雪の寂栞
二月を迎えていた。立春の候。春の足音は、まだ足踏みをして、
空疎な季節。省子と慎一のデートも、その物悲しさを埋めるように、ふと、近付いて、視線を重ねたくて、触れ合う機会を求めた。
すっかり葉振りを落とした街路樹の、佗びし気な眼差しと、とかく目が合いがちな、ふたりのこころは、この冬とて、その冬らしさを、揃ってゆっくり味わいたい想念に駆られ、殊更、雪の日を待っていた。まるで無邪気な子供のように、儚く消える白一面の雪景色に、想いを馳せていた。
先月から引き続き、今年の穏健派の冬将軍は、それでも時折、支配者の権勢の片鱗を示して、東京にも既に三度、降雪を見舞い、何れも二、三センチメートルの積雪を記録していた。最早、暖冬に非ずといった、今年の冬であった。
……
言い淀みながらも、やっと吐き出したように、沈鬱な鉛筆の色をした空から舞い落ち、滞空時は、白く染み展がって
東京らしい、水分を多く含んだ
なだらかに降り積もった、白い
白く滞ったある決心に、世界は満たされてゆく。
無情な空は、その想いを隠し切れず、げにも膨らみ、
それは、ひとひらの……
白い、悲しみの告白。
堕ちてゆく、決心。
そして、降り積もる、
やがて、消えゆく、運命……
白い化身の、儚い、生涯であったかも知れない。
白くうねった想いの塊まりの、肉体という存在とて、何れ、消えて流れて忘れ去られる。身を
釈然たる負の肯定を、黙認せざるを得ないまでの、雪の情念に、人は、声すら失ってしまう無力な悲しみが、たまさか人肌に触れる、かくも冷たい雪の白い肌を、むしろ愛おしむように、それぞれのコートに纏わせ、払い
瞼を
白くおぼめく
ともすれば、雪の、真白き空白たる煌めきは、それでも、光。
その、
遥かなる音の下の、遼遠無比たる世界へ、引き込まれても拒めない、むしろ、手を貸さんばかりに分け入る、冬山の誘惑、硬質の美への迎合は、憚る事のない、空白。全否定の、矛盾。絶望という、安寧。その厳然たる、事実。つまり……死。
冬の雪山の響きは、死の予感を運び、凍り付く透徹した剣で、魂を突き刺し、有無をいわせぬ。
〈……このまま、死んでしまっても、良い……諦められる、忘れられる、死にたくなる、、、この、白と静の富饒に
限りなく、清白にして幽静な境に
その、先入観に差し延ばした手を、乱暴に引き込む風情を辞さぬ、白き
……歩いても、歩いても、どこまで往けども、歩こうとする訳でもなく、見ようとする、聞こうとする、触れようとする、その確かな意思がないにもせよ、ひたすら歩き続ける途上にて、目に映るもの、いよいよ白く煌めき、耳に届く音、ますます白い囁きを響かせ、肌に灯る雪粒、頬を
魂は、白紙に始まり、やがて、時を経て、何れ帰りたかったのだろうか? 白紙へ、帰ってゆく。初めから、、、何も、なかったかのように……ふと、遠くに
雪は、愛する人を、連れて来る。
白く、清らかな、生まれたての、生まれた時の記憶を、手繰り寄せるかの如き帰籍は、深層海流然とした、暗闘の世界に於いて、死を見つめ、想像し、手も足も出なかったに相違あるまい。打ち
生命活動の終焉、つまり死。生命活動の継続、即ち死への接近行為。生に責められ、死に
意識の深奥に眠る死が、雪に喚び起こされ、その、どこまでも冴え渡る、氷晶体の如き剣で、今一度、魂を貫かれたい、悪しき現実を打ち消したい、夢想の果てに、未知の、何ものかが、未知ではあるものの、悪くはない、今以上の、もっと良い偶然との
故に、雪のひとひらは、無為の欠片……そう、教えてくれる。
死へ馳せる魂を揺さぶり、慰藉し、そう想わせ振るのは、雪を置いて、どうあれ以上も以下もない。雪が降る度、そして、降り頻る限り、忘れてしまいたい現実は、絶え果てる。その上に、麗しい時代が訪れる、そんな夢想を運んで来る。それが、雪の、雪たるべき、人を待ち、語ってくれる、生と死の狭間の、混沌
尚も、雪は、語る。
考えるという事は、〝自身は自身をどう想っているか? 〟 考えるという事から始まる。目先の充足を考える事は、思考に非ず、先見とは無縁の、欲のままの選択のオポチュニズムに過ぎず、先の矛盾を生み出すだけである。負の、拡大解釈を。〝どうしたいか? 〟 ではなく、〝どうすべきか? 〟 を第一に問う以外に、第一はない。過度の好き嫌い、
ただ……待つしかない。待つしかないのだ。辛抱に辛抱を重ね、それなのに堕ちていった雪の悲しみとて、きっと、暖かい春を、待ち望んでいたに違いない。白い決心は、乗り越えなければいけない。雪の山脈を、飛び越えなければいけない。春は、近い。悲しみの雪も、やがて、融けもしよう。融ける、必ず……融けてゆく。そこに見えたこころを、真に、大切にしたいものである。失われた時間は、再び、創れる。新しく、生まれ変わる。そう、信じたい。
……さるにても、完結の見えない、さればこその都会の雪に、都市機能は
忘却の、薄ごころの、美しい、その雪である。
〈ただ、忘れたい、、、逢いたい、、、許して、欲しい、、、〉
雪は、まだ、黙ったまま、何も、語ろうとはしない。
その、雪景色を眺めながら勤務中の、ある日の慎一であった。
東京地方の昨夜来の降雪は、目黒の街にも、朝には約三センチメートルの積雪を
〈こんな日には、幸運だったかも知れない……みはると省子が聞いたら、何て言うだろう? 〉
などと空想しながら、満腹を渇望する胃袋は、それでもとにかく嬉しくて
〈もっと全面に海苔をくっ付ければ、でっかいかたちが崩れずに済むのになあ……〉
と、早くもわがままなひとり歩きであったが、物憂い午後の
降雪も
そんな優しい想いやりは、やっぱり、どこをどうあっても、絆という概念に、慎一を導く。懐かしい故郷が、忘れられない。失くせない昔の面影が、眼前に彷彿とする。素顔の、自身が、、、。
……絆とは、土。
愛によって耕された土壌。
草も樹も、土を想う。
憧れ、求め、根付き、
更に、伸び盛りたい、
そして、花も、実も、付けたいこころは、
愛という、土壌からしか、生まれない。
草樹を育てる事が愛なら、
それは、取りも直さず、
土をも、その愛が、育てるという事。
その種子は、言を待たず、
持って生まれた、受け継がれたもの、
よって、愛と絆は、正真正銘の、
イコールで、直結する。
この、絆を考える時、愛ある土壌を想う時、現実問題、処世そのもの。第一に、〝自身は自身をどう想っているか? 〟 、我れ想う故の我れを、成立させる為の、現実的な手段を〝考える〟 という事にぶち当たる。
〈自身は、どうしたいか? 〉
断じて、これが第一ではない。
