第8話

「おっちゃん、色々とありがとな。」

「いいってことよ。やったことは宿屋の代金内のことだ。あの店に紹介したのはただ俺が飯作るのが面倒だったからだ。ワハハ!」

「おっちゃんもいい男だな。そりゃ綺麗な嫁さんが付いてきてくれるわけだよ。」

「綺麗かどうかは置いておくがうちの嫁はいい女だよ。」


綺麗なことは別に置いておかなくてもいいじゃないか!と怒鳴り声が聞こえるがおっちゃんは無視する。


「旅人にずっといてほしいってのは言えないからな。トレジャーハンターのトップになれよ!そしたらうちはトップトレジャーハンターが懇意にしている店って箔がつくからな。」

「ああ、俺は0を追ってるからすぐトップになるさ。」

「そりゃ頼もしい。名前を聞いていておきたいな。俺はグインだ。」

「俺はユニールだ。」

「良い名前だな。よし別れだ、行ってらっしゃい!また来いよ!」

「じゃあな、また来る。」


荷物を背負ってドアを開ける。この町にいる時間は短かったが良い町だったな。みんな結構ふっかけてくるけど貧しそうな様子もない。今思えば値段をふっかけることが町民同士のコミュニケーションにつながっているのかもしれない。厄介だったが、本当にあくどいやつはいなかった。思い出に浸るのは良いが、まだまだ宝具は自らの力でひとつもてにいれてない。カールさんからもらったこの鍵の宝物庫をとりあえず一つの中目的として設定しようと思う。ここは西の端、まずは当初の予定通りこの国エァルの首都に行こう。


街道を一日中歩いて日が落ちて二、三時間経ってから野営の準備をする。今日は獣に出会わなかったので肉はない。サーモントバを小さく切ってガジガジ齧る。

果物も一緒に齧る。激しい動きをしていないからエネルギーの減りが少ない。

2日目は道からバカウマが現れたので狩りをして肉をいただく。毛皮は…持っていけないので毛を少しむしって捨て置いておく。早めに野営準備をし、火を起こす。火起こしはバカウマからむしった鬣を着火剤として扱う。バカウマの肉は普通のウマと比べると脂身が多いので柔らかい。バカになりそうなほどうまい。多めに焼いておいて紐でくくり、棒に吊り下げておく。流石に袋の中に入れておけないからだ。肉を横取りしようと肉食獣が現れたなら狩るだけだ。何も問題はない。

4日目、フサフサ狼が現れた。吊るしたバカウマの肉につられたのだろう。こいつの毛は気持ちが良い、襲ってきたやつは毛皮にして麻袋に詰めてやった。何匹か逃げてしまったが、追いかけてやる必要はない。バカウマの肉を食べて寝た。

5日目、いつもより冷えている気がしたのでリュックの上から短めのマントを羽織る。少し野営に飽きてきたが、飽きがこようと逃れられないのだから仕方ない。今日も山道を進む。ずっと森で景色が変わらないので良い加減開けてほしいなと見つけた杖ほどの大きさの枝をブンブン振りながら歩く。

この男、すでにたびに飽きている。代わり映えのない針葉樹だらけの風景、ずっと同じ食事。ここらで狩りを始めながら行こうかと決意。バカウマとつのイノシシを狩りながら進む。料理のレパートリーが少なすぎるので今度誰かに教えて貰おうと思った。


そこからまた数日経った。歩くことの飽きの最高潮まできている。パンはすでに食べきっているので、肉ばかり食べている。主食はまだ我慢できる。野菜をくれ、野菜が欲しい。さっさと走って首都まで行ってしまおう。そう思って走り出そうとした瞬間、足元に目が引かれる。


