおぉ~っ! はあ~っはっはっは! 小山さん、明日から人事部、課長に格上げよっ! さあ、入って入って! 」

「 杏子先生、貸し出す楽器が、ないんじゃない? 」

「 そんなモノ、辻井さんに頼んで、他校の空いてる楽器、かき集めるわ! 心配しないで、ドンドン入れなさい 」

「 やりたい楽器ばかり優先しても、いい? 」

「 今の所、OKよ。 早いモノ勝ちね。 河合さんと・・ 外川さん、あと、えっと・・ 何てったっけ? そうそう、遠藤さん、こっちの合奏室来て。 楽器を渡すから 」

 1年生を連れ、合奏室に入って行く杏子。

 沢井が、新たな新入生たちに言った。

「 部長の沢井です。 新しい四人の子たち、こちらに来てくれる? 入部説明します 」

 その時、1年生の勧誘に出かけていた、坂本と紀本が戻って来た。

「 恵子先輩! 恵子先輩、いるっ? 」

「 どうしたの? 優子 」

「 入部希望者、連れて来たよっ!  2人、いるのっ! ・・ん? 何? この子たち・・ 」

 沢井の前に座っている4人の生徒たちに気付き、坂本は聞いた。

「 入部希望者よ。 優子と亜季が勧誘してくれた子たち。 入ってくれるって! 」

 1人が、坂本に挨拶をした。

「 昨日はどうも・・・ Cクラスの藤沢です。 友だち誘って来ました 」

「 ああ、昨日、話をした子じゃん! 入ってくれるの? うれしいなあ~ しかも友だちまで連れて来て・・ ありがとね! 恵子先輩、この藤沢って子、経験者よ! しかもホルン! 」

 坂本は、藤沢の両肩を、彼女の後ろから両手で掴んで言った。

 沢井が、嬉しそうに坂本に答える。

「 やったじゃん、優子! 全滅パートが、1つ減ったね 」

 藤沢と言う1年生は、初々しく挨拶をしながら言った。

「 藤沢 奈津美です。 経験者といっても、そんなに吹けませんケド・・・ 頑張って練習しますから、是非、やらせて下さい 」

「 歓迎するわ。 藤沢さん・・ ホルン、と・・ 」

 沢井が、部員名簿に名前を書き加えていく。

 坂本は、入り口近くにいた紀本に声を掛けた。

「 有希子~、その子たち、コッチに連れて来て! ・・さあ、入って入って! 恵子先輩、あたしたちの中学の後輩なの。 吉井 美智子に、篠原 智恵よ。 2人とも初心者だけど、智恵はトランペット、 美智子はサックスやりたいんだって 」

「 1度に、座れないなあ・・ 優子、ゴメン、合奏室からイスを3つ、持って来てくれる? 」

「 OK! 」

 沢井が、楽器ケースを棚から出し、藤沢に渡した。

「 藤沢さん、あなたの楽器はコレね。 ボロイけど、杏子先生が直してくれたから、ちゃんと音は出るわ 」

「 あ、フルダブルのホルンですね! やった! しかも、ベルカット。 あたし、中学はずっとF管だったんです。 嬉しい~! 」

「 隣の合奏室、行ってみて。 杏子先生がいるから 」

 藤沢は、早速、楽器を抱えて、合奏室へ入って行った。

 坂本が、入れ違いにイスを持って、部室に入って来る。

 沢井が、新たなる2人の新人を含んだ、5人の1年生たちに尋ねた。

「 あとの子は、何がいいの? 篠原さんは、ペットの希望者だから、それでいい? 」

「 出来れば、やりたいんですけど・・ いいですか? 」

「 もちろんよ! じゃ、決定ね。 篠原 智恵さん、ペット・・ と。 誰か、サックスやりたいって人、いたわよね。 誰だっけ? 」

「 あ、あたしです。 吉井 美智子です 」

 坂本が持って来たイスに腰掛けながら、彼女は言った。

「 吉井さんね。 う~ん・・ 実はね、アルトがウチにはないのよ。 1人、美里って子が先輩にいるんだけど、その子も、先日、自分で買ったのね。 杏子先生が、どっかから借りて来てくれると思うんだけど、それまでは、マウスピースだけの練習になっちゃうけど・・ いい? 」

 吉井と言う、1年生が尋ねた。

「 あの・・ テナーっていうのは、アルトより大きいんですよね? 」

「 そうよ。 テナーがいいの? 」

 吉井は、隣に座っていた篠原と目配せをしながら答えた。

「 あの~・・ 楽器の名前は、分からないんですけど・・ 何ていうか・・ テナーより、もっと大きなサックス・・ って、あります? この辺の管が、ぐるぐるって回ってるヤツなんですけど 」

