博士と軍人の末路 - Different finished Products Ⅳ -


 ―――陽光は、既に落ちかけた。


 突如侵攻を開始した獣鎧の軍勢は、鉄人のその悉くを押し潰すようにして布陣を粉砕。

 彼等が去っていった跡に残されたのは手足も頭もなく、ただ操縦席が健在である胴体部のみであった。



 そんな味方の無惨な姿を前に、クラカディルの兵士たちは益々その戦意を喪失。

 方々で敗走が始まり、しまいには自発的に投降するものまで出る始末。


「なんと、嘆かわしい……」


 そんな状況に、現場指揮官にしてクラカディルの軍部を統括する立場にある男、「ジェコ」は思わず嘆かずにはいられなかった。

 ―――自分は決して、そんな無様は晒すものか。


 そう誓うと共に、彼は自身の機体である『剣兵ゾルダード重装式・ローシュ』の剣を構え直し、迎撃の姿勢をとる。


 そんな彼の誓いを察してか、側近たちも同じく剣を取り、前へと掲げる。

 そこいらの一般兵とは心身の鍛え方が違うのだ、そう簡単に敗走など、できようはずもない。


 彼等は信じる祖国のために、その剣を固く握りしめ戦いに赴くのである。


 対して、眼前に迫る無数の獣たちはそれを受け散開。一機ずつ、各個に分散させてからその四肢を刈り取る構えだ。

 これは小国であったユグノスが少数で、しかし確実に敵の数を減らし勝利するために、この数年で確立させた戦法だ。



「――――畜生どもを打ち払えッ!」


 ―――刹那、双方が激突する。


 ユグノスの『猟犬カニス』が背負った剣が、クラカディル軍のマギアメイルのもつ剣に激突し、激しい火花が散る。


『こぉのっ!』


 兵士の一人が得意の疾風術式を展開することで、『猟犬カニス』の動きを捉える。

 しかしその隙を縫い、別の『猟犬カニス』が突入。

 マギアメイルの四肢に食らいついてその術式の行使を強引に中断させる。


 こうなってしまうと、ユグノスは負け知らずだ。

 一対一であれば、『猟犬カニス』は相手の動きをその独特の挙動と機動力にて翻弄することができる。それに対応するには、操縦士が対魔物戦闘に長けていることが求められるのだ。


 ……だが、一般的な兵士がそこまで対魔物の戦闘に慣熟していることは少ない。


 なにせ、専門性が違う。


 単にマギアメイルを操縦するということならば確かに共通ではあるが、やはり知恵がないがゆえに強力な魔物と、知恵を持ちこちらの動きを読んでくる対人戦とでは明らかに必要なナレッジが違うのである。