〈自身は、どうすべきか? ……である〉
時に、人間、絆を繋げない場合がある。
これは、根本的に検証する必要がある事を付け加えたい所である。
根本。たとえば、順序を間違う。無理が通れば、当然、道理は引っ込む。そういったプリミティヴな問題から
人は、
恨みごころの、家という概念を忘れがちな、目先の自由に走りがちな、招かれざる微風の
憎しみは、嫌いなものだらけ。嫌ってばかり疑ってばかりだけに、自ずと選択肢を狭め、それでもやはり、求めずにはいられぬ人の
幸せとは、融ける事……どこで? 家で。
家で融ける事が出来ない矛盾は、尚も、排他という外への抵抗、家の風穴を埋めんばかりの虚勢をして、外にて融けようとしがちの、何れ矛盾に
〈俺は、愚かだった……〉
慎一の、問わず語りの内省模様は、この、雪の中へ、消えてゆこうとしていたのだろう。妄想と理念の狭間を、白く押し黙る反射光に
……半ば待ち
目の疲労に年齢を感じつつ、金曜日の帰宅ラッシュの人海を泳いだ、慎一である。いつもの東横線は、真冬の早い日暮れの根元に立ち尽くす、白い街並みの機嫌を、損ねたくないかのように、低速で進行している。
学芸大学に到着し、週末の、疲れた重たい体を引き摺り、ホームの階段へ向かう、勤め人達の足取りは、今日のこの雪の、最後の難関であるやも知れぬ、滑り易い階段下降を
雪は、眺めている分には、さぞ幻想的ではあるものの、いざ歩くとなると、東京人にはなかなか骨が折れる。慎一は〝みはる〟 に立ち寄り、ママにタッパーを返しながら、居合わせた他の常連客達と、その労を
みはる日く、
「省子ちゃん、やけに楽しそう……」
との事。更に、
『慎一さんと、、、雪合戦がしたい! 』
との事。
いやはや、やっぱり女性は、笑顔が一番である。
〈いつまでも……笑っていて欲しい、、、その笑顔を守る為に、俺が頑張らねば……〉
心中、檄文を
その笑顔のまま、カウンター内で忙しく動くみはると、時折目が合う。互いに無言で頷き合えば、尚も食欲を
みはるを後にし、路傍に吹き溜まる、数日は融けずに遺るであろう、やや
みはる、省子
……
自宅マンションに着き、エレベーターで三階へ昇る。静かに入居者共用廊下を歩き、三○二号室の玄関ドアを解錠した。中へ、、、入った。
すると、爪先を外の廊下へ向け、行儀良く脱ぎ揃えられた、
「誰だろう? ……」
小さく呟きながら靴を脱ぎ、その隣りに同様に揃え置き、自然と大きくなった目をして、リビングに至ると……
「お帰りなさい。お邪魔してます、お久し振り……」
誰あろう、義兄の
一瞬、
「いやあ、お兄さん! お久し振りです、いらっしゃい。お
慎一は、床にバッグを置きながら、述べた。
「さっき、突然来たの……私も、
由美子も、正直な感想を述べた。
「いやあ、ごめんごめん。仕事帰りに、自由が丘にちょっと
「そうですかあ、じゃあ、ゆっくり寛いで下さいよ。少々失礼して……」
慎一は、洗面所で
「悪いねえ、もうご馳走になってます」
と、ビールを口にしながら、相好を崩す。
「いえいえ、今夜は三人で飲みましょう! 明日から連休でしょ? 」
久し振りに、義兄に酌しつつ話し掛ける、慎一のグラスにも、昇はビールを注ぎ、キッチンで何かを拵えていた由美子も、慎一の隣りのソファーに着座して加わり、
「、、、乾杯!」
三人共、大して強くはない。ましてや、明るい気さくな人柄とはいえ、昇は公務員である。生真面目にキャリアを積み上げて仕事一筋、数年後には、満六十歳の定年を控え、やっと人生にひと区切り、といった充実の気が、その、人となりから感じられる。柔らかな物腰、人をふんわり包み込む事の出来る、それでいて、芯の逞しさを漂わせた、
年齢が離れている
〈今夜の、、、突然の訪問ではあるまい……〉
慎一も、由美子も、直観を禁じ得ない。
昇とて、ベテラン。
その空気を、逆撫でしないように、さり気ない言葉の選択にも、
ふたりは、兄の、優しい追及を、待つしかなかった。
「慎一君は、少し肥ったよね? 」
「そうなんですよ! やっぱり、わかります? 」
慎一は、少々、
「歳だから気を付けてって、言ってるんだけど……」
チラリと、慎一に一瞥を寄越す由美子である。
昇は、由美子が、慎一の為に食事を作らない事、その他、夫の身の回りの世話を一切見ない事も、充分に承知している。慎一は、久し振りに一杯
〈次は、いつ? ……〉
自身に向けられるか? 夫婦は、ただ、待つばかりである。吊るされっ放しの、季節外れの風鈴が、音もなく、なぜかしら、揺れている。
ビールを傍らに、美味そうに妹の手料理で飲みつ食べつする、昇の、上品な
それは、それが、当然の事なのである。
真実は、ひとつしかない。
真実を蔑ろにし続けた結果、かくの如き、夫婦関係の瓦解という現実を招いたのだ。真っすぐであり続けたいと願う余り、
〈もう、曲がりたくない……曲げては、いけない……いけない……〉
慎一は、ただ、強く、その、一念のみになってゆく。
自らに言い聞かせ、「NO」 の意志を、何度も何度も、読み込んでいた。
遠慮がちな酒は、みはるでの満腹の
慎一は、自らのこころの、全体の流れが、戻ってゆく、遡ってゆくかの如き意識を否めない。それは、省子を想う時、実際に省子と接している時の、常に先を、その先までをも窺う、善かれとする意識とは対照的な、どうしても後ろ向きな、禁忌に触れんばかりの、
そして、戻るに戻り、遡るに遡り、深まる一方の内省世界の果てに、泣き続けた証しのように、本心に巡り逢い、省子なる存在に、自らの、新たなる意義を、存在理由を、つまり愛を、見付けていたという真実……相互に、精神的支柱たらんとして、お弁当の援護を受けている、既成の事実……動かし難いものばかりである。現在進行中のものばかりである。
〈……これ以上、黙っている訳にはいくまい。どの道、いつかは、言わねばならない。その、いつかが、今、到来しているのではないのか? 今、正しく今こそ、言うべきではないのか? ……今を以てして、告白すべきである。今、告白しなければ、、、ならない! 〉
まだ省子には、自身とのふたりの将来について、具体的な内容の話には至っておらず、先ず以てこの告白が、その、顕現化への第一歩である事は、間違いない。そう覚悟する他に、道はない。降って湧いたような、この
胸が高鳴るにもせよ、不思議と冷静な自身が、頼もしい。東横線の走行音が、遠ざかってゆく。船は、
周藤慎一なる存在に宿る、芯の
「兄さん、由美子、正直に打ち明けたい……」
「実は、申し訳ない事は、重々、承知しています……」
