第4話

またそこから一年、爺とあって三年目、戦闘をしていた。短い槍は折って捨てた。肉体こそが最大の武器と爺はいつも言っている。「ブスが余計な飾りをつけて着飾ったってブスだろう。」という言葉はツボに入った。村長の妻がそれだったからだ。

「己を磨かなければならない。己を自在に操れない奴が武器を満足に扱えるわけがない。」とも言っていた。確かにそうなのである。

俺は最初の頃短い槍を二本使って戦っていた。しかし、たまに左右の槍が邪魔で適切な攻撃が打てないようになった。しばらくすると短い槍を一本のみ使うようになった。しかし手数が足りない。片手で持って、もう片方の腕で殴るようになった。そしてまたしばらくすると槍が邪魔になった。いつの間にか槍を投げ捨て、素手で戦っていた。


「うん、戦闘の動きは良くなってきた。戦闘向きの筋肉も育ってきたしな。次の段階に進もう。」


そう言って爺は地面に線を引いて50メートルほど離れたところにまた線を引いた。


「おい、ここまで一歩で来い。」

「は?」


50メートルを一歩で来いとか頭がついにイかれたのか?と思っていると爺さんは地面を強く踏みしめ力を溜め始めた。足を八の字にしたサンチン立ちである。

爺さんからとても強い圧を感じる。50メートル離れているというのにだ。

爺さんは構えを解いた。次の瞬間、地面を蹴ったと思ったら目の前にいた。何が起きたのか把握できなかった。こんなことは久しぶりだ。彼は俺との戦闘訓練でずっと手を抜いていたのだ。半分なんてもんじゃない、10%も出していないかもしれない。第一これが本気だとは彼は言っていない。


「どうした。諦めるのか?」


ニヤついた顔でこちらを見ている。答えがわかっているくせに。


「今俺は興奮している。もっと強くなれると。教えてくれ、その技を。教えてください。」


俺は再び、丁寧に頭を下げた。


俺には指標が爺さんしかいない。だから俺は爺さんを超えない限りトレジャーハンターになるつもりはない。もし超えずに島を出たら中途半端で終わるだろうからな。この一年の戦闘訓練で俺は壁に着実に近づいていると思っていた。もうすぐだと思っていた。爺の計画よりも先に行っていると思っていた。だがこの一瞬で、この50メートル立ち幅跳びでその幻想は崩された。まだまだ壁は高かった。まだまだ目標は強かった。

俺はもっと強くなれると、夢を叶えられる力が得られると、そう思った。


「これからお前に身体操作を教える。」

「身体操作?」

「腕を動かす、足を動かす。首をひねるとかの次元ではない、もっと小さな単位の話だ。筋肉繊維を靭くする、脳の思考速度を加速させるとかな。」

「筋肉繊維?脳?」

「ああ、そうか。体についても教えなきゃいけないな。今年のメニューは体力維持のランニング込みの狩りと戦闘訓練と授業だな。知識の必要性は教えたほうがいいか?」

「いや、鍵を見つける前にここに来てたのは爺に外の知識と今まで生きてきた知恵を教わるためだった。知恵と知識は戦闘の強さをも超えることがあるそう思ったからだ。ようやくしてくれると嬉しいぐらいだ。」

「お前は冷静な時は結構賢いからな、つい知識レベルを高く見積もってしまう。今度こそは教えてやるよ。」


今年14歳の年の前半は知識と知恵を身につけた。体の構造、この世界のこと、暮らしていく上で気をつけて行くことなどなど。有用なことが多かった。ずっと「動」ばかりいたので「静」ということをしっかり覚えた年かもしれない


「うむ、野蛮な野生児から知的な野生児に進化したな。」

「野生児は抜けられてないのかよ。」

「いいじゃないか、ワイルドな男はなよなよした男たちばかりの大都市でモテるからな。もうそろそろ女を知るべきだがこの島ではブスなクソ女しかおらん。」


俺としてはこの島で育ってきたからこの島のことしか知らない。向かいの少女は可愛いと思ったが母親を見ているからああなるんだろうなと思うと寒気がした。きっとあの子もこの何年かでクソ女に立派に成長しているだろう。


