脳内に浮かび、消える言葉たち。

 旅に出ると言って、母が出ていった。私は玄関でにこやかに見送り、「気をつけて」と手を振った。彼女は真似して「あなたも気をつけて」と微笑する。私は置いてかれて、熱気に包まれた部屋に戻った。


 旅に出たい。どこか遠くへ、見知らぬ者しかおらぬところに。何も知らない、世界はどこか。航海を。


 母がいなくなった部屋で、ぼーっとする。無性に寂しさがこみ上げてきて、涙が溢れそうになる。あ、ひとり。さびしい。ちょっと前までは感じなかったことが起こり、焦る。

 結局、休みなのにバイトに行ってしまった。帰りに友人から一方的に電話がかかり、一方的に切られた。さびしい。明日も、バイト。明後日も、バイト。昨日も、一昨日も、バイト。私はどうして、頑張っているの。


 本気で心配されたから、口角がほころんでいった。大丈夫。やっぱり私は、その言葉ばかり呟いてしまい、硬くなった肩を揺らす。空中には、夏の熱気。心配の残像が耳に残り、去年の蝉の音が響く。まだ、夏は終わってない。まだ、私は生きている。あなたも、死んじゃいやよ。自然に溢れるであろう涙を、想う。

 大丈夫。私は忘れないわ。


 酒とタバコとロックンロールに性欲を織り交ぜて、堕落生活の終止符をうつ。鬱病になって、クレイジーに生きろ。音を聞き、青春をドブに捨てた人生を呪え。大きく伸びた左指は、長く、長く、首伸ばす。私はロックの神様。グラス片手に音鳴らす。チューニングは勘でやって、脳髄をかち壊せ。私は神様。ロックの、神様なの。


 すーべーてーの本屋が私のためだけに。汚れて濁り果てた心に、何をやろう。私は何を、あげられる?


 お前は何をクズクズ悩んでるんだ。何を言い止め、その煙で乾いた喉に飲み込む。言葉を飲み込む。自らの一部を、ごくり。胃に収める。吐き出せ。吐き出してやれ。他人を傷つけると悩むなら、傷つけてから悩め。相手を傷つけるほど、相手も自分を傷つけている。相手は、別の人かもしれない。相手は、別の人間かもしれない。私はここに。受けられた傷を自らひっかり、自身の傷へと変える。私はここに。お前から受けた傷は、血へと変化し、この地へと溢れるだろう。私はここに。恐怖する心に、喝采を。恐怖する体に、自由を。私はここに。世界を見つめ、振り向いてあげる。

 あなたもみんな、優しい人。


 紫煙ばかりに気を取られ、人の言葉が耳に入らず、行ったり来たり。髪に付着した、他人の香り。吐き出す。吐き出す、波となる。揺蕩うたびに、眠りこげ、進むたびに後悔ばかり。後悔を航海せよ。帆を上げ、揺れ動く背骨を軋め。


 私は眠りに就く。

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