慎一は、想い詰めたように、一旦、話を切った。ふたりは黙ったまま、ほんの少し頷き、続きに耳を傾ける。
「真剣に、交際している女性がいます……」
その言葉に、忽ち空気が一変した、、、。
「本当に、申し訳ありません! ……」
やがて、その気色は、見る見る内にうねりを上げ、
「どうして? いつから? 」
そして、
「何で? 」
当然、
「妻がありながら……」
背信行為の、社会通念を逸脱した者への、断罪の攻め手であった。
慎一は、甘んじて、針の
みな
ひたすら無言を貫く三人は、甲の筋立ちから、何を読み取ろうとしていたのか? そうする内に、
慎一の告白の二の矢を怖れ、その準備に余念がない昇と由美子の葛藤を、慮る礼儀に、慎一は、畳み掛ける無礼を制止し、隙間に三人前後して、長い溜め息を挿し挟んだ。
慎一には、ストレートという、最短距離の強みかある。
ストレート主体の独自の哲学。自身はどうしたいかに非ず、どうすべきか考える哲学。つまり人間支配。自身という存在を支配する、コントロールする大切さに気付いたのである。そこには、目先の自由や虚勢なる概念は、無意味
夫婦関係の破綻、修復不可能な、厳然たる事実が存在する。別々の道を模索し、それぞれが幸福を掴むべく、慎一の場合、ストレートな手段に打って出た。非常識不見識の
〈エゴイストと罵られようが、それでも、構わない……〉
来るべき時が、来たのだ。来るべきものは、やはり必ずやって来る。不可避なる生涯の関門に、慎一と由美子は差し掛かった。昇は、口を閉ざした切り、ただ見届けるばかりの風情を崩せずにいる。由美子とて、、、言葉を失くして久しかった。
……どれだけの時間が、経ったのだろう? もう、、、こうなっても、仕方がないのだ。誰ひとり、何も出来なかった。どうしようもなかった。大人ばかりが顔を揃えているのに、結局、無策。己の無力を痛感するのは、この場の三人だけに非ず、両家一同悉く、その意を同じくする事であろうと想えた。みんな、「やっぱり、しょうがない……」 と、さぞ、悲しむ。
慎一と由美子は、良い歳をして
〈呪いたい……
自責の念が、追い
鉛の
それ故に、、、沈黙を、盾に取る必要が、あった。
その優しさを、、、実は、もう既に、由美子とて当然、悟っている。
〈……どこをどう見ても、もう、許すしか、諦めるしか、ない……〉
宙ぶらりんの、余りに身も蓋もない議論を回避したい、歴とした一人前のふたりの男の優しさに、気付かぬ由美子ではなかった。それに併せるかの如く、優しさは優しさを喚び込んで重なり、三人模様の、本当は物柔らかな、そんな沈黙を演じていたのであった……無言の底流には、それぞれの、妥協の見つめ合いが、横たわっていた。
漆黒の夜の
〈手に取るように、本当に、、理解、出来た……〉
昇の前であっても、もう、関係なかった。
慎一が、静かに、、、重い口を、開いた。
「離婚して欲しい……」
「……」
義兄の面前を物ともせぬ発言が温存する、真剣味に圧倒され、非礼どころの話など吹き飛ばされ、慎一の中にある、真っすぐな一本道の存在を、認めざるを得ない、畏怖の無反応であったのだろうか? 当の慎一とて、粛然たる想いに、体中に
三人は、まだ、顔を上げられないままの姿勢を動かせず、自身の手の甲を見つめるだけである。いささか眩しいとも想える、部屋の明かりは、閉め切ったカーテンの向こう、窓の外の雪景色ごと、この部屋の中へ誘い入れたかのような、聡明そうな眼差しで、慎一の決心を見下ろしている。それは、由美子の反応に、本心からの言葉を求める、白い光であった。
加湿空気清浄器の、低い運転音が、何言かを囁き続けている。時に、環境なる物柄は、しばしば想い
由美子の心象世界で
〈ただ、、、今は、、、それでも、その、ほんの一端で良い、何か、何でも良いから、嘘のない、言葉が、欲しい……〉
ふたりの男達。昇も、慎一も、今となっては、真のこころの声しか望んでいない。つい数分前、慎一の手で、真実のこころを鷲掴まれたばかりである。出来る事なら、その感想としての、今、出来たての真新しいこころを、聞かせて欲しい……。
打ち
「うっうう……」
昇と慎一は、暫く振りに視線を移すが早いか、既に、その、小声の主の由美子の
「……ご、ごめんなさい……慎一さん、本当に……ごめんなさい……ううっ……」
やっと絞り出した言葉は、忽ち
〈……妻でありながら、夫である慎一さんに、寂しい想いばかりさせて、私は、妻として、夫の為に、妻らしい、、、一体何をしたというのか? ……妻として、夫である慎一さんの、何を知っているというのか? ……それでも、妻といえるのか? 妻の、、、資格があるのか? ……〉
……しかりと
〈……由美子よ。涙を納めて、再び
実兄は、妹へ、こころからのエールを贈り続けていた。
歳の離れた妹が、心配で、可愛いくて仕方がない。兄として、出来る限りの事はして来たつもり、今後も勿論そのつもりである。全く、世話の焼ける、しょうがない妹である。そこが可愛いくて堪らない、放っては置けないのだ。どんな事があっても、とことん面倒を見てやりたい、親同然のこころを供される由美子は、この上なく幸せ者であった。兄は、いつでも、妹の強い味方である。
昇は、こころの中の呟きが、、、止まらない。
〈再び……一から始めるしかないだろう。かつて、そうして来たはずではないのか? いつでも、どこでも、何度でも、手を延ばせ。そんな事は、誰だってわかり切っている。たとえ、今は忘れてしまっていても、きっと、想い出す。人は、求める生き物なのだから……そして、兄は、いつもそばにいる……妹よ。君は、決してひとりではない。兄の事を、忘れるな。君がいたから、俺は、幸せに生きて来れたのだ。その、幸せの、最大の功労者は、いわずもがな、両親である事は間違いないにもせよ、家族の一員である君とて、、、確かに、揺るぎなく、、、俺の生涯を、幸せにしてくれたのだ。忘れようはずもない。こころから、感謝している。その妹が、こうして、悲嘆の涙に暮れている姿は、俺も、身を切られる想いなのだ。だから、微力ながら、こんな兄で相済まぬが、それでも、、、力になりたい。再び、君の笑顔が見たい……笑っていて欲しい……〉
「……兄さん……」
由美子は、
忘れ掛けていた視野の中に、昇を見付けたかのように、悲痛に歪んだ表情を
「これから暫くの間、私を、実家に置いて貰っても、良い? ……お願いします……」
「……」
昇は、再び、黙って頷く以外、納得出来なかった。
傍らの慎一は、その気運を、敏感に察してはいるものの、まだ、顔を上げられず、凝り固まった風情の耳元が、
