亡国の獣 - Different finished Products End. -
◇◇◇
四足獣型の、自国製マギアメイル。
その唯一無二の切り札を手にした弱小国ユグノスは、瞬く間に勢力を拡大した。
敵対国であったクラカディルを下し、周辺の国々はユグノスの元に下り連合国家が樹立。
正しく、成り上がり。
その足跡は順風満帆に思えた。
だが。
――盛者必衰。
始まりがあれば終わりがあり、繁栄にもまた滅びがある。
そして今、ユグノスに……滅びが迫っていた。
◇◇◇
「くそ……くそ!」
自ら造った大型の魔航艦のブリッジで、一人の男が唇を噛む。
彼の名は、クリニエ・リュジスモ。
連合国ユグノスの戦鎧開発局の名誉顧問であり、首長会議にも席をもつ国の英雄だ。
彼が造ったマギアメイルによって、ユグノスは小国から連合国へとその姿を変えた。
その一件は彼にとって、あらゆる意味で転機だった。何を隠そう、彼の妻との馴れ初めもそこだ。
……だが、今の彼にはそんな過去に浸る余裕はなかった。
なにせ、その国が滅ぼうとしていたのだから。
「なぜ、なぜこれ程の量の魔物が一斉にっ!」
苛立ちのあまり操作盤を殴りつけてから、クリニエは頭をかかえる。
――発端は、城壁の防衛隊からの通信だった。
クリニエの手により、四足獣型マギアメイル専用の格納城壁と化した城壁は、堅牢さではワルキアにも引けを取らない。
加えて兵士たちの練度も高く、だいたいの問題は水際で解決され、彼の耳に届くこともなかった。
だがその日だけは、違った。
『ま、魔物が!おびただしい数の魔物が、雪崩のように……今すぐ城壁の裏手からお逃げください!貴方の頭脳は、こんなところで喪ってよいものでは――』
焦燥感に支配された、声が途切れる。
クリニエは一瞬で、只事ではないと理解した。
だからこそ直ぐ様部下へと避難誘導の開始を命令し……自身は、家の一室へと急いだ。
「――あら?どうしたの?」
向かった先は、妻の部屋。
クリニエの妻、リオン・リュジスモが横たわる部屋だった。
……彼女の腹は、大きく膨れている。
あの日、マギアメイル『
「今すぐ、ここから避難する。絶対に……」
クリニエはリオンに肩を化し、急ぎながらも労りつつ部屋から出る。
そのなかで。
「君と、君と僕の子だけは護ってみせるから……!」
――固い決心を、使命を呟きながら。
◇◇◇
二人の避難は、早々に完了した。
事前に連絡していた部下が乗り付けた魔動車に乗り込み、避難用の魔航艦へと向かったクリニエ達。
リオンは2番艦の医療区画へと避難し、クリニエは指揮官として1番艦のブリッジへと上がった。
――状況は、ひどいものだった。
城壁は今にも突破されそうで、一部では既に国民にも被害が出始めていた。
そして、雪崩のように押し寄せた避難民の数は膨大。
対して避難に使える艦艇の数はそう多くはなかった。全員を収容して避難することなど、不可能だと思えるほどには。
「国民の収容進捗は?」
「15%です、しかし国民全員を積むには、艦船の収容可能数が……」
そして一隻に詰める人数にも限りがある。
ブリッジまで開放したところで、その容量はさして変わりはしなかった。
指揮に支障が出ることからクリニエの駆る一番艦ではブリッジには民間人を入れていなかったが、そのぶん出発は最後にすると決めていた。
「なら満員になった艦から一旦出発させてくれ。そして魔物のいない安全地帯で一旦降ろして、折り返すしかない」
それしかない、とクリニエは決断する。
何度も往復して、少しずつ逃がすしか手はない。それまでに魔物の手が壁内に及ぶのは間違いなかったが……だが、一人でも多く救わねば。
……だが。
そんな彼等の奮戦も、ここにきて終わりを告げようとしていた。
「ク、クリニエ様、魔物が!」
「な――」
ブリッジから見える、首都の中心部。
そちらの方から――数多の魔物の姿がみえたのだ。
最早、決断のとき。
これからくる国民を助けるために、今助けられる人々を見殺しにするのか。
「できるわけがない!」
無力感への怒りが、口をついて出る。
そんな彼の傍らから、兵士が声を掛けた。
「……クリニエ様、艦の外から、通信が」
酷く、沈んだ声。
それを怪訝に思い、クリニエが通信を取る。
「――なんだ、なにが」
『クリニエ様』
響いた声は、聞いたことのない声だった。
壮年の女性の声だ。映し出された姿は国を守る兵士ではなく、避難民だった。
「……今、君たちを逃がすために策を練っている。だからどうか」
『我々を置いて、お逃げください』
「なっ……」
絞り出された声。
それに思わず、クリニエは面食らってしまう。
今、なんと言った。
自分達を置いて行けと……見殺しにしろと、そういったのか?
