ナマケモノは人類の最終進化なのかもしれない。

 銀色の光に導かれ、彼女を見上げる。膨張と縮小を繰り返しながら、まるでわたしを蔑むかのように、笑っている。

 膨張。

 縮小。

 膨張。

 縮小。

 どうして、そんな顔をしてわたしを見るのです。このわたしめが、何か貴女様に過ちを犯してしまったのでしょうか?わたしの汚い両手で、貴女の清い身体に触れてしまったのでしょうか。

 無意識。

 無意味。

 無関心。

 無。

 何も無いということが、最大の幸福だとしたら、今のわたしは世界で一番の幸福者であろう。父は物言わぬ星々に、母は冷たい雫を降らす雨雲に。わたしは……踏まれてゆく地面に変化するであろう

 きらり。

 ぽつり。

 かたり。

 きっといつか、美しくも儚いむらさき色の花が咲くと信じ、虚空の暗闇を見つめては、どこかで輝く星を想う。きっといつか。そんな言葉を永遠に信じ、干からびた大地へと、羽を広げる。

 飛翔。

 ばさり。

 飛んでいく。

 夏は意味もなく、自慢げにその暑さを披露する。どれだけ人間がその熱で朽ちろうとも、見て見ぬふりをして、汗ばんだ額に触れるだろう。触らないでほしい。触れないでほしい。

 蟻の触覚に風が撫で付け、働かない姿を見せびらかす。働かない蟻も、重要なの。いつか遠い未来のために、彼らは必要となるかもしれないから。働かないのも、必要。つまり、わたしも誰かに必要とされている存在なのかもしれない。

 触覚。

 前髪。

 手足。

 胴体。

 引き千切られ、捨てられる。そういう定めに、あるのでせう。


 師匠に貸してもらった「壬生義士伝」を読む。面白い。喋り方に、ちと難しさを感じたけど、読み進めてくると慣れてくる。こういうのは、その時代の人になりきったつもりで読まなきゃ、駄目でありんすね。うむうむ


 家にいるのがとてつもなく怖いから、いつでも抜け出せるよう、大事なものを持ち出した。所々で発見した映画のポスター(観ていないのも含む)、変身メイク道具、師匠の授業でもらった「デカルトについて」等のプリント、撮った写真(ポートレートを含む。先生が展示会・教室に飾って下さった)、(行ったところのチケットとか、変なものばかり書かれたりしている)手帳。もっと増えると思う。

 お母さんに見られたら、困るものをバイト先に持って行っては「みるなバカ」と描いておいた箱にしまった。怖い。母にこういう感情、抱きたくない。世界が暖かさに溢れたら、いいのに。何も心配しない傍観者でいたいのに、巻き込まれる人に。


 めんどくさい。


 家に帰るたび、彼女の冷えた声。明るくしようと努力する心に、亀裂が入る。怖い。話したくない。いたくない。

 お母さん自身が、もっと、私が前向きで、色んなことを話してくれる子でいてほしいって言ったから、頑張ってみた。それで一番最初に思いついた、「今日あった出来事」を子供みたいに説明してみた。


 ふろーずん。


 どれほど話そうとも、聞こうとせず、給料のこととか、仕事の内容よりも「情報」を聞いてきた。違う。違うでしょ。そういうのが聞きたいの? わたしはそういう話、好きじゃない。楽しいことを話そうよ。可愛い犬のこととか、綺麗な女の子。好きな曲のことでもいいし、今日来たカナダのお客さんについてでもいいよ。ねぇ、おねがい。やめて。こわい。やだ。かなしい。


 私、あなたが何がしたいのか、全然わからない。


 あーーーーーもう!!!!こういう話は嫌い!!!!!もっと明るいことを話そうよ!!!!!しば犬のあの眉毛っぽい模様の愛くるしさについてとかさ!!!!人類とのナマケモノについての類似点とか!!!!もう、やだぁあ!!!!!!

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