〈安心とは、疲れるものなのか? ……〉
何年振りの、自宅での安心であったろう……。
そして、その解放感の自戒自粛を諭す、今日の雪であったと、考えねばならない。
十六年もの長きに亘り、それでも、事実、夫婦であった。婚姻関係を結んでいたのだ。有名無実の間柄ではあったものの、ひとつ屋根の下で、共に暮らして来た事は確かである。子を持たぬ寂しさを分かち合い、互いの自由を尊重し合い、自己保身に走り、愛を失くし、孤独に甘んじ明け暮れた、同じ歴史を刻んだ、同じこころを持つ、正しく、同志であった。
〈……
それが、ふたりの寂しさ、悲しみであった。
負の感情の共同体は、そのこころを知るだけに、最期のこの時を迎え、かつての愛情を懐かしむように、未練の優しさが、、、兆し
「由美子、、、本当に、ごめん。俺が悪かった、幸せにしてやれなかった、、、本当に、済まない、、、ごめん……」
由美子の涙はぶり返して、
「うううっ……慎一さん、ごめんなさい、ううっ……私が、私が悪かったの……うっううう……」
昇も慎一も、泣いていた。
泣かずには、いられなかった。
妻をこんなに悲しませ、泣かせてしまった原因、及び責任の半分は、慎一自身にある。しかしながら、その半分の罪さえ、慎一は、先々の希望なる、恩赦を賜ったようなものである。対して、一方の由美子は、十六年分のそのまんまの悲しみの、大地の深層に眠る、永久凍土よりも冷たい
〈……兄として、ひとりの男として、何か、出来る事はないだろうか? ……〉
子供のように泣き
冷たい悲涙を前に、黙って通り過ぎるしかない、通り過ぎようとしている慎一を、その、冷たいひと雫が、、、追い駆け、かつての自身、環境の
時間とて、
それは、周藤家だけに限らず、ともすればまた別の、どこの誰かもわからない、他人の家からも、漏れ立ち消えた嘆息を集め、無言の意見交換に泣き濡れた、重たい色相かも知れない。
……
取りあえずの着替え、身の回りの必需品等を、キャリーケースに詰め込み、横浜の実家での生活、十六年振りの、懐かしい故郷へ帰っての暮らしの準備を整えている。
もう、こうなった以上、最早、慎一との生活は、限界……であった。
由美子は、ひたすら無言のまま、その手を休めなかったが、ふと……
〈……あの、楽しかった、、、新婚時代の想い出が、本当に、幸せで一杯だった、あの頃の、、、出来事が……〉
仕度に忙しがるその手を、強引に掴み、やっと
再び、涙で歪んだ視界は、そのまま、物のかたち、物との距離感を伸縮させ、異次元空間にいるかの如き、浮遊感覚を、由美子に
……横浜で安穏に暮らす、両親の面影とて、、、
〈私の、その、色白の手を鷲掴みして、それでも、親の情愛に満ちた眼差しで、、、優しく撫でながら、包み込む、、、私は、そんな両親の目を、見る事が出来ない、、、どうしても、見れない、目を、合わせられない。ただ、無言で頷いて、微笑み掛ける父と母に、何て言えば良いのだろう? 何を、何から話せば良いのだろう? ……わからない、、、言葉が、言葉が、出ない、、、出て来ない、、、『由美子、お帰り……』。私は、、、父と母の目を、見ている。目を、合わせている。でも、、、何も、、、見えない。何も、、、わからない……〉
自身の
「……寂しかった……寂しかったの……うっうっうう……」
その、、、
長い間、声にならなかった、でも、今やっと、声に届いた由美子の想念は、実際に
「ううっ、ううううっ……」
それは、、、由美子の部屋から漏れ伝わり、窓の外に展がる、一面の白い雪の
〈早く、、、この家から、離れたい……〉
白と黒の、相反する豊溢の、それぞれの救済の手を求め、悲しみはやがて、灰色と化し、何れ、消え失せる運命をも
由美子が、
自室から現れた。白いダウンコートに、ブルーデニムの身拵えで、シルバーグレーのキャリーケースを引いている。いつに変わらぬ薄化粧の、やや、落ち窪んだ目元が、泣き腫らした抜け殻のような、
それに応じて、昇も、続いて慎一も立ち上がり、昇は、紺色のコートに袖を通しながら、
「じゃあ、慎一君、俺達はこれで……。とにかく、話し合おう。いつでも連絡下さい、ねっ。俺もそうするから、、、よろしく、お願いします……」
ボタンを掛け終わる昇を待って、慎一は、
「お兄さん、、、本当に、申し訳ありませんでした、、、。何と言えば良いか、、、言葉が見付かりません。ただ、、ごめんなさい……」
「うん、うん。まあ、、、ハァ、、、仕方ないよ。もう、仕方ない……」
大きな溜め息を交じえ、昇は、精一杯の理解を示した。今後の
そして、もうひとつの本心の主、その由美子は、ゆっくりと、慎一の真正面、腕を伸ばせば肩を掴めるぐらいの、パーソナルスペースへ侵入を果たした。それ故に、やはりどうしても、互いの瞳を見付けて、そのまま立ち止まらざるを得ない。数年振りの、この距離感に、ふたりは懐かしさの余り、自身の
何ものとて
それは、、、喪失感であったろうか? ……。
由美子の、無言の、心内モノローグ。
〈……最近肥ったのは、きっと、恋人のこころのご馳走の
愛を知るこころは、先ず一番に、自身はどうすべきか〝考える〟 というゆとりを教え、その可能性、選択肢の、展がるばかりの豊溢の先に、ここで初めて想い出したかの如き、エゴイズムに満ちた想像の、閉鎖社会に遭遇するものの、常に、自身はどうしたいかという、正反対の焦点の絞り込み、狭めるだけの単なる選択、縮小作業の、矛盾に戸惑い、葛藤し、かつての優しさを忘れ、気付かぬ内に、孤独なる狭量な世界に堕ち、小さく
そして、、、
由美子に応える、慎一の、音のない心象舞台に於ける、ソリスト振りであった。
〈……俺は、しっかり者の姉さん女房には……弱いんだよ。冗談ばっかり言う、まるで子供っぽい旦那を操縦するのは、正直、疲れたかな? ごめん……頼りない男で。その目で、キッと見つめながら話す言葉に、説得力があったなあ。そんな、見通しているかのような目に、安心を覚えてた。〝この人は、大丈夫なんだ〟 って。いつだったか……ふたりで、テレビのものまね番組を観ながら、夕食を食べている時、笑い転げる俺は、君に、『何か、ものまね出来ない? 』 って聞いたら、あなたは静かに箸を置いて、極めて明瞭かつ事務的なトーンで、『普通に生活してゆく上で、それは必要ない』 って、俺、遮られたっけ、覚えてる? あの時、機嫌悪かったの? ごめん……。その、いつもクールで、気の強い所が、好きだった……。変な話かも知れないけど、〝フンッ、何よ〟 っていう態度が、可愛いくって、君の言葉がそのまま、俺のルールだった。四十を超えた今だって、ほら、こんなに綺麗で……昔から、自慢の女房だった。でも……寂しかったんだね……気付いてあげられなかった、わからなかった……ごめんなさい……。もっと色んな話をして、ふたりで色んな所へ出掛けて、君が好きな映画を観たり、美味しいものを食べたり、旅行も行きたかったな。一緒に温泉に
