第7話

まだ春先、朝はまだちょっと冷えるのである。肌を突っ張る寒さに耐え、体を温めるために軽く町内を走る。ほかほかに湯気が出てきたところで宿屋に帰る。この服は優秀ではあるが完全ではない。寒さには勝ちきれないようだ。


「店主、この街の靴屋と道具屋、あと食材売ってるところ教えてくれ。」

「食材は昨日行った市場に売ってるぞ。昨日分からなかったのは店が開いているのが日が落ちるまでだからな。靴屋はこの街にないが、二区画さきのとこにある服屋に売ってるからそこで買え。看板が出ているからすぐわかるだろ。道具屋はその向かいだ。金物が欲しけりゃ武器屋に行きな。」

「あんがとな。行ってくるわ。」

「そういやあいつ、武器も持たずにどうやってつのイノシシ狩ったんだ?」


店主は疑問に思った。彼はあった時から全く武器を持っていなかったからだ。面白そうな人間ではあるが、あまり関わりたくないなあとも思っていた。奇妙な灰色の影を彼はカウンターから視線だけで見送った。


「しっかし騒がしいな、この街は。来た時は静まり返ってたってのによ。」


漁を終え、男たちが帰ってきたところだったのだ。港には男たちを出迎える女たち、そして港で仕事している男たちがガヤガヤと集まっていた。港に近い宿だったので出てすぐガヤガヤに巻き込まれそうになった。


「まずは服屋だ。ここかな?」


服はすでに超高性能な宝具を持っている。汚れないっていうのはそれだけでいい。気分的には変えたくなるが、荷物に余裕のない旅では荷物が浮くのでわかりづらいがいいプレゼントなのだ。彼がそれに気づくのはちょっと先であるが。

服と靴のマークが描かれた看板が店の前に立てかけられている。ドアを開けると金属の鐘がカランコロンとなり、奥のカウンターから店主のおばさんがちょこちょこと歩いて出てくる。


「丈夫な靴が買いたいんだがいいのはあるか?」

「うーん丈夫な靴ね。そこのブーツとかはどうかしら。」


指されたブーツは確かに良さそうなものではあったが、なんかピンとこない。いずれ宝具のブーツでも見つけるからいいかなとも思ったが、まだあるかどうかわからないものを妄想するのは意味がないなと思考を元に戻す。


「なんか、感覚と違うな。すまない、他のはないのか?」

「うーん、うちで扱っているので頑丈な靴はこれぐらいよ。」

「漁師たちはどこで靴を買うんだ?」

「道具屋に売ってるのよ。仕事用のは。うちの靴はどちらかというとファッション目的。服はどっちも売っているけどね。」

「そうだったのか、この店じゃなかったのか。それだったら変な要望出してすまなかったな。」

「いいのよ、初めてのお客さんはだいたい同じこと言うんだから。」


店を出ようと思ったが、寒さ対策のために毛布でも売ってないかとまた店内を物色する。朝と夜の冷え込みのために上着を一着買うのもアリだなと思ったら、縁だけ縫われているただの大きめの布が目に入った。


「その布気になるの?なんかどっかの商人がみっともないから商品のついでにあげる言ってうちに置いてったのよ。うちだってこんなものいらないのに。買ってくれるんだったら3000マルダンでいいわ。」


これは継接ぎだと言っているが整合性が取れており、綺麗だと思った。ものを包み込むのにも布団の代わりにも使えそうだ。


「いらないんだろ?店にあったらみっともない貰い物を売る低俗な店だと思われるんじゃないか?せめて500だ。」

「なんですって!」


店のおばちゃんは少々ヒステリックになって声を裏返しながら叫んだ。俺の要求がひどかったのだろうか。そうでもないと思うのだが。


「タダ同然でもらったんだろう?別にいいじゃないか。俺が買わなきゃずっとこの店に残り続けるぞ。」


おばさんは折れたが、さすがにちょっと悪い気がしたので1000払った。これを羽織って外に出る。厚みがちょうどよく、気持ち良い。次は道具屋だ。向かいなのですぐ着いた。ドアを開けるとカランコロンと鳴り、店主がカウンターからこちらをギロリと一睨み。服屋より擦れた音がする。きっと錆びているのだろう。

