私は木の陰に隠れて、

白馬に乗っている娘と、子どもの方を見る。


白馬に乗った私の娘は、幾度となく見た姿のはずなのに。

私が、ただに、育てた娘だったのに。

私が今まで見たどんな表情よりも豊かで、綺麗だった。



私は、そんな娘に向かって、手を振った。

あの時、娘が子どもを助けるために、そうしたように。


思いっきり、手を振った。

右腕がちぎれるくらいの勢いで、手を振った。



でも、それは娘には届かない。


ただ、反時計回りに、走り続ける回転木馬。


あの時できなかったことを、

私達がしてやれなかったことを、

やり直してくれるように。


でも、どれだけ手を振っても、

木が陰になって、娘はこちらに気付かない。

私がここにいる、ということを伝えることはできない。

もう決して、

私のもとに戻ってくることはない。


――いや、それでいいんだ。

それで、いいんだ。


私は、娘から全てを奪ってしまった。


あの時、

もう一人の娘を失ってからできた、

何よりも大切なはずの存在。

本当は、

命に代えてでも守ってあげなければならない存在。


そして私は娘が与えてくれた信頼に、

痛みで返したのだ。


『あの日』から、狂ってしまった私の歯車を、

それでも懸命に、支え続けてくれた娘を。


でも、その娘が、笑っている。

見たこともない、いや、ずっと私が見たかったはずの笑顔で。

延々と逆回転しながら、

過去へと走り続ける、馬の背中で。


大切な人がどこかに行ってしまって、

二度と会えないと泣いていた、あの子どもと一緒に。


私が一ミリも支えることすらできなかった、その体で。

狂ってしまった支えてくれたはずの、その体で。


だから、

これから輝かしい未来へと走っていく娘には、

きっと私など、

必要ない。


これからのことを、

どれだけの時間をかけても償いきれないのなら、

いっそ、私は――








…○○さん

お○うさん

おと○さん


どこにいるの

どこ

どこ

どこ


いや…だ…おと …さん

…ど…こ……おと…○…    さん…

   お……○…    う…さん……


…いや…だ!

…いなくなっちゃいやだ!

…ん…じゃ…いや…だ…



おとうさん!!




身体が、考えるよりも前に反応していた。

愛する存在の声がする方へ




いや、

それとは全くの、逆方向へ

走り出していた。


声がする。


ふと、背中越しに、

私を追いかけてくる、娘の姿が見えた。


その姿は、失ったはずの、

愛するもうひとりの『娘』の姿と重なった。


私が、私のせいでどれだけ傷つけたかも分からない、

それでも、何よりも大切だと言える、二人の娘の姿が。



娘は、泣いていた。

私が、この手で抑え込んだ泣き顔。


私に決して見せようとしなかった、その泣き顔を。

私のせいでひそかに流していた、本当は拭ってあげなければならない泣き顔を。

私が、ただただ自分のエゴで、縛り付けていたはずの泣き顔を。


ごめんなさい。

ごめんなさい。

視界が滲んで、前が見えなくなって、

足がもつれて。


ごめんなさい

ごmんあさい

gめnなsい


あなたは、あれだけ優しい子に育ってくれたんだね。

私がこれだけ狂っていても、


あの子どもを、

自分のような存在を助けようと、

強くなろうと、してくれたんだね。


ありがとう

ありがとう

ありがとう


もし、あなたのおかあさんが、生きていたなら。

きっと、あなたの姿を見て、

あなたがしたように、あのベンチから手を振っていたのだろうか。

そして、笑顔で走ってくるあなたの手を握って、

抱きしめていただろうか。


もし、時間を巻き戻せるなら。


時計の針とは反対に、過去へと走っていくメリーゴーランドのように。


あなたと一緒に生きていくはずだったもう一人の娘と、

私の半身と、一緒に馬に乗って、

その姿を、何度もフィルムに焼き付けていたのだろうか。



どこかから、機械的なアナウンスが聞こえた。

泣き叫ぶ、子どもの声も重なって聞こえる。

音は遠ざかれば遠ざかるほど、

それは赤い夕日と喧騒の中へ消えていく。



疲労と涙で顔がぐちゃぐちゃになりながら

息が切れたまま、

私は、今にも時間を飛び越えて来ようとしている電車を見据えた。


タイミングさえ間違わなければ、きっと痛みもなく――




ふと、ついさっきまで娘の手を握っていたが、

まだ熱を持っている。


そこに、娘の小さな温かい右手が、


その向こう側に、愛する私の半身が、


今でも、確かに重なっている気がして――









おとうさん



もう、だいじょうぶだよ。

わたしが、ついてるからね。

わたしが、まもってあげるからね。


でも、もうないてもいいよね。

おとうさんが、やっとないてくれたから。

しんじゃった、おかあさんと、おねえちゃんのぶんまで、

ないても、いいよね。










――

 年が変わって また月日が過ぎて 

 もし 時間を巻き戻せたなら

 どれだけのことを やり直せるだろうか

 どれだけの愛を 二人の娘に与えられるだろうか

 

 決して変えられないはずの(反時計回りの)過去と

 ふたりでも これから変えられる(時計回りの)未来と


 それを教えてくれた娘と 子どもと そのお母さんと、


 ああ 美しくも悲しきかな


 メリー・メリーゴーランド。

――









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メリー・メリーゴーランド。 プロキシマ @_A_

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