第11話、時間外労働にて

 杏子には、気になっている事がある。

 未だ、最後の1人が、部活に出て来ない・・・

 黄色のアンダーライン付きの部員だ。

 名前は、紀本 有希子、2年生。 担当楽器はトランペットである。

 資料によると中学からの経験者で、去年の夏頃までは、ちょくちょく部活に来ていたらしい。

「 欠席理由が、よく分からないんです。 校内で、顔を見ると、話し掛けてはいるんですが、家の用事だとか言って・・・ 」

 部活を欠席する理由は、沢井にもよく分からないらしい。

( 坂本さんが、同じ中学出身で、家も近いし・・ 何か、知ってるんじゃないかと思うけど、あまりプライベートな事、聞けないしなぁ・・・ )

 何か、特別な事情でもあるのだろうか?

 昼放課にでも呼び出し、事情を聞こうと思っていた杏子。 友人にも言えない事情を、教師である杏子に話すとは思えないが、逆に、大人だから・・ という推論も成り立つ。


 大した理由も無く、部活を休む・・・ こういった状況は、繊細な年頃であるティーンたちには多い。 特に女子は、生活面や家庭的要因が関与しているケースも多く、顧問はその対応に苦慮する事となる・・・


 沢井と話し合った数日後、杏子は、昼の休憩時間に、紀本の友人である坂本を、進路指導室へと呼んだ。


「 そこに座って・・・ 実はね、紀本さんのコトなんだけど 」

 杏子が切り出すと、坂本は真剣な眼差しで杏子を見つめ、聞いた。

「 有希子・・ 何か、したんですか・・? 」

「 別に、何もしてないわよ。 部活の進退について意見を聞きたかったから昨日、ここに来てもらったの。 でも、何も言ってくれないのよね。 最後には、泣き出しちゃって・・・ 退部はしたくないから、名簿から削除しないで欲しいって言うの。 理由は、何も言ってくれないのよね。 困っちゃって・・・ あなた、家、近いんでしょ? 何か、知らない? 」

「 ・・・・・・ 」

「 別に、言いたくなければ、無理に言う必要はないわよ? ただ、私にも出来る事があれば、協力出来ないかな・・ と思ってね 」

 坂本は、しばらく俯いていたが、思い切ったように顔を上げると、杏子に言った。

「 杏子先生・・・ 先生を信用して言うんですけど・・ あたしが言ったってコト、内緒にしておいてくれます? 」

 杏子は答えた。

「 もちろんよ。 でも・・ 何か、深刻そう・・・! あまり、聞くの、気が進まないなあ。頼りなくてゴメンね? しかも、聞く前からこんなコト言ってちゃ、ダメね 」

「 ううん・・ 杏子先生なら、相談してもいいかな・・ 」

 坂本は、膝の上で組んだ両手に視線を落とすと、話し始めた。

「 有希子・・ 彼氏がいるんです 」

「 彼氏? ふ~ん・・ もう長いの? 」

「 1年くらいかな? 同じ中学出身の先輩で、あたしも知ってる人なんですけど・・ 実は彼、暴走族なんです 」


 ・・来た~、という感じである。 高校生ともなれば、1人や2人、必ず周りに、その関係者の存在があるものだ。


 坂本は続けた。

「 その彼は、悪友に誘われて族に入ったらしいんだけど、もう、抜けたいらしいんです。 でも抜けられなくて・・・ 族のセンパイたちに渡す『 上納金 』とかがあって、その為にお金がいるんです。 だから有希子もバイトして・・・ 」