棚に並ぶロープと紐、カンテラ、水筒、地図と方位磁針、大きめのバックパックと麻袋を何枚か、サイズの合う靴を手にとって店主の前に突きつける。


「これでいくらだ?」

「30000だ。」


妥当だろう。ふっかけられていない、むしろ安いぐらいだ。第一この親父から値切れるとも思わない。額通りのお金を払って店を出る。


「あとは市場か。ちょっと静かになっているといいが。」


また港の方に近づいて昨夜も訪れた市場をまた訪れる。活気があっていい市場だ。ここでは少しの野菜と調味料を買うことに決めていた。肉なんぞ行く途中にいくらでも取れる。


「塩をツボ一つ分くれ。」

「へえ、9000マルダンだよ。」

「高すぎる。4000だ。」

「そりゃ低すぎだな。」


何度このやりとりをすればいいのか。金持ちになっていくらでも使えるようになったらいくらでもぼったくられてやるから今は適正価格で売ってくれ。道具屋を見習えってんだ。結局5500マルダンまで下げられた。港町なのに山地と同じ価格で売ろうとするこの商人は魂が座っているな。必要なものだからいずれ買うだろうと思ってやがる。ひどい野郎だ。イライラしながら歩いているとちびっこが出店から声をかけてくる。


「にいちゃん、サーモントバいらないか?」

「サーモントバ?」

「ああ、サーモンの身を燻製にしてジャーキーみたいにするんだ。美味いよ!」


面白そうな商品だ。保存が利くから内陸でも海魚が食べられる。だが、こういうのを内陸で買うと高値になることは知っている。


「うーん、価格次第かな。」

「一つで3000だ!」

「おいガキ、ふっかけすぎだ。変な奴にふっかけると下手すりゃ殺されるぞ?ちなみに今俺は塩屋にふっかけられてイライラしている。ぼったくるのは完全な悪とは言わないがもう少し頭のいいぼったくり方をしろ。」

「わ、わかった800でいいよ。」

「嗜好品だしな、まあそれぐらいが妥当か。三つ買うよ。」

「あ、ありがとうにいちゃん。これからは気をつけるよ。小さなやつつけるからまた来てくれよ。」

「まあ、この街にまた来たら来てやってもいい。」


そのあとは小さなサーモントバを噛みながら果物と葉物の野菜を幾つか買って麻袋に入れる。このサーモントバ美味いな。追加で買っていこう。


「おいガキ、サーモントバ追加で15くれ。」

「ならまとめてでかいのかって言ったほうがいいよ。身を丸ごとで8000だ。」

「さっきは悪かったな。こいつは美味いからまた買いに来ちまった。」

「小さいのやっといてよかったよ。父ちゃんと母ちゃんのサーモントバは美味いんだ。絶対リピーターがくるからな。高めに売ってるんだが調子に乗りすぎたよ。街を出てもまた来てくれよな!」

「ああ、戻ってくる。」


10000マルダンを渡して釣りを拒否した。それほどこいつは美味い。塩っけが聞いていてなおかつサーモンの旨味がしっかり出てくる。

準備は終わり、日も落ちそうだ。宿に戻って夕食をとろう。


「帰ってきたな。おっ、それはサーモントバじゃねえか。いいもん見つけたな。」

「ああ、こいつはかなりいい。干し肉食うならこっち食う。」

「他のとこじゃあんまり作ってないみたいだから買いだめは正解だぞ。」

「そうか、夕飯が食いたいんだがいくらだ?」

「俺が言うことじゃないと思うが、荷物置いて左隣の食堂行ってきな。珍しい飯食えるぞ。」


奥から奥さんが他のところすすめるってのはどういうことなんだいと叫んでいるがいいのだろうか。まあ、珍しいのが食えるという話なら行かないわけはない。そういうのは気になってしまうタチなのだ。

