エァル編 丘と水溜り、小さな女の子

第6話

「おら、着いたぞ。俺は帰るからな。」


港に着いた。港町ではあるが小さな漁村だ。冬になるとここら辺は海が凍るので船が出せないのだが、夏の間はここから少し南西の方へ行ったところにある潮目にたくさん魚がいるのでそこで漁をして1年分稼ぐという生活をしている。

ちなみに島の方、ここから南西の方には暖流が流れているので島の海は凍らないのだ。


「さて、どこに行くか。」


爺に地理を教えてもらったが、特に目的地を定めていたわけではない。酒屋に行って情報収集するか。と、言っても金がない。金策を見つけるか。


「どうしたんだにいちゃん、ここらで見ない顔だな。」

「ああ、南西の島で暮らしてたんだがな、トレジャーハンターになるために出てきたんだ。」

「トレジャーハンターか、またえらいでかい夢だな。トレジャーハンターになるってことは首都のダブリンに行くんだろう?野営できるなら一日中寄り道せずに歩いて20日すればたどり着けるだろう。」


トレジャーハンター協会。初めて聞いた言葉だ。爺からはそんなこと聞いていない。彼が引退するときにできたのか、はたまた爺さんがわざと話さなかったのか。

そこらへんもおいおい考えていこう。今の所様子見だ。

おっさん曰く、この国エァルの首都のダブリンに行ったほうがいいとのことだ。情報は人の多いところに集まる。この漁村に長くいる意味はない。


「ん?ここからは馬車とか出てないのか?」

「一応あるが、商人は一昨日行っちまったぜ。20日ぐらい待たねえと定期便は来ねえな。あとは国の早馬だが、あれを勝手に使ったらブタ箱行きだ。俺としては待つのがオススメだな。」


おっさんは哀れみを込めて一笑した。

自分で自由に使える足がないというのは不便だ。訓練したからずっと歩き続けるのはいいが、いざ戦闘となったときに動きませんじゃ洒落にならない。足となる馬かできれば宝具をはやく手に入れたいものだ。


「そうか。うーん歩いていこうと思うんだが、準備が必要だ。見ての通り荷物がこんだけしかないからな。準備のための金が必要なんだ。どうやったら金稼げるかな。今日の宿代すらないんだ。」

「ああ、仕事だったら森で何匹かつのイノシシ取ってくれば肉屋で売ればいいさ。ここは漁師ばかりだからな。ここのみんなは商品にできないサーモンばっか食ってるから肉は貴重なんだ。他の村じゃ肉ばっか食ってるらしいがな。にいちゃんには厳しいかもしれん。宿だったらうちの宿に泊まりな。金はできてからでいいさ。」


さっき待つのがオススメって言ったのはこいつが自分の宿に長く泊めさせようとしたからか。商人は強かなんだな。


「大丈夫だ。島でつのイノシシは毎日のように狩ってたからな。腕には自信がある。宿は甘えさせてもらうよ。」

「そうか、頑張れよ。あとうちにもちょっと肉、分けてくれよな!宿はそこ曲がってすぐの荒波亭だ。」


港から海とは逆の方へ歩く。海へ潜って魚を取るっていうのもできなくはないが、ここは魚の単価は低く逆に肉のほうが高いらしいのでそっちを狩って稼いでしまおう。

村の柵を出て、森に入る。

春先では浅いところではあまり現れない。時はすでに夕方、荒々しいが肉食ではない穀物メインの雑食のつのイノシシは夜から朝にかけて活動する。目覚ましのオレンジの西日が長い影を作る。そろそろ起き始めるころだ。日が落ちる前にさっさと狩って宿に戻ろう。そう思って地面を蹴る。


「お、いたいた。つのイノシシちゃんは僕のお金になりましょう。」


強化を働かせ、一歩で近づく。直線なら足の速いつのイノシシも、さすがにこれには対応できない。

マターを集中させ、手の側部に部分変態を行い、密度を上げ硬く、鋭く即興の片刃のナイフが出来上がる。習い始めた頃は手が原型を失うんじゃないかと思うほどズタズタになったが、マター操作とマター増幅の練度が上がったため、そこらの武器よりも優秀だ。