 顔の少し前辺りを、指でクルクル廻しながら、吉井は尋ねた。

「 バリトン? 」

「 っていうんですか? 低い音の出るヤツです。 テレビで見たんですけど、おっきくてカッコいいなって・・・! 何か、普通っぽくないし 」

「 わあ、嬉しいっ! やってくれるの? っていうか、ぜひ、お願いしたいわ! バリトンなら楽器あるし 」

「 えっ、やってもいいんですか? 」

「 モチロンよ! はい、決定、決定! 有希子、楽器、出してあげて。 取っ手、壊れてるから、気を付けてね 」

「 いいわよ。 ・・ホラ、この棺おけみたいなのがそうよ。 合奏室まで運ぼうか。 そっち持って 」

「 わ~、大っきい~! こんなのあたし、吹いていいんだ~! 何か嬉し~! 」

「 篠原さんも、ペット持って、合奏室へ行って。 その・・ 3番って、ケースに書いてあるヤツよ 」

 坂本が、ケースを渡す。

「 これ、こっちの留め金がイカれてて、時々、パカッて開くから気を付けてね? 」

「 小学校の時に、鼓笛隊で少し吹いた事あるけど・・ うまくなれるかなあ 」

 篠原は、心配そうに言った。

 坂本は、合奏室のドアを開けながら答える。

「 大~丈夫よ! 杏子先生、ペット、すっごく、うまいんだから。 この部活のね、OGなのよ? 」


 沢井が、残った3人に尋ねた。

「 名前、書けた? ・・え~と、鬼頭 晴海さん。 何か、ピシッとした名前ね。 希望楽器は? 」

 ポニーテールの髪をした、その1年生は、少し改まって答えた。

「 あたしも、小学校の時、鼓笛隊やってて・・ 立て笛でしたケド・・ その時は、スーザフォンっていう、おっきな楽器、吹いてみたかったんです。 ボ~って、汽笛みたいな音、出るんですよね? 6年生になった時、顧問の先生から、やってみるか? って、言われたんですけど、尻込みしちゃって・・ あたしなんかでも、吹けますか? 」

 沢井が答える。

「 参ったなあ~、今年の1年生は・・! 普通は、イヤがる楽器を希望してくれるんだもの・・ もちろん、吹けるわよ! マウスピースの大きな楽器は、意外と発音、ラクなの。 スーザは、あるけど・・ 普段はチューバという楽器ね。 実は、チューバも、部員が1人もいないの。 とりあえず、私が教えてあげるわ 」

 沢井は、チューバパートの欄に、鬼頭の名前を書き込んだ。

「 楽器、ちょっとヘコんでるけど、お願いね 」

「 あ、はい。 よろしくお願いします 」

 バリトンを運んで行った坂本が、部室に戻って来た。

「 優子、またお願いしていい? 今度は、チューバなの 」

「 はああっ? 随分とまた、マニアックなパートを希望する人が、いるのねえ~ どうなってんの? 今年の子って 」

「 最近は、普通っぽくない楽器を選ぶ子って、増えたらしいわよ? 他の学校の友だちも、言ってたよ 」

「 ふ~ん、そんなモンかなあ・・・ あ、このでっかいヤツが、チューバよ。 コイツも、取っ手が1個、取れちゃってるからね? これは、ココで出していこうか。 ケース、邪魔になるし・・ よいしょっ 」

 坂本が、ケースを開ける。

 凹みはあるものの、そんなにキズはなく、ルックスはいい。

 杏子と高井が整備したロータリーも、快調のようだ。 大きなローターキーを押すと、支持台から伸びた軸受けアームが、整然と動く。

 初めて、じかに見たチューバを前に、鬼頭は感動したようである。

「 ・・すごいですね。 こんな、おっきな楽器・・・! 初めて見ました。 機械みたい・・! 触っていいですか? 」

「 あははっ、ナニ言ってんの! あんたの楽器だよ? さあ、合奏室、持って行こ! ねえ、恵子先輩、これ・・ ドコ持ったらいいの? 」

「 あ、え~とね・・ 抜き差し管を持つと抜けちゃうから、支柱のあるトコ持って。 自重があるから、ベルをつまんで持つのもダメよ? ロータリー付近もね。 ・・あ、その小っちゃなイスみたいなのも、持ってって。 チューバ用のスタンドなの 」

 何とか、楽器を抱えた坂本が言った。

「 あたし、コレ持って行ってあげるから、あんたドア開けて。 すんごい、重いんだけど、コレ・・! 」

 鬼頭がドアを開けると、部室入り口の方に、小さな楽器ケースを持った女生徒が1人、立っていた。 鬼頭は、先輩だと思い、お辞儀をして言った。

「 こんにちは 」

「 ・・あ、こんにちは。 あのう・・ 部員募集のポスター見て、来たんですけど・・ 」

 同じ1年生と分かり、鬼頭は坂本の方を見た。

 奥から、ドアの幅いっぱいになって、チューバを抱えた坂本が、のしのしと出て来る。

「 なん・・ つ~重い・・ んじゃあ~ ・・コイ・・ ツぅ~・・! 」

「 先輩、入部希望者です、この人。 ポスター見て来たって・・ 」

「 マジっ? 」

 ベルとマウスパイプの間から、のぞく坂本。

 何と、その女生徒は、手にクラリネットのケースを持っていた。

「 恵子センパ~イっ! 経験者が、自前のクラ持って、やって来たよォ~っ! 」

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