昇は、、、カーテンを少し
昼間の内に、
「また、雪が降ってるよ……」
慎一と由美子は、揃って大窓へ振り向いた一瞬で、そのカーテンの狭い隙間を、
慎一も、厚手のブルゾンを羽織り、
「下まで送ります」
と告げ、三人それぞれ玄関で靴を履き、由美子は、革製の茶色いロングブーツである。両手には、慎一も見覚えのある、白い毛糸の手袋を嵌めている。
玄関に佇立したまま、由美子は、去来するものの、計り知れぬ大きさに、早くも、敗れてしまった……。抗し
〈……慎一さん、もう、泣かないで……〉
という、無言の、呟きであったろうか。
慎一とて、それは、わかっている。わかり過ぎるぐらい、わかっている。今、こうして観ている、由美子の、真っすぐ整えられた長い髪かたちの、その、黒髪の営み、艶やかで美しい、かつて、慎一の目の前で、腕の中で、匂い立たんばかりに揺れていた、こころの端くれまで……導かれたように、余りにも自然に、意識の表面の一線上に浮かび来る。こころは、語らずとも、言葉なるかたちを成した。
名残り惜し気な表情を
玄関を後にした三人は、廊下からエレベーターへ至り、靴音を
無作為に、不規則に、乱れ迷うかの如く見せて置きつつ、無尽たる懐を想像させる、同意服従させる降り
雪は、白き
三人は戸外へ出ると、肌は
それは、たまさか誰かの頬に、手に留まり、忽ち融け出す儚い
雪の目的は、こころは、正しくその成就である事を、人に知らしめようとしている……だから、雪は、降る。降る、降り積もる。
ふたりの
〈……もう、既に、決まっていたのだ。決まった事なのだ。決まった事は、決められた、
「……じゃあ、これで……」
昇は、紺色の傘の下、静かに告げた。
「気を付けて……本当に、申し訳ありませんでした……」
慎一の真意に、昇は寂しく笑って、黙礼を納めてから、ゆっくり、、、雪を踏み始める。その右手は、雪で引けぬ、由美子のキャリーケースを、重たそうに持っている。
「……じゃあ、、、慎一さん……」
〈……言葉を、継げない、、、継げない……〉
対して、慎一とて……
「……」
〈……返せない……返せない、、、返せなかった……〉
由美子も目礼して、昇の後に続く。初めて、白い禁断の世界へ分け入った、
あの、曲がり角。
慎一が、もしかしたら由美子とて、急拵えの仮面、偽りの平静の
茶色い傘に
雪の
きっとそれは、たとえ嘘で埋めようが、無言を貫こうが、何れ自らを
……見つめ合う束の間は、やはり自身をも眺める時間、故の、必要に迫られた沈黙であったろうか? 互いに、自らに問い続ける。
そして、何も語らなかった、語れなかったこころは、これから、時の旅へ発つ。やがて薄らぎ、薄ごころを以て、遺る。それでも、どんな事があったにせよ、、、遺る。記憶の彼方から、時に、そば近くで燃焼し、時に、その姿を
顔の回りを這い、群れ集う、雪の蛍に照映する、由美子の白い面差しが、真冬の
……ありがとう……
あの頃の、あの時の、、、
幸せにしてくれた、
あなたを、
忘れない……
さようなら……
良い事も悪い事も、この雪明かりに
〈やっぱり……やはり必要だから存在する、最低限のロジック。それに、
……
由美子は、白く美しい、雪になってしまった……最期も、
慎一は、そのまま立ち尽くし、凍り付いては、二の句を継げるまでもなく、ひとり遺されても、まだ、諦めというには甘過ぎる。
〈……好きだったのに、こんなに頑張っているのに、だから、家も持ち、遺そうとしているのに、それでも、、、愛は、遠ざかる、遠ざかってゆく。
されば由美子とて、さっきから同じ想いを噛み締め、、、復唱黙読していた。
背中合わせの長い間、互いに、言いたそうな自身の素振りさえ、隠し通して来た想いと、知らんぷりを貫き、知ろうともしなかった伴侶の想いが、この、最終章に至った今、同じ道筋を辿っていた事に気付かされ、その悲しみを知るだけに、相手の本心を想いやれなかった
幸せは、ひとり歩きを嫌う。当たりの良い、優し気な構えが、とかくそれを利し、その陰に逃げ、自身を甘やかし、想い知る事も、教えられる事さえ拒む、不遜な、不利益な、非生産の弱さ、矛盾という処し難い氷塊を、
由美子の旅が、、、始まった。動き出した。まだ、当てのない、遥かなる旅路が。どんなにか、歩いて、歩いて、愚図つきながら、歩き続ける。失われた何かを、探し求めて……。
恨みごころや拒絶の船は、日常の抑圧故に、コンパスを狂わせ、自身はどうしたいか? どこへ行きたいか? という、目先の自由に真っ先に針路を合わせがちで、本来、最優先であるべき、自身はどうすべきか? どこへ行くべきか? という、広大無辺の自由、生涯トータルの幸せを、
自らに好都合な部分、切り取った一部分だけで繋がる、共有する人間関係は、その、糸の細さが、たとえば、微細な一点の迷いに対してさえ、他の部分の納得、満足の援軍を得られず、中和
何かに付けて、根拠なく敵視する屈折感が、敵から学び、更に、その敵を許そうとする未来志向、
〈……共に、言えない人に、なってしまった……人の話を聞かないから、自らの本心を言わないから、、、そうなってしまった。言わなければ、聞こえないのに、届かないのに、、、聞かなければ、言えないのに……理解者とて、遠ざかる。糸は、切れる。もう、聞いてくれない、言えない……人は、変わる。歪みこそすれ、美しくも。環境が、人を変える。なぜ? 聞いてあげなかったのだろう、、、言えなかったのだろう、、こころの言い訳は、止まないのだろう……〉
そして、自由の翼が折れた
……冬ざれを潤す、真白き
言えないこころ、無言を読み取ってこそ、ベテランはベテラン、そして、真の優しさたり得る。言い訳の拒絶の無言と、愛の優しさの無言とを、、、。疑問は自らに向けなければ、垣根は低くならない。こころのキャパシティは、展がりも深まりもしない。転がっているものも、、、見えない、、拾えない。
〈人の事ばかりを気にして、自らを留守にする間に、悉くが、離れて往ってしまう。なぜ? 人の事ばかりに気を取られて、自身の
寛容気取りは無実の幻。小さく脆い、ひとひらの幻に過ぎない。自身という過剰、言い訳という
敵は、他者に非ず、自身の
由美子は、冬の
その翌日の土曜日の夜、省子は、自宅にていつもながらに親子三人で、和気