 最後まで聞かずとも、大体の状況は理解出来た。

「 その彼は、有希子に『 別れてくれ 』って言ったらしいんですけど、有希子が別れたくないらしくて・・ 」


 しばらく、部屋には沈黙が流れた。


 じっと腕組みをしていた杏子は、腕を組んだまま、顔を坂本に近づけ、そのまま肘を机に乗せると言った。

「 ・・・坂本さん・・・ 今日、私にこの事を相談したコトは、紀本さんにも当然、言っちゃダメよ・・? 」

「 言いませんっ! 絶対、言いません! 」

 顔を左右、ぶるぶる振りながら、坂本は答えた。

 坂本に近づけた顔を、そのままにして、杏子は続けた。

「 ・・その彼氏たちが、たむろってる所って・・ ない? 喫茶店とか、コンビニとか・・・ 」

「 あるケド・・ な・・ 何すんの? 杏子先生・・・ 」

「 要は・・ 彼氏が、族から抜けられればいいんでしょ・・? 」

 杏子は、そのままの体形で唇を噛み、視線のみを泳がせた。 何か、思案している様子である。

「 杏子先生・・ な、何か、する気ね・・? する気なんでしょ? だめよ、乗り込んでいっちゃ・・! けっこう物騒な連中、多いし 」

「 ・・う~ん・・ これだと、大騒ぎになっちゃう・・ もっと、こう・・ そうねえ・・これもちょっと、やり過ぎか・・・ 」

「 な、なななな、ナニ? 大騒ぎって、ナニ・・? 何すんの? 杏子先生・・! な・・ 何で笑ってるの? ねえ・・ ねえってば・・! 」

「 ふふ・・ よしっ! 決まった! 」

 杏子は、いきなり立ち上がった。

「 何っ? 何っ? 何が決まったの・・? 」

「 坂本さん、部活の後、ちょっとその溜まり場まで、案内してくれる? 」

「 ・・何か・・ 何か、すっごいイヤな予感、するんだけど、あたし・・・! 」


 国道沿いのファミリーレストラン。

 広い駐車場の一角に、暴走族風の連中がたむろしている。 7~8人は、いるだろうか。 皆、だらしない服装でタバコを吸い、奇声を上げている。

 改造バイクも数台、駐車しているようだ。

 駐車場の壁には、徘徊禁止、と、暴走族への警告も貼り出されているが、お構いなしのようである。


 そこへ、1台の乗用車がやって来た。

 真っ直ぐ、連中の方まで来ると、アッパーにしたヘッドライトを連中に向けたまま、駐車場にひいてある白線を全く無視し、斜めに停車した。

「 ・・ぬぁンだ、コラァ! ヤンのか、おォ~っ? 」

 族の1人が、凄む。

 やがて、運転席からはスーツ姿の男性、助手席からは、パンツジャケット姿の女性が降りて来た。

「 怒羅権の連中だな? 」

 男は言った。

「 だったら、ナンなんだよ、あァあ~? 」

 眉毛の無い男が、アゴをしゃくりながら言う。

 スーツ姿の男は言った。

「 すっ込んでろッ! パクられたいのか? お前 」

「 ・・サ・・ サツか、あんたら・・! 」

 眉毛の無い男は、急に弱腰になった。

「 石田 幸司ってコ、いる? 」

 女性が、腕組みをしながら聞いた。

 族の連中は、互いに顔を見合わせ、小声で話し出した。

「 石田 幸司だッ! いるのか、いないのかッ? さっさとせんかあッ! 」

 男が怒鳴る。

「 ・・あ、あの・・ オレっすけど・・ 」

 おおよそ、族には不似合いな、真面目そうな雰囲気の少年が、小声で名乗りを上げて来た。

「 石田 幸司さん? あなた、逮捕状が出てるわ・・ 傷害と窃盗、恐喝容疑。 この場で逮捕よ! 」

 細かな文章が書き連ねられた1枚の紙を見せながら、女性は冷ややかに言った。

 族の連中からは、ざわめきが起こる。

 少年は、オロオロしながら言った。

「 え? オ、オレっすか? オレ・・ 何もしてないッスよ! 」

「 言い訳は、署でしてもらえるかしら? 午後10時28分、逮捕! 手錠して 」

 女性は、腕時計を見ながら、男に指示をする。

「 ・・そ、そんなっ! 何もしてないっス! 僕、未成年っすよ・・? ち、ちょっと・・! 」

 男は、石田に手錠をかけると、そのまま車の後部座席に押し込んだ。

「 彼は、怒羅権のメンバーね? チームのアタマは誰? 聞きたい事があるから、一緒に署まで同行してもらえないかしら 」

 女性がそう言うと、族の連中は、再び、ざわめき始めた。

「 アタマ、出て来いっつってんだろうが! さっさとせんかあッ! 」

 運転席のドアを開けながら、男が叫ぶ。

「 もっとも、しばらく帰って来れないから、覚悟しておいて欲しいんだけど・・ 」

 女性は、族連中を見渡し、少し笑いながら言った。

「 あ、あいつは・・ チームとは、カンケーないっスから・・! 」

 白い特攻服を着込んだ、ヤセぎみの男が言った。