 しかもユグノスの『猟犬カニス』は、その二つの長所を掛け合わせたような戦い方をしてくる異端の存在。

 当然対策しようと思えば出来ただろう。だが彼等が弱小国ユグノスが驚異であると認識するまでの時間は、些か遅すぎた。



 斯くして、密集隊形で敵を迎え撃った形のクラカディル軍であったが、その陣形は瞬く間に崩されてしまう。


 既に確立された対マギアメイル戦法と、恐れを知らない好戦的な気質。その実力と練度は最早、大陸屈指のものとなっていた。


 そこに、マギアメイルすら作れなかった頃のかつてのユグノスの姿は、どこにもない。




 ―――またも一般兵が軒並み数匹の『猟犬』に組伏せられ、噛み砕かれ、地に伏す。




 その場に残されたのは、もはや指揮官であるジェコの『剣兵ゾルダード重装式・ローシュ』のみ。



 だがそれすらも、単なる幸運とは思えなかった。むしろ意図的に分断され、孤立されたかのような不気味な沈黙。



「―――来る」



 ―――現れたのは、一機の『狼』だった。


猟犬カニス』とはその全てが一線を画す、鮮烈な印象。白銀の装甲に照り返す夕焼けの朱が、ギラギラと反射しその勇姿をジェコの眼に刻み付ける。


『―――さ、投降していただきましょうか?』


 ジェコは、聴こえてきた女性の声に一瞬安堵し……そして、唐突に青ざめた。


 ユグノスの、女マギアメイル乗り。

 その名で思い浮かぶのはただ一人だ。もっとも最初に『猟犬カニス』という機体を駆り、先陣を切ることで困窮するユグノスの情勢を一瞬で引っくり返した英雄。


「リオン、サテリット……!」


 ジェコは彼女に向けて両手剣を構え、真っ向から対立する構えだ。

 当然投降勧告など聞き入れるつもりはない。あの弱小国に媚を売るなど、最早死にも等しい恥でしかない。


 ……彼は結局のところ、自分自身のプライドと命とで、プライドを取ってしまったのである。


 だからその末路も、この瞬間に定まった。


「……そう。なら」


 リオンは操縦席にて、コンソールを操作してある機能を起動させる。


 <獣性解放機構マインドビースト:起動>


 ―――それは、かつて評価試験の場でも起動させた、ユグノス躍進の切っ掛け。

 人間の精神に潜在的に秘められている本性と欲望を引き出し、それをマギアメイルとリンクさせることで圧倒的な反応速度を実現する、獣の力。


 瞳を一層紅く発光させたリオンは、口許を釣り上げ牙を見せつつ呟く。


『―――食べさせて、貰う……!』





 ◇◇◇




 ―――数年前の記憶だ。


『見てください、あれが『猟犬カニス』!僕が造った最高の、マギアメイルです!』


 クリニエは圧倒的な性能を見せつける『猟犬カニス』を背に、ユグノスの首脳陣へとその瞳を輝かせた。

 当然、その力は彼等に十二分に伝わっていた。


 何せ仮想敵として配置された旧式マギアメイルの残骸は、もはや鉄屑レベルで噛み砕かれ散乱していたからだ。

 リオンの上司の軍の将軍も、国の王も。誰もが彼の成果物に勝利を確信する。


 これからの勝利を、そして自国の発展を。


 それを見届けつつ、クリニエは撤退の指示を機体へと飛ばし、格納庫へと下がっていく。


 膝を降り、香箱座りのようにして格納された『猟犬』。その前に立ったクリニエは、元気に声をあげた。


『やったぞリオンちゃん!もう降りてきても―――』


『リオンちゃん?リオン准尉ー?』


 リオンを心配したクリニエは、操縦席を外部から開き中へと入り込む。


 ……すると、そこにいたのは。


『え―――!?』





『クリニエ、さん……!わたし、なんか、おかしくって……』


 操縦服をはだけさせた、リオンの姿だった。

 ―――後にして思えば、それは『獣性解放機構マインドビースト』の副作用。

 全身の感覚が鋭敏となり、欲求が強引に引き出された姿。普段軍人としての職務のなかで、押し殺していたような感情が全て、露になっていて―――、


『リオン、ちゃ―――』


『きて』




 そして、操縦席の扉は閉じられたのであった。




 ◇◇◇



『……リオン!』


 獣性解放機構によって混濁する意識。

 そのなかで脳裏に鮮烈に響く声は、過去のものてはなく、現実の世界、時系列のものに他ならなかった。


 リオンがそれを受けて、目を覚ますと自身の機体は地に伏していた。

 前方には、もはや原型を留めない『剣兵ゾルダード重装式・ローシュ』の姿。


 そこまできて、リオンは自分自身の状態を理解した。

 ……新型マギアメイル、『人狼マーナガルム』。きっとこれは暴走してしまったのだ、と。

 クリニエ・リュジスモの手によって作られた試作機を軍が独自に研究、改造した機体であったのだが……その獣性解放機構マインドビーストの安定性は、決して良いものではなかったらしい。


