新年 - Happy new year! Ⅳ -
◇本話は「謹賀 - Happy new year! Ⅲ -」の続きとなっております。
その為そちらを先にご覧になってからお読みいただくことをお勧めいたします!
◇◇◇
「お待たせ致しましたー!」
店員が元気に声をあげながら、水の入った鍋を手にやってくる。
「おっ、来た来た」
「こちら「
そういうと店員は慣れた手つきでそれをテーブルに備え付けられたコンロへと鍋をセッティングしてゆく。
「おぉー……」
鍋の中の水は、淡い黄金色をしている。
―――
昆布で取られた透き通った出汁からは、上品な薫りが辺りに広がる。
「こちらお湯が沸きましたら、こちらの蟹を湯に通してお食べください!」
そしてテーブルの上に、大きな白い皿が置かれる。
そこに並べられていたのは、何本もの蟹の身だ。
色鮮やかな朱色のはさみに繋がった透き通るような白のその身は、蟹の新鮮さをこれでもかとばかりに視覚に訴えかける。
その訴求力は初めて蟹を食すリアに対しても例外ではない。
―――一目で、美味しいものだと脳が理解した。
「ありがとうございます」
フィアーが礼をすると、店員は微笑みながら立ち上がる。
「デザートをお持ちする際はお声掛けください、失礼致します!」
そう言い、店員はその場を去る。
残されたのは二人の姉弟と、火にかけられた鍋。
そして上等な、蟹の身のみであった。
「さぁリア、これが今回のメインディッシュ……」
「松葉ガニのしゃぶしゃぶだッ!」
◇◇◇
「―――さぁ、お湯が沸いた」
「ゴクリ……!」
鍋の昆布出汁は既にふつふつと沸き上がり、食事の時が来たことを克明に示し始める。
―――その瞬間、二人の表情は一気に深刻なものへと変わった。
「……食べ方は至って簡単。蟹の身を、さっとお湯に通して食べる、これだけだ」
フィアーは、初めてしゃぶしゃぶという
「ただ一つ気をつけてほしいのは、熱の通しすぎだ」
「お湯の中をサッとくぐらす、だいたいこれを2、3回するだけでいい。あまり通しすぎると火が通りすぎちゃって、身が固くなってしまうからね」
タイミングは極めてシビア。
少しでも理想の時間を過ぎてしまえば、蟹の身は硬直し、その理想の味わいを逃してしまう危険性がある。
「うん……やってみる!」
その言葉と共に、リアは蟹のはさみを掴み上げる。
蟹の身はそれにぶら下がるように宙へと浮かび、眼前の鍋を遥か見下ろす。
「いざ―――」
そして、ついに。
―――蟹の身が、湯へと到達した。
「さっさっさっと……通したよ!」
三回、蟹の身が湯を通過する。
半透明だった身は、俄に純白に染まる。
「そしたら後は醤油、もしくはカニ酢につけて食べるだけだ」
その言葉に、リアはその身をカニ酢へとつける。
「……頂きます!」
―――そしてついに、リアはその味を、その舌で感じる。
「―――!!!!!」
言葉が出ない。
鮮烈な衝撃と、甘美な味わい。
その食感は正に、理想の弾力。
「身がプリップリ……!」
「美味しいでしょ?」
「うん、うん!」
リアはうん、うんと確かめるように頷きながら、次の蟹を湯へと通し、味わう。
まさに満面の笑み。
その表情から彼女がどれだけの感動を得ているか、フィアーは手に取るようにわかった。
「――――――!!!!!」
(リアは美味しそうに食べてくれるから、紹介のし甲斐があるなぁ)
フィアーは心のなかで、嬉しそうなリアの姿に感慨を覚える。
―――そして、しばらく。
次々と食べられた蟹は、もはや全てなくなった。
その場に残されたのは空の皿と、喜びに染まり、満々の笑みでご満悦なリアの姿だ。
「はぁー、とっても美味しかった……」
リアはお腹いっぱい、とばかりにお腹をさする。
―――だが、これで終わりではない。
まだ先ほど頼んだデザートがまだ残っているのだ。
それを残して、リアが満腹になってしまっているのは少し問題かもしれない。
「結構食べたけど、デザート入る?」
フィアーは心配そうに声をかけた。
しかし、その心配は杞憂。
その事を、フィアーはすぐに理解した。
「別腹!」
―――リアのその言葉で、一瞬で心配は掻き消えたのであった。
「はいはい、じゃあ持ってきてもらおうか」
◇◇◇
「お待たせ致しました、「
先刻、デザートを持ってきてもらうようオーダーされた店員が、お盆に載った二皿のデザートをテーブルへと置く。
「ありがとうございます」
「おぉ……!」
―――置かれたのは、数個の白い球体の上に、緑色のペースト状のものが載せられたスイーツであった。
アイスも隣に載せられており、器は冷たく冷えきっている。
「これが、フィアーのいってたずんだクリーム白玉!」
「ここならでは、って感じだねずんだは」
そう言って、フィアーは懐かしそうな表情で商品を見つめる。
「美味しそう……この緑色のがズンダってやつなんだね?」
「そうそう、枝豆で作ったもので、この土地の郷土料理みたいな感じのものだね」
―――ずんだ。
この都市で郷土料理として親しまれる、甘味の一つ。
その起源は遥か昔に遡ると言われ、かの武将、独眼竜こと「伊達政宗」が戦の時、手にした陣太刀にて枝豆を砕き食したことが由来のひとつともされる。
約40年ほど前には、「ずんだシェイク」等を筆頭とする「ずんだスイーツ」が一世を風靡したとも言われている。
「なるほど……それじゃ、頂きます!」
「―――」
「……リア?」
一口食べた瞬間、リアの動きが完全に停止する。
「―――」
「リ、リア?」
「―――すき」
「へ?」
「これ、すごく、すき」
「カタコトになってるけれども!?」
―――そんな調子で、二人での食事の時間は過ぎていったのだった。
◇◇◇
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございましたー!またお越しくださいませ!」
店の入り口まで出てきた店員が、笑顔で手を振り、頭を下げる。
それに笑顔で振り返しながら、リアは満面の笑みでフィアーへと語りかけた。
「いやー、美味しかったねフィアー!」
「リアに気に入ったみたいで、貰えてよかったよ」
寒空の下、フィアーが微笑む。
「―――今度は皆で来ようね、グレアとか、テミスとか……皆連れて!」
リアは一瞬寂しそうな表情をしてから、笑顔でフィアーへと語りかける。
「……うん、そうだね」
それに、フィアーも答える。
―――こんな日常が、今年も続くなんて保証はない。
だからこそ、この限られた平穏を全力で楽しむ。
それが、ここに来るまでに踏み越えていった屍の山に対する、最大限の敬意と責任だと信じて。
「―――また来年も、リアとこうして過ごせるといいな」
そうして、二人は我が家へと帰っていくのだった。
―――これは、不確定な未来だ。
曖昧な胡蝶の夢。
はたまた、これから実現する現実かもしれない。
全ては、彼らの選択のままに。
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