突として、スマホの直電の呼び出し音に、目覚めた。
画面には、、、周藤慎一の表示が踊っている。
「はい、省子ですっ」
「う、うん……」
こんな……短いやり取りの中の、互いの声のトーンの落差が、釘を打ったように前置きされた事を、ふたりは反射的に、そして真摯に受け止めた。尤も、慎一は、充分に予想たり得る、現実の成りゆき、その、覚悟の
「どうしたの? 何か、元気ない……」
「うん、、、由美子に、、、全て話した。離婚したい事も……出て行ったよ、、、横浜の実家へ、帰った……」
「……」
省子は、反応出来ず、部屋の壁掛け時計を見つめた。十時を少し回っている。入浴直後のシャンプーの香りを纏っているのだが、部屋中に漂うその気に、不思議なぐらい落ち着かされている自身を、愛おしむかの感覚を、否みようもない。
ふと、まだ筋書きのない白紙に、筋道を
〈もう、揺れない、迷わない〉
そんなこころを、改めて真ん中に据え直した。
そして、もうひとつ、忘れてはいけない、由美子へのこころ配りを、更に込めようとするのも、事実であった。夫婦の問題に、口出し出来るはずもない。第一、当の由美子に、泥棒猫呼ばわりされる事は、不可避であろうと想えた。他人の夫を横取りした
瞬時の大人の対応による、無反応というより、無言。それは、無論、相思相愛の強さだけに非ず、起筆したての、道ゆきの〝青写真〟 を、懐の
「今後、省子にも迷惑を掛けるかも知れない……でも、、、もう少し、、待っていて欲しい。必ず、省子を、、、迎えに行く。君と、、、結婚する! ……」
率直にいって、そのボールを投げた慎一は、
〈……少し、早まったか? ……〉
それを受けた省子は、
〈……これって、つまり、、、プロポーズ? ……〉
と、揃って、メインディッシュではなく、コース料理の始まり、アペタイザーでお腹を満たしてしまったかのような……
〈こんな感じ? 〉
に納得すると同時に、
〈まだあるよね?! 〉
なる、今以上の幸せを、初めて、約束する言葉としての、『結婚』 に触れたのであった。
それでも省子は、忽ちこころから溢れ出た雫を、目が、、、いつも慎一を想いやる、、その目が、再びこころへ寄り戻し、慎一の、出来たての傷を
「……ありがとう……私は平気よ。大丈夫! それより、、、慎一さん、大丈夫? 」
「ありがとう。何とか大丈夫だよ。もう、後には
「うん、わかってる。私には何でも言ってね」
「うん。これから、鳥越に電話しようと想う」
「そう……頑張ってね」
「ううん、何か、まだ上手く整理が付かないんだけど、心配させてるからなあ……」
「私だってそう。もう、感謝し切れない」
「やっぱり、俺達、親不孝だよなあ」
「うん、そうだね。でもね……」
その続きは、こころのひとり言に、そっと移し替える省子である。そんなこころは、そのまま慎一のこころと重なり合う事に、何等矛盾はなかった。
〈幸せになる……〉
親孝行の回答に、それ以外、何があろうか?
「じゃあ、また連絡する。省子……ごめんね……」
「ううん、大丈夫。じゃあね。あっ、そうそう、おにぎり、サイズ大っきくするからね! 」
「ハハハ! うん、わかった。よろしく……」
「じゃあね……」
ふたり言葉を
慎一は、
〈それにしても、これ以上肥ったら、本当にメタボ体型に陥って、今度は省子にも振られちゃうんじゃないかなあ? ……〉
幸せの中に、一抹の懸念を覚えたりして、家庭とはかくあるものかと、見切り発車する自身に、
そして省子は、如何にしても、こころの
周藤夫妻は、まだ正式に離婚が成立した訳ではないにせよ、加えて、その後の、慎一の謙虚さ故の意向を踏まえるまでもなく、女ごころが先走る事を、
その青写真を実現する為には、自らの両親、忍と真澄の、いうべくも非ず理解と、更に承諾を取り付ける必要がある。新米列車の頼りない走り、
〈……絶対に、それが良い、、、それしかない! 〉
腹案を練り、その骨子を決定したばかりの省子であった。
そんな両親は、もう床に就いたであろうか、間もなく、日曜日に日付が変わろうとしている。
〈明日、話そう……〉
意を固めて、ベッドから起き上がる省子の体には、若干の冷たさが忍び寄っていた。トイレへ行こうと部屋を出た。廊下を撫でるスリッパの足音は、二階の静寂と争う事を
「ふうっ……」
大きな溜め息をひとつ、、、落とした慎一の、偽らざる空っぽを埋めるような間合いである。鳥越の固定電話へ直電を入れる……先ず、その電話を取るであろう、母の応答を待つ……呼び出し音に、、、集中する……
「はい、周藤でございます」
母の元気が、慎一を救った。
「お母さん、俺、、、。夜遅く、ごめん……」
「あらま、、、明日、日曜日だから、大丈夫。どうした? 」
「……あのね、、、言い
「ううん……」
母は、
母の拵えた流れのままに、昨夜由美子が、雪の中へ
「お母さん、、、ごめん……」
精一杯であった。でも、続ける。
「……由美子と、
人生最大の親不孝の懺悔であった。
「……慎一……あのね、親として、言わせて貰う……」
母は、
さして驚きもせず、語勢を荒げず、語末を伸ばさず、一語一語区切るように、述べた。少しずつ切り取られてゆく言葉を、それでも慎一は、
「確かに、、、夫として、あるまじき行為だね。同じ女性として、由美子さんの心中如何ばかりかと、心配だね。うちの嫁なんだから。でも、慎一、、、この際だから、はっきり言うけど、双方の家族親戚一同、あなた達夫婦の実情、その問題の根深さを、知らぬ者はいないでしょう。当然、あなたと由美子さんが
「あ、慎一、元気か? 」
鳥越の電話口は、父、
毎度のように、受話器から漏れる次男坊の声を、耳を
「あっ、ううん、お、お父さん、ごめんなさい……」
「うん。確かに、、、お母さんの言う通りだ。やっぱ、親馬鹿じゃないけど、一方的にお前だけを責められないわな。どこから見ても、、、
「ありがとうお父さん、、、ううっ、、お兄ちゃんは? ……」
「若夫婦達は、、、そういえば、居ねえなあ、、、どこ行ったんだ、お母さん? 」
「犬の散歩に決まってるでしょう、この時間だもん」
鳥越の受話器は、父からやや離れたと
「……また、夜中にほっつき歩いてんだよ。うちの犬、黒い部分が多いじゃん? 夜、わかんねえよなあ、
「白黒だから、いつも可愛いいでしょう? (ボーダーコリー) 」
母の、語尾上げた遠い声が届いた。
「まあ、みんな元気だ。慎一、体にだけは気を付けろよ」
「うん、どうもありがとう。お兄ちゃん達に伝えて、、、申し訳ないって……」
