連合国ユグノス編:ワルキア皇暦409年

獣鎧の国 - Different finished Products Ⅲ -



 ―――獣の如き鎧は、地を疾走り、空を駈ける。


 その猛攻は止まるところを知らず、敵国の鎧を噛み砕き、踏みしめ、蹴散らし。

 そしてその残骸を素材として、彼の獣たちは増え続けた。



 かの弱小国ユグノスは、今ではその陰りも見せない。

 それどころか、あの頃とは逆。



 ―――列強と、その姿を変えていたのである。






 ◇◇◇





「―――はぁ」





 本の置かれた机へと突っ伏しながら、男は深々と溜め息をつく。


 疲労困憊、と呼ぶのが相応しい。

 彼の顔はやつれ、そしてなんというか、あまりにも精気のない表情をしている。


 その男の名は「クリニエ・リュジスモ」。かつてはこの国―――ユグノスで技術者をやっていたものであり、今ではその戦鎧開発局の名誉顧問となった者だ。


 かつては、圧倒的な敵国の攻勢を前に滅亡の危機にすら瀕したユグノス。


 ―――だが、今のこの国にその頃の面影はない。


 彼が私室から階下を見下ろすと、そこには数多の人影がある。

 昔は誰もが暗い顔でこの商店街を歩いていたものだが、今の彼らにその面影は一切なかった。


 滅亡も、厭戦も。

 その全てが、今のこの「連合国ユグノス」にとってはあまりにも無縁なものであったのである。



「……もう、滅びの危機など欠片もない」


 在りし日の自分の言葉に重ねるかのように、呟く。

 戦鎧開発局最高顧問にして、連合の最高評議会に席を持つクリニエ。


 かつては全てに絶望、絶念し、ただ日々を死体のように過ごしていた自分が、今ではこのような立場にいる。

 そのことが、なにより本人にとっては信じられないことだった。


 ―――あの日、彼女が。




 リオン・サテリットが私の前に現れなかったのなら、一体この国は、私は―――



『し、失礼します、クリニエ様!』


「―――入れ」


 ……遠き過去への逃避行は、余計な水入りによって中断される。

 クリニエの許可を受け、部屋に入ってきたのは軍人だ。


 リオンと同じ制服―――すなわち、ユグノスの兵士だ。

 その額には脂汗、そして肩で息をしているその姿から、よほど火急の要件があることが伺えた。



「なんだ、新型機の無心か?それとも、うちで作ったマギアメイルになにか不調が?」


「い、いえ……その、大変申し上げにくいのですが……」



「少将が……その、クリニエ様をお連れしろとお命じになられまして、もし着いてこないなら、リオン・サテリット准将が死ぬ、とも」


「……はぁ!?」


 クリニエは驚愕と共に本日最大の溜め息をつく。

 仕事仕事と、逃げ続けたツケが回ったのだ。あれから数年と経つが、彼女との交流は絶たれていた。


 あの日、マギアメイル『猟犬』の評価試験が行われたあの日。

 今思えばあのときだ。あのとき自分が、マギアメイルにあんなものを仕込まなければ、お互いにもっと穏当な人生を歩めたかも―――


「自業、自得……か?」


 ―――暫く。


 そう観念すると彼は頭を抱え、手荷物を手早く纏める。新型のマギアメイルに関する書類と、普段から持ち歩いている日用品。


 ……そして、小さな小箱。


 そしてそれらを纏めきり鞄を持つと、彼はこう告げたのである。

 ―――指に填められた、獣を模したデザインの指輪を掲げながら不承不承に、である。




「―――わかった、『リオン』の元へ案内してくれ」




 ◇◇◇




 ―――そこは平原地帯だった。


 ユグノスの隣国にして、かつては彼の国を滅亡寸前まで追い込んだ国、「クラカディル」。


 同盟相手であるフリュム帝国からの技術提供により、マギアメイル『剣兵ゾルダード』を駆使してその領土を拡張し続けていた頃のこの国は、全盛と呼ぶに相応しく栄華の限りを尽くしていた。


 なにせ、かつて皇帝が健在であった頃のフリュムが、唯一攻めこまず、同盟を継続し続けていた国である。

 一説には「クラカディル」の指導者がフリュム皇帝家の血縁であったことが由来ともされているが、今となっては定かではない。


 ―――なにせ、フリュム帝国は滅んだ。


 魔龍戦役とも呼ばれたあの未曾有の大災禍。

 その余波として魔物に襲撃されたフリュムは、その戦乱の最中に皇帝に連なる家系の者たちは軒並み命を落とした。

 そして帝国の施設、戦力自体も甚大なる被害をうけ、今となっては急遽救援としてきていた大国ワルキアへと、実質的に併合されてしまっている。



 ……つまり、今の「クラカディル」は、長年懇意にしていた大国からの後援を、失っている状態だったのである。


 いやむしろ、それだけならまだよかったのかもしれない。

 なにせ相手は弱小国ユグノスだったのだ。そのままでも、例え援護がなくたって負けることなど万に一つもあり得ない。


 本来、逆にクラカディルが滅亡の憂き目を見ることなどあり得なかったのだ。


 ―――そう、だからこそ「クラカディル」は厭戦ムードに包まれていたのだ。


 見下していた国からの、圧倒的なまでの大逆転。


 ―――なにしろユグノスは、あの頃のマギアメイルすら持たない、弱小国であった頃の面影など、欠片も残してはいなかったのだから。



『ひ、ひぃ……!?』


 ―――一機のマギアメイルが、剣を構えつつも一歩、後退する。

 無理らしからぬことだ、彼が如何に武勇を積み重ねた操縦士であろうとも、目の前の光景を前に戦意を維持し続けれろというのは酷な話だろう。



『うめぇ……うめぇ……!』



 ―――マギアメイルが、マギアメイルを食らう光景。四肢を噛み砕き、首を引きちぎり、分解する。

 そして敵がそれを噛み千切る度に口にする感嘆の声。

 そんなものを見れば誰だって、その肝を冷やすには違いない。その光景はまんま、魔物の捕食風景だ。


 しかも、なお恐ろしいのは。




『―――よし、ごちそうさま!』



『操縦席以外の分解完了、次はあのマギアメイルだいくぞお前らァッ!!!!!』


『『『『おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!』』』』




 ―――その獣のごとき蛮行を行う鎧のなかには間違いなく、人間が載っているのだということであった。




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