軽く二匹を捕まえて、後ろ足を持って村に帰る。すでに日は暮れてしまったが、潮の香りをたどって漁村に帰る。


「お、今日行ってたのか?明日行けばよかっ……」


おっさんはつのイノシシを見て目を見開いた。


「お前、この短い時間で二匹も狩ったのか!すごいな!しかも血抜きも済んでるし傷もすくねえ。毛皮はジャケットにできる大きさだ!」


宿屋のおっちゃんは興奮している。ロビーに併設されているレストランってほど格式は高くない大衆料理屋の客もこっちをチラチラと見ている。


「ああ、これの肉はあんたのとこにやるよ。今日と明日の分泊まるからそれだけ取ってくれ。それ以上に欲しけりゃ逆に金をくれ。」

「ああ、一匹まるまる買い取るぞ。ジャケットとブラシ、頭はロビーに飾るし全部無駄なく使えるんだ!一匹まるまるなんて金持っててもなかなか買えねえんだよ!」

「そうか、で、いくらだ?」

「そうだな、宿代引いて35000マルダンはどうだ?」

「いや、安すぎるな。60000だ。」

「60000は高すぎだぞ。まあ、俺もふっかけすぎた。46000!」

「おいおい、他のとこ売ってもいいんだぞ?バラにしてもいいしな。」

「くぅ、じゃあ48000!」

「49000だ。」

「買った!」


まいどあり。あらかじめどれぐらいの単価か爺が教えてくれていてよかった。国によって貨幣価値が変わるから生活する上で必要だから覚えておけよとものの平均価格と物価を教えてもらっていた。街を移るたびにぼったくられてたら足が回らなくなることもあるだろう。こういうところでも爺との修行は役に立つのだった。


「どこに置いときゃいい?」

「俺が運んでおく。もう一匹もさっさと売ってこい。戻ってきたら部屋の鍵を渡してやる。」

「じゃ、売ってくるわ。ってどこにいきゃいいんだ?」


食堂の方でこっちを見ていたおっさんが、ジョッキを片手にヒゲでもじゃもじゃな顎を動かして教えてくれた。

「港の市場でも行ってこい。総合定価買取か競りか選んで売れるぞ。」

「おう、ありがとな。売ってくるわ。」


またつのイノシシを担いで港の方へ行く。発光生物が詰められた丸ガラスの街灯が夜道を照らしてくれている。

市場では恰幅のいいお姉さんがカウンターに座っていた。


「今日は競り終わったから生ものは定価買取だけだよ。」

「見ての通り、売りに出すのはつのイノシシをまるまるだ。」

「まるまるねぇ。」


お姉さんはジロジロと首と目玉を動かして隅々まであられもない姿のつのイノシシを見る。品定めをしているだろう。


「すごく質がいいね。肉は普通に買取、臓物も締めてすぐだからいいでしょう買取ます。毛皮とつのなんだけどね、剥製にできるレベルなんだけど金持ちでもつのイノシシの剥製を欲しいって言わないからな。二つを分けて、毛皮はジャケットにするために布地屋に、ツノは武器屋にでも売っとけばいいから通常買取ね。ま、毛皮は面積ごとに価格アップ、ツノは傷の有無と大きさで価格アップするから楽しみにしてな。5分ほど待ってくれ。」


5分間、ワクワクしながら待っていた。初めて自分で狩りをした生物を売ることができるのかと。価格はいくらになるのかと。

すると5分なんてあっという間だった。


「兄ちゃん、買取額なんだけどね、えー肉が10000、臓物が3500、ツノがちょっと小さな傷があって下がっちゃったけど18100ね。んで、毛皮が最大だったから21400で全部で53000マルダンよ。」

「おおー」


思わず感嘆が漏れてしまった。宿屋の親父より4000高い。つまり宿代が1日2000という計算になる。安いな。


「これでいいですか?」

「ああ、売ろう。」


お姉さんから53000マルダンをもらう。これで所持金は島から持ってきたお金も合わせて102040マルダンである結構持っているな。

宿に戻るとさっき市場を教えてくれたおっさんはすでにいなくなっていた。お礼が言いたかったのだが。


「おうにいちゃん、これが部屋の鍵な。無くすなよ。」

「わかってる。」


大衆食堂の方に歩いて行き、サーモンシチューを注文する。ジャガイモとサーモンのシチューだ。

そこそこ美味し買った夕飯を済ませ、部屋に戻る。知らない天井に背を向け、うつ伏せになる。普段より運動していないのだが、環境の大きな変化が疲労の原因だろう。

俺は、ベッドに入ったらすぐに眠ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る