「よし、これでようやく身体操作までは入れる。生命エネルギー、マターの覚醒、流動を感じさせなければな。」

「マターはどうやって覚醒させるんだ。」

「死ぬんだな。」


そう言って、爺さんは俺が反応することもできない目にも留まらぬ速さで自らの指で眉間をついた。

そして俺は眠りについた。




寒い風にさらされている。手先は悴み、膝は震え、背を無視が這いつくばるようなゾワッとした感覚が常に襲ってくる。

一人で冬の夜を過ごした時より、山の中で彷徨って真っ暗な洞窟で一晩を過ごした時よりも心が怯えている


これが死なのか。

そう自覚させる空気だ。

諦めて目を閉じろ。諦めて呼吸をやめろ。諦めて心拍を止めろ。

そういうネガティヴなささやきが頭に直接語りかけてくる。

だが、僕は目を閉じない。呼吸をやめない。心拍を止めない。

心がなんども折れそうになるがそのたびに自分の夢を思い出す。空虚な自分に夢を与えてくれた0の鍵を思い出す。



なにか光が見える。僕は目を覚ました。もう秋口で寒くなるころだというのに、暖かい空気に包まれている。


「よう、起きたか。」

「いったい俺に何したんだ?」

「仮死状態になってマターの栓を突いただけよ。自らのマターの完全枯渇、それが覚醒の条件だ。だから俺は仮死状態にし、その上マターを垂れ流すように栓を突きお前の体からマターを全て抜いた。あとは栓がない状態でも生きられたらマターを扱う第一歩の身体操作の修行を始められる。失敗していたら…」

「死んでた、だろ?怒らないよ。どうせこいつができなかったら守護者とは戦えないとかなんだろ?死んだらそれまで、そういうことだろ。」

「さすが、胆力はありやがるな。よし、これから身体操作を教える。」

「そのセリフは二回目だな。」

「ふん、まずはマターの操作。まずは右腕に集中させてみろ。」


栓が抜かれたからか、体に満ちるマターを感じられるし視覚で捉えられる。ふわふわと体に満ちるマターを腕に動かそうと念じる。

すると全てのマターが右腕に行ってしまう。膝から崩れ落ちてしまった。


「そう、精密な操作ができなければ他の部位に支障が出る。増幅を習得する前にマターの精密操作を覚えなさい。戦闘中に操作できるよう、どんなことがあっても動じるでないぞ。」


爺はニヤニヤしながら言った。あれは何か企んでいる顔だ。


右腕にもう一度集中させる。柄杓から瓶に水を注ぐ時ぐらい慎重にやる。じっくりじっくり移動していると。爺が変顔してこちらを見ていた。噴き出して操作ミスをする。膝から崩れ落ちてしまった。


「何やってくれるクソ爺!」

「戦闘中に相手が変顔して油断して死んでも『なにやってくれるぅ!』っていうのか?」


おちょくった口調で俺の真似をする。爺の言うことは正論である。故に反論できないことがまたストレスになってマターの操作に支障が出る。

目を開けたまま無心になる。爺は奇妙な動きをしている。爺から目をそらす。すると爺はこちらを叩いた。


「おい、お前は戦闘中に敵から目を話すのか?余裕だなァ、俺に一勝したことでもあったか?」

「料理対決ならな。」

「そ、それはどうでもいいじゃないか。」


爺が作った飯はうまいのだが、あくまで男飯。味が大雑把なのですぐ超えることができた。まあ、料理だけなのだが。


次は爺から目を離さずに瓶に水を注ぐ感覚でマターを移動する。


「ま、この程度ならすぐできるようになるよな。次だ、俺は今まで動かなかったが高速で移動する。目で追いながら右腕、右足、左腕、左足と順番にマターを動かせ。」


爺は俺の視界の端まで一瞬で移動した。慌てて焦点を合わせるとすぐにまた移動した。くそッ、早すぎるぞ。


「お、もうできるようになったか、1日でこれじゃまあ及第点だな。もっと早く明日からは動かす練習だな。」


まだまだ修行は続くそうだ。

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