「うん、わかった。じゃあ、遅いからこれで……お母さん、何かある? 」
「頑張れ! 」
再び、母の遠い
「それじゃあ……」
挨拶が被さって、慎一は、実家への報告を終了した。
疎遠になってしまっていたが、弟を心配する兄、
幾つになっても、子供は子供、弟は弟であった。慎一は、両親の子供であり、兄の弟なのだ。どこまで行っても、それが慎一の立ち位置、家族の関係、絆の根拠たり得る所に他ならず、自身は目黒に於いて、自身から始まる、新たなる家族関係構築作業、十六年に亘る共同歩調に、
この鳥越の周藤本家それぞれの、親類縁者、友人関係に至るまで、離婚経験者はおらず、他人事であったこの問題が、俄かに現実のものとして、かたちを成そうとしている局面を迎えている事に、最早、躊躇逡巡する余地もない程の、周知の無為無策の実態を、父、吾郎も、母、幸子も、兄、正志一家とて、その悉くを認め、時に待ち、時に叱り、そして
〈お父さん、お母さん、親不孝をお許し下さい……お兄ちゃん達、本当に、ごめんなさい……〉
慎一の、見えない呟きは、この、夜の
街の眠りは深く、その佳境に
さて、、
次の日の朝、やけに目覚めの早い、日曜日の省子である。
いつもの休日なら、あと一時間は、ベッドから抜け出さないはずであったが、観る夢の中にまで、例の、青写真の饒舌に雪崩れ込まれ、嬉しい窒息感に
この時季のこの好天。早くも飛散し始めた、スギ花粉の襲来を危惧する、忍と真澄は、近年恒例となった、花粉対策の話題で、朝早くから持ち切りで、省子も折節ちょっかいを出しながら、母とふたり、キッチンに出
岡野家にとって、出ず入らずの内容の、休日の朝の光景である。話題も、朝食のメニューも、低音で喋り続けるテレビも、寂し気な庭木の緑も、ふと、立ち止まりそうな時間の見下ろすままに、それぞれがそれぞれとだぶる、同一視する事が自然な、普通の喜びに過ぎないけれど、欠かす事の出来ない、当たり前という、贅沢な時間を過ごしていた。一家団欒なる、極上の料理を味わっていたのである。
そして、、、ブランチの準備が整った。
「お父さん、ごはんだよ! 」
省子が、ソファーで寛ぐ忍に知らせた。
「はいはい、うわあ、、、美味そうなかぼちゃ! ……」
ダイニングテーブルの椅子を引きつつ、忍の目は、好物を待ち切れぬ、条件反射の光に揺れ、食欲を漲らせる。
「栗みたいでしょう……」
真澄とて、この煮付けには目がなく、かぼちゃ料理は、得意中の得意である。
よって、省子にとって、お袋の味であり、勿論その作り方も伝授され、最近のお弁当作戦で、腕前を上げていた。このかぼちゃに限らず、料理全般、上達の程が窺えるのだが、果たして両親は、、、
〈やっぱり、、、勘付いてるでしょう? ……〉
公然の秘密に触れようとしない、父と母の、〝美味しい! 〟 のひと言を期待する、娘であった。
そして、忍は、、、
この家族の為に己を殺し、自身の自由は最後に回し、努力を積み重ね、人生を創って来た男に他ならなかった。それが今こうして、その家族に生かされ、大切にされ、つまり、幸せを
世の、父という男達は、みな、、、ある女性と出逢い、恋愛し、結婚し、家庭を持ち、子を設けた責任がある。それを実行実現する為には、覚悟が要る。故に、たとえ頭が
家族の存在が、自身を幸せにする。人生を創造する。自分の為だけの個人的な幸せなら、適当な所で手を打ち、満足してしまう。自分の面倒を自分で見る事は、極めて難しい。
全てを授けつ授かりつする、家庭の普通の流通、つまり風通しが、岡野家の場合、何はどうあれ良過ぎる事が、この家の個性であろうか、一番の特徴であろう。どこの家にもそれぞれに事情があり、生活スタイルは千差万別、一概に善し悪しの話ではない。
ただ、省子は、人を想うが故にそれならば、可及的目に見えるかたち、要は単純に言葉を惜しまず用いて伝えるべきという、基本的な行動を、この両親から学んだと自負して、懐に
〈きっと、、、仄かに伝わりゆく……〉
そう、信じていた。
そういう、優しい両親が、良くある事だが、、、先週の日曜日、多摩川まで脚を延ばした、長い散歩の道すがら、土手道でその微笑みに喚び留められた、白い小さな花を、摘んで持ち帰った内の幾つかが、、、リビングの片隅の、チェストの上に置かれた、白い花瓶から顔見せして、今以て尚、佇立も笑顔も絶やす事なく、、、たとえ一本だけ、、遺されても……その、凜と伸ばした
他愛のない会話の中に待望する、〝美味しい〟 のひと言が、繰り返される度、省子の中で、
殊に、父のその言葉に、温かな説得力を覚えずにはいられなかった。ともすれば、、、
〈やっぱり、、、私の心中を知りつつ、
そう想えてならなかった。
経営者の父である。人情の機微の扱いには
母の
その、真っすぐな目。嘘のない母の目は、それだけで、あるがままの、あの頃と変わらない、優しい手を差し延べる目であった。省子は、、それを、良く知っている。娘だけに、良く知る、いつも通りの目が、、、そこにある。父の目と重なり、常に、省子の何かを期待していた。ポジティヴな内容なら、そのまま更に期待し、ネガティヴな内容であれば、その負担軽減を期待した。
娘の為に、長年ひたすら祈り続けて来た、今後も変わらないであろう、ふた親のその
「……お父さん、お母さん、大事な話があるの……」
「うん」
ふたりは口々に合わせて、やや身を乗り出し、いつもの期待を滲ませる。
「私……実は、、、真面目にお付き合いしてる人がいるの……ここ学大の地元の人で、周藤慎一さん。私より歳上の四十三歳。もう、知ってると想うけど、彼の為に、朝、近所のあるお店で、、、お弁当を作って渡しているの。彼ね、、、ごめんなさい、、、奥様がいるの……」
告げる目は、溢れるものを阻めず、自ずと、朝食は中断した。
にもせよ、まだ言うべき本題を遺し、省子は、勇み奮うしかなく、その、溜め込み吐き出そうとしているこころを、両親とて受け止め、やっぱり、叱責よりも期待が勝ってしまうのは、信頼に、、、他ならなかった。不道徳を
〈きっと、何か事情があるに違いない……〉
「家庭を持つ人を、好きになってしまったの、愛してしまったの、、、ごめんなさい、、お父さん、お母さん、ごめんなさい、、、私が、慎一さんの家庭を、、、壊してしまったのかも知れない、、、奥様に、大変な事をしてしまったのかも知れない、、、ごめんなさい、ごめんなさい、、、でも、、本当に、、愛しているの、、、離れたくない……」
今朝はいつになく、近所の
「省子、、その彼は、、、離婚するのか? 」
忍が、省子の言葉尻に