「 そ、そ、そうそうっ、ただの知り合いっス・・! 」

 先程の眉毛の無い男も、口を揃える。

「 おかしいわね・・ 私たちの入手したメンバーリストには、ちゃんと載ってるわよ? 見る? 」

 女性は、細かなリストのコピーを見せた。

「 ・・あ、いや・・ そのっ・・ 前は、いたんスけど、除名したんス! そのリスト、古いんじゃないっスか? 」

「 あなたでもいいわ、来てくれる? 」

「 なな、なっ、なっ・・ ナニ言ってんスか? かかか、か・・ 勘弁して下さいよォ~っ! 」


 ・・・彼は、よっぽど警察に行きたくないらしい。


 女性は、更に追い討ちをかけた。

「 ・・あなた・・ 前にどっかで会ってない? 」

「 あ、会ってませんっ、会ってませんよっ! あんたなんか、知らないって・・! 」

「 ふ~ん・・ まあ、いいわ。 じゃ、彼は、チームには関係ない人ってコト? 」

「 そうそうっ・・! 」

「 彼、しばらく会えないけど・・ 出て来ても、あなたたち、会わない方がいいかもよ? 今度は、あなたたちに用事が出来ちゃうから。 あまり、私たちの手間、取らせて欲しくないんだケドなあ・・・ 」

 ・・よく分からないが、何やら、意味ありげな言葉である。

「 な、な・・ ナニ言ってんスか、会うワケないっしょ・・! カンケーないんスから・・・! 」

「 課長っ! テキトーに、その辺のヤツ捕まえて行きましょうよ。 本部から無線で、召集かかってます。 ・・ほら、その男で、いいじゃないですか 」

 運転席の窓ガラスを開けて、男が言った。

 その男、と言われた茶髪の男は、口をモゴモゴさせながら、後退りする。

 女性は、さっと踵を返し、車に戻りながら彼らに言った。

「 怒羅権は、解散した方がいいかもね。 いずれ、リストからあぶり出して、1人1人、順番に逮捕してあげるからね。 ・・中署の生活二課を、ナメんじゃないわよッ? 」

 女性が乗り込むと、その車は、タイヤをきしませながら急反転し、国道に出ると、繁華街の方へと走り去って行った。


 残された暴走族の面々は、茫然としていた。

「 ・・お、おい、ヤベーぞ・・! リストが出来てるぜ・・! 」

 特攻服の男がそう言うと、眉毛のない男も言った。

「 オレも、マジ、ヤバイって・・! 今度、捕まったら、ソッコー、年少なんだぜ・・! 」

 彼らは、慌てて改造バイクに乗ると、車が走り去った方とは反対の方角へ、一目散に走り出して行った。


「 あははっ、サイコー! 辻井さん、めっちゃイイ線、いってるわ~ 」

「 アンコちゃんだって、なかなかじゃない。 ・・しかし、何年振りかで会ったと思ったら、イキナリ、芝居してくれ、だもんなあ。 変わってないよ 」

 杏子は、後部座席の方を見ると言った。

「 坂本さん、もういいわよ? この鍵で、彼のオモチャの手錠、外してあげて 」

 運転席の後ろにあった毛布の中から、坂本が出て来た。

 すっかりしょげ返っていた石田は、坂本に気付き、声を上げる。

「 ・・お前・・! ゆ、優子じゃないか! 何で、こんなところに・・? 」

「 幸司先輩、久し振り! この人、ウチの先生なの。 先輩を、族から引き抜く為に、一芝居うったのよ 」

「 ・・え?・・ 芝居って・・ え? おまわりさんじゃないの? 」

 石田は、にわかには、事態の把握が出来ないようだ。

 杏子が言った。

「 石田クン・・ だっけ? この事は、紀本さんには内緒よ? 彼女には、何とか族を抜けさせてもらって来た、とお話ししてね。 でないと、部活にも来にくいだろうし・・・ 」

「 ・・有希子・・? 部活・・? あ・・・ 」

 石田は、やっと状況を理解したようだ。

 杏子が続けた。

「 今晩のコトは、この4人だけの秘密よ・・? でも、辻井さんの演技、迫力あったなあ。 知ってるあたしでも、ビビッちゃったもん 」

 ハンドルを回しながら、辻井は答えた。

「 大学時代、演劇サークルに所属してたからね。 多少の度胸はあるよ。 しかし、アンコちゃん・・ いや、杏子先生は、小道具まで用意して、ホンモノのような雰囲気だったなあ。 お世話になった経験、あるのかな? 」

「 やめてよ~、辻井さん。 これは、ただの職員通達書よ。 職員会議で今朝、渡されたの。 コッチのは備品リストだし~ 暗くて分かんないわよ、こんなの。 テキトーに、何か見せればいいのよ 」

「 ・・バレたらどうするつもりだったの? 杏子先生 」

 半分あきれて、坂本は言った。

「 バレてないから、いいじゃん 」

「 やっぱ、変わってないなあ、杏子先生! 」

 辻井は、愉快に笑った。

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