「お、こいつはあげキノコだな。油でフライにすると美味いらしいから拾っとこ。手持ちの食材に飽きてきたしな。」


生えているキノコを拾い、バックに雑に詰める。夕食が楽しみで仕方ないのか、心なしか足取りは軽くスピードがぐんぐん上がっていく。

そして夜。道の脇にちょうどいい広場があったのでそこで野営をすることに。乾いた木を拾ってきて火を起こし、肉とキノコに火で炙る。キノコの特有の深みのある香りが食欲をそそる。うーむ、これは正解だったな。まずは食べ慣れたつのイノシシとバカウマの肉に噛み付く。いつも通り肉汁が溢れ出すのだが、いつもは美味しいと感じるこの時も数日続ければ凡百に劣るというのか、ただ栄養を補給しているという感情しか湧かない。一方野良で生えていた美味しいか保証が全くないキノコの方が一層にも増してうまそうなのである。

腕をわきわきさせながらキノコを手に取る。


「やっぱりこいつは当たりだったなぁ。とってよかったぜ、あげキノコ!いただきます!」


一口で口の中に入れることはできるのだが、もったいないので傘の一部分を齧る。


「やっぱり美味いな!コイツァいいや!うん!最高だね!ハハハハハッハハッハハハハハ!」


気分が高揚しふわふわした状態になっている。まるで笑上戸の人間がお酒に飲まれているかのような、そんな状態である。ユニールは一晩中、何が面白いわけでもなくずっと笑い転げていた。そして朝もずっと笑っている。街道沿いであるので人が前を通る。一人でずっと笑っているのを不思議に思った商人が声をかけてきた。


「なんだにいちゃん、どうかしたのか?」

「いやな、飯に肉を食うのに飽きててな、ハハッ!ハハハハハッ!あげキノコ食べたらな、フハッ!ハハハハハ!笑いが止まらなくてブフォッ!」

「ああ、それ君が食べたの多分アゲアゲキノコだよ。薬あげるからちょっと待ってな。」


商人の男は荷車の方に戻り、薬瓶を持ってきてユニールに飲ませた。ユニールはむせながらもそれをようやく飲み込むとやっとまともな呼吸ができるようになったのか深呼吸をひとつした。


「ありがとう、このまま笑い続けてたら危なかったよ。」

「いやいや、行きずりに倒れていた人を見たら助けたくなっちゃう性分でね。薬代はタダってわけにはいかないけれど。」


そりゃそうだ。おっちゃんだって商人だ。商売が仕事だものな。


「そしたら街まで護衛してくよ。足りなかったらそこらへんでバカウマでも狩ってくるから。それでどうだ?」

「街までの護衛と最終日にバカウマ一匹でどうかな?」

「オッケー、交渉成立。」


商人のおじさん、ククリールはいい人である。故にこのような身分のわからない少年を救ってしまう。今までなんども盗難に遭いそうになるもそれ以上に儲けてきたのだ。故に狡猾な商人世界で天使のような優しさを持つ彼は一目置かれている。今回はサケを買いつけに港町フォードまで行っていた。ユニールが到着した時には既に出発していたのだが、森の中で狩りをしたりしている間にあっさり抜いていたのだろう。何かの偶然か、ユニールは宿屋のおじさんが話していた商隊に出会ったのだ。

馬車と並列に歩くユニール。季節的に熊のような荒々しい生物はおらず、どちらかというと盗賊が冬明けで活動を活発化している時期にある。春の陽気に騙されてカモである馬車を罠にかけようという魂胆なのか、それとも冬の間に資材を使い切ってしまったので仕入れようとしているのか。

しかしククリールはその盗賊が活発化するうららかな春のこの時期に護衛を一人もつけていない。ユニールは不思議に思って聞いてみた。


「なあ、ククリールさん。なんであんたは護衛を一人もつけてないんだ?馭者だってあんたが一人でやってる。ケチではなさそうなのになんでだ?」

「そりゃ私一人で足りるからですよ。自分より弱い護衛をつける人なんていないでしょう?人手が足りないならまだしも余計なお金は払わないのが商人ってものですよ。」


笑いながら彼は言った。そして彼の視線は鋭く森の中を走った。

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