 だが、どうして暴走が止まったのか……そう考えたとき。


『あ―――』


 目の前に、ずっと会いたかった人の姿が目に入った。


 髪はより白髪混じりとなり、眼鏡をしているが、間違えるはずもない。


 たった一度の逢瀬。

 でもそれは鮮烈で尊い経験で、ずっと想い続けていた、あの人。


 ―――クリニエ・リュズシモ。殻に籠っていた自分を解き放つ鎧をくれた人。


「クリニエ、博士……」


 リオンはふらつきながらも、操縦席から顔を出す。一度なし崩し的に一夜を共にしてしまってからというもの、二度と会ってくれなかった想い人の姿がそこにある。


 それが信じられなくて、手を伸ばす。


「―――リオン、ちゃん」


 クリニエは重々しく、その口を開く。

 その手には、小さな小箱が握られていた。


「……あのときは、すまなかった。僕が造った獣性解放機構マインドビーストなんてもののせいで、君をおかしくして……その、純潔まで」


「そんな、むしろわたしはうれしくて、それで……」


 ……クリニエは後悔していた。

 一時の思い付きで造り出したシステムで、多くの人々の意識を歪めてしまったのではないか、と。

 特に目前の少女軍人に至っては、自分自身が大切なものを奪い取ってしまっていた。

 彼女に恐怖や後悔を刻み込んでしまったのではないか、そう思うと顔も出せずにただ、研究室に籠っていることしかできなかった。


 マギアメイル開発の最前線から離れ、名誉顧問という名ばかりの役職に身を置いたのも、その贖罪の思いからのものだったのである。


 ……だが、リオンはそのことを福音のように思っていたのだ。

 あのシステムの効力で、誰もが素直になった。

 好きなものを好きと、嫌いなものを嫌いといえる自由。それは長年狭い土地に押し込まれ、死に向かうばかりだったユグノスには決してなかった姿だ。


 自分だってそうだ。あそこでクリニエから受けた愛でもって、ここまで戦ってこれた。

 ずっと乗っていればいつか、これを造ったクリニエに会えると、そう思って。


「その、責任を取ろうとは思っていたんだ。けど、あれ以降『猟犬カニス』の量産やらで手が回らなくなって、君も戦場にいってしまって……」


「―――だから今、責任を取らせてくれ」


「え―――」


 クリニエは、ずっと手にしていた小箱を開く。


 するとそこにあったのは、一つの指輪。

 まるで獣の横顔をあしらったデザインで、それはクリニエの指に填められた指輪と、対になるようにして作られたものだったのだ。


「共に、歩ませてくれないだろうか。その……僕じゃ、不足かもしれないけれども」


 それはこの数年、ずっと抱き続けてきたこと。

 責任を取る……彼女の人生を背負うこと、それこそが自分のやるべきことだと、ずっと胸に抱いていたのだ。


「いえ……いえ!」


「よろしく、お願いします……!」


 リオンは涙を浮かべつつ満面の笑みで、ぺこりとお辞儀する。

 そしてクリニエは、彼女の手を取りそとに連れ出そうとする。


 だが、その時。


「……うわっ!?」



 ―――彼の手が、逆に中へと強引に引っ張られる。

 彼は操縦席に座るリオンの身体に、倒れこむようにして転倒した。

 その顔は彼女の胸へと当たり、そして。


「―――じゃ、久しぶりにしましょ?」


「え、ちょ、待っ―――」




 彼女の言葉と共に操縦席が、無常に閉じる。




 ……その瞬間、回りの人々は颯爽と立ち去る。

 まるでこうなることがわかって連れてきたかのような、用意周到さ。


 それもそのはず。

 数年前、試験会場にて起きた情事のことは、今や当人たち以外の誰もが知るところであったからだ。

 切られていない拡声術式が、そのすべての元凶だ。『人狼マーナガルム』は幸いにもその機能を全て停止していたお陰で今は周りにその音声が漏れる心配はなかったが。



 ◇


 誰もが気まずげにそそくさとその場を離れ、そこに残されたのは『人狼マーナガルム』のみ。


 ……日は完全に落ち、辺りは暗闇に包まれる。

 辺りは夜一色、音はない。


 ―――今日は、満月が昇る。


 どちらが、かは分からない。

 だがいつの間にか変形し、人型マギアメイルとなった『人狼マーナガルム』の操縦席で、呟かれた言葉。


 それは双方にとって大きな意味の言葉で……二人はそれを噛みしめ、未来を見た。





 ―――月が、綺麗ですね、と。



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