隣の店に入る。ここはカランコロンと鳴らない。なぜならスライドドアだからだ。


「いらっしゃい。席に座ってくんな。」


メニューがないがどうすればいいと聞くとうちはオススメしかないとのこと。不安だが、料理人を信じるしかない。珍しいのが「不味くて」珍しい料理ではないことを祈る。

しばらくすると生のサーモンがローストされた玉ねぎと茹でジャガイモとともに皿に乗ったものが出てくる。


「おい、焼かないで大丈夫なのか?」


肉を一度も焼かないで食って死ぬほど腹を壊したという過去がある。誰も看病してくれる人もいないので文字どおり死にかけた。それ以来熱加工していない。生のものは口にできない。


「まあ、見てろ。」

火を吹き出す宝具だろうか。ゴーという音とともに勢いよく火が噴射される。朱色の肉が炙られて少しずつ薄いピンクへと変わっていく。


「これは珍しいな。うまそうだ。」


早速一口。生のつるっとした食感とも、焼きサーモンのパサっとした食感とも違う。ホロリと溶けるまさにその食感だ。口の中ですぐなくなってしまった。


「こいつは美味い!その宝具はどうやって手に入れたんだ?」

「こいつは火力調整の宝具をライターっていう最近出回り始めた道具に付けただけさ。ライターだったらちょっと高いが首都にあるはずだよ。」


火力調整の宝具を鍛治ではなく料理に使うっていうのがすごいな。いや、この人は宝具を持っている。ということは


「あんた、トレジャーハンターか?」

「ああ、昔の話だ。」

「どうしてやめたんだ?」

「守護者を倒すのに失敗して足を失っちまった。今まで手に入れた宝具を売って故郷であるここまで戻ってきて店を開いたんだ。残ったのはこいつ、145の宝具だけよ。こいつで作った料理が美味かったんで料理屋開こうと思ってな。今日は本当は定休日だったんだがトレジャーハンターになるっつう少年がうちに来たと宿屋の親父が来たんでな気になってお前をこっちによこしてもらったんだ。」

「へえ、145か。それが最高か?」

「49があったが売っちまった。あれは高値がついた。」

「49はなんだったんだ?」

「変声のドロップだ。貴族のやつが欲しがってた。聖歌隊の少年が声変わりするのを嫌がっててな、それを見た金持ちのファンが1300万で買ってくれた。きっとヒゲが生えても髪が抜けても高い可愛い声のままなんだろうな。ハハハッ!」


78は声を変えられるようになる飴玉のようだ。スパイとかで変装したときに使われたら困るが、聖歌隊の少年が使っているなら気をつけなくても大丈夫そうだ。同類の宝具があるかもしれないが。

この店の主人はカールという。カールさんはギリギリではあるが70台つまり二桁を倒す実力があった。しかし彼は身体操作、強化まではできるが肉体操作はちょっとした角質を作るぐらいで断念したそうだ。つまり俺は70台は倒せるということだ。


絶品の飯を食べ終え、紅茶を飲んでいるとカールさんは店の裏に戻ってしまった。どうしたのかと思っていると箱を持って戻ってきた。


「引退するときにトレジャーハンター協会に鍵を渡そうと思ったんだけどよ、そのときには店をやるって決めてたから店に来て俺の作った飯を美味いって言ってくれたトレジャーハンターに鍵を譲ろうと考えたんだよ。だからお前にこれをやる。32の鍵だ。倒すのに失敗して逃げてきた因縁の敵ではあるがよ、俺はもう年と怪我でできねえ。だから、だからお前にやるよ。」


自分への後悔がこもったその箱を握る手は心なしか震えていた。こんな時が来てほしくなかったかのように。だが彼もトレジャーハンター。宝物庫の中身が気になって仕方ないのだ。叶うことなら自分の手で宝物庫を開けたかっただろう。

だが、見られないで死ぬぐらいならと覚悟を決めて俺に託した。彼の覚悟を深く受け止め、無言で頷いて箱を受け取った。


「32の宝物庫はスウェーデンの北にある。手に入れたら宝具持ってここに来い。今よりたくさんうまい飯を食わせてやる。」


残った紅茶をぐいっと一息で飲み、席を立つ。彼の顔を見ず、右手を上げて別れを告げる。俺にはかっこいい男の鼻を啜る音など聞こえないのだ。

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