「馬鹿を言うな!誰一人見捨てるものか、絶対に、全員で!」
『クリニエ様……貴方の造ったマギアメイルのお陰で、私達は夢を見られた。滅びるばかりだったユグノスが、これほど大きく』
「やめろ、やめろ!私は、僕はそんな……」
聞きたくなかった。
そんな、まるで……遺言のようじゃないか。
夢を見られたと、そう言ったか?冗談じゃない。夢なんかじゃない。
ユグノスは今や、滅びゆくのを待つばかりの小国ではないのだ。
皆が奮起した結果今がある。僕だけの手柄などでは、決して。
クリニエはそう言い返したかった。
……だが、魔物は待ってくれない。
状況は刻一刻と悪化し、このままでは、我が艦も……リオンも。
『これは、今ここに残っている我々の総意です。貴方を生かす為ならば……この命、ここで投げ売っても構わない』
「――」
それ以上、何も口にすることは出来なかった。
今ここで全員が死んでしまったら、彼女らの決意が無駄になってしまう。
それは、駄目だ。
誰かが残り、ユグノスの名を残さねば。
そして私達を生かそうとしてくれた、数多の英雄達の姿を語り継がねば――。
だから。
「わかった」
決断を、した。
一番艦から四番艦までに、出航の命令を伝える。
……通信に答える声は、涙混じりのものが多かった。
当然だ、中には国に残るなかに家族がいる者もいる。
我先にとリオンと共に艦へ乗ることのできた自分が、恵まれていて、卑怯だったのだ。
だから、せめて。
「最後に……貴女の名前を聞かせてはもらえないだろうか」
何かを、残そうと。
『ソレーユと申します。呉服屋を営んでおりました』
「ありがとう、ソレーユさん、皆」
通信映像に、笑顔が映る。
……それが恐怖を押し殺し、勇気で送り出してくれているものだと知って。
「――必ずこの地に、帰ってくる」
クリニエ達は、首都を後にしたのだった。
◇◇◇
首都を出て、艦隊は全速力で大地を航行する。
だがその最中も、魔物の猛追は続いた。
やがて艦隊は、何週間もかけて大陸南部に広がる広大な砂漠―――デリング大砂海へと到達した。
しかし……尚も、魔物の追跡は留まることを知らない。
「――四番艦、轟沈!」
「いつまで追ってくるんだ……!
襲い来る魔物は、最早大群ではなかった。
しかし少数精鋭。首都を襲った魔物の、その首魁と思しき大型の魔物が、いつまでもしつこく彼等を猛追していた。
三番艦は、とうの昔に轟沈。
そして四番艦も。最早……リオンの乗る二番艦と、自身の乗る一番艦しか残されていない。
ユグノスの魂を、ここで絶やすわけには。
そんな焦燥だけが、クリニエを支配する。
「まだ、来る、来ます!」
通信士の絶望した声。
その瞬間、ブリッジからもその魔物の姿が見えた。
――全身へと宝石上の器官「コア」が無数に浮かび上がった、巨大な蛇。
魔物であるというのに、そのコアの色は紫一色ではなく様々。
まるで本物の宝石のようで、全身には金色の装飾まで走っている。
正しく、悪趣味。
豪著、自己顕示欲、虚飾。
それらを形にしたような怪物が、今もなお自分達を喰らい殺そうと迫りくる。
「――っ!」
もうダメだ、と思わず口に出そうになるのを抑える。
最期まで、諦めてはならない。
自分たちに希望を託した彼女らの為にも、絶対に。
だが奇跡でも起こらない限り、この状況を打破するのは不可能にも思えた。
そう、奇跡でも。
『――よう、あんたら。助けが必要か?』
「な――!?」
突然入った通信に、目を剥く。
そして次の瞬間。
――魔物と艦隊の間に、真っ赤な船体の砂航船が割って入る。
そしてその甲板から、数機のマギアメイルが、巨大蛇へと向かって飛び立ったのであった。
『『
『『
『――『
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