真面目な省子が、その可能性のない男に、自らの可能性を賭ける程、愚かな娘ではない事ぐらい、大人として当然の、ローリスクの選択による行動であろう事ぐらい、わかっているのだが、それでもやはり、心配は心配、、、尽きる事のない、父である。
「……
「そうか」
父の返事に、母は黙ったまま、省子の行方を見つめている。
「で、、、奥さんの意志はどうなんだ? 子供は? ……離婚に応じるのか? 」
「奥様の態度は、まだ、聞いてないの。子供もいない。ただ……」
「ただ? どうした? 」
「あの、、、長い間、、関係が、冷え切ってて、、、それで、、言い
「そうか」
二度目の象嵌である。
「……お父さん、お母さん、、、慎一さんとの結婚を、、、許して下さい! ……」
省子の決意が、岡野家に、強かに象嵌された。切り取っても、この場から離れようとはしなかった。たとえ泣き
涙の
省子の本心、本気は、ふた親にとっては、その、真っすぐな一本の粗筋の如き性格を、良く知るだけに、かつて、あんなにも
〈来るべきものが、、、来た! 〉
転換期の到来を、認識するに充分な、ゆとりさえあった。
恋する女性は美しい。
恋愛は、女性を美しくする。
身もこころも、限りなく円やかな光が
たとえば、省子が用意した食事。忍と真澄が用意した静観。料理は
忍も真澄も、省子に怒りを覚える事はなかった。社会的不秩序の、ルール違反たるは否めないが、この際、不敬
「……じゃあ、、、まだ、ふたりだけの約束なのか? 」
忍は、ただ、納得を重ねたい。
「……うん。必ず、結婚するから、、、もう少し待っていてって……」
「ううん、、、まあ、、そうだろうなあ、昨日の今日じゃあ……要するに、奥さん次第だな、正式な離婚は」
「ううん、、、まあ……」
「で、現実的な話だが、財産分与の方は聞いてるか? 」
「今住んでるマンションが、夫婦共有名義で、そのローンが、あと一年で満期っていう、話を少し聞いた事が……」
「うん。じゃあ、夫の責任として、その権利放棄も考えられるな。無論、完済の義務は消えないが」
「……」
省子は、俯くしかない。
「それがベストだな、軟着陸の、、、ううん、、そうかあ、、、あと一年、、なるほど……」
頷く頻度が増している。
「ご実家はどこだ? 長男か? 」
「
「次男坊か……」
「うん」
「ううん、仕事は何を? 」
「警備員」
「そうかあ……」
忍は、この時、、、
初めて真澄と目を合わせ、ふたり共、そのまま沈黙した……。束の間の空白が、ダイニングルームに漂ったが、、、やがて、見えない
空白は、知らん顔をしているようで、
「なあ、お母さん」
「うん! 」
久し振りに無言を
「省子が決めた人だから、なっ、ちょっと言葉は悪いけど、良い奴なんだろう……」
「浅草ッ子なんだから、、、きっとそうでしょう、ねえ! 」
省子を困らせる、真澄の質問。
「うん、、、楽しい人よ……」
「まあ、、、何れにせよ、離婚係争中の身の上だから、拙速に過ぎたるは控えなくちゃな、お母さん」
両親は、納得積む
「省子……」
父は、声音で威儀を正す。三人共、
「お前が惚れた男だからな、お父さんもお母さんも信じるぞ。全て、穏便に治めて欲しい。それが出来る男だという、お前の気持ちもわかった。とにかく、後々に
「省子……」
いつもの名言のお返しに喜ぶ母の顔は、定めしこんな顔であろうか、真澄は、優しく微笑んだ。省子は、
〈……これから、お母さんに、いつもこんな顔を作ってあげなければいけない……〉
そして、、、
「じゃあ、、、お父さん、お母さん、認めてくれるの? ……」
「ああ……ふたりで頑張って、幸せになりなさい。慎一君か、、、男は、
父は父らしく申し述べた。人柄が
そんな言葉に乗せられ、意欲が向上し、
「……どうもありがとう、、、うっうう、、、ありがとう、、、幸せになります……」
みんな揃って、、、涙した。
折角拵えた朝食が醸す、湯気も香りも、もう、冷めて久しかったろうか、
親子は、ただ、、、気持ちが良い、、、。
爽やかな心地が、食事に取って代わり、三人の空腹を満たす。まだ本懐を遂げられぬ料理が、遠慮深く佇み、静観の姿勢を守りつつ、それでも想い出して欲しそうに、、、出番を待っている。悉くが、、、省子に期待を寄せている。
この家の長女に生まれ育ち、今日に至るまで三十有余年、この家で生きて来た。家は、省子の全てを知っている。その分の想い、両親も併せれば、それ以上の想いが、この、和順な普請に濃縮されている。想い返せば、
豊かで、ありのままの自然な環境。
……家族の眼差し、日々の食卓を彩る料理、居並ぶ家具調度品、窓硝子越しの風景は、まるで、本物の、本当の大自然の森の中に建つ、深緑に
喜びと懐かしさを抑えられない三人は、静かに、それを噛み締めていた。この日が、、、来たのである。ただ、それぞれが、それぞれを想いやり、その時間を尊重していた。言葉もなく、澄明にして寛容な順風が、そっと、流れる……。
かつて、どれだけ流して来たか知れぬ、三人の悲しみの涙が、時を経て今こうして、全くの別方向からの光束に眩む瞳を濡らす、喜びの、報われた涙に変わったのであった。昔の、救いようがなかった冷たい涙は、今度は逆に、何ものとて救ってあげたい、救う事が出来もしよう、温柔な希望の涙に生まれ変わった。あの日の涙は、この日の涙の呼び水、、、この日の為の、最後に笑顔になる為の、涙だったのだ。濃厚な幸せに、生き返った。本物の、笑顔であった。
……暫時、このまま経過した。
さりながら、違反は違反である。
故の、省子の落涙には、親として、擁護するに余りある所ではあったが、既成の事実を決定的にした、当事者の父母たる、見識を問われる立場に、至らざるを得ない事実をも、ふたりの態度を戒めていた。婚姻という、ふたりだけに非ぬ、家と家の繋がり、絆を、より確かなものに仕上げる為には、最初が肝心、土台となる。時期尚早とも想えるが、先方の家へ、好印象の布石を打つに、益にこそなれ損はない。土台を意識し、可及的後顧の憂いを排除し、真に、土台たる家風、全ての根っ子なる家を、築き上げて欲しい、、、。
親ごころは、
〈その涙が、あなた達ふたりの、始まり、、、そこから、真っすぐな一本の粗筋を、ぶっ
それは、省子とて理解するに、故なしとしないはずである。
この上とも連なり
どうあれ省子は、周藤夫妻の動静を注視する以外になく、ひと区切りが付いた所で、時機を見計らい、慎一を両親に紹介したい。人生に於いて、最大の決断、究極の選択たる伴侶、その唯一無二の存在を、目で見、話をし、人となりの理解を得て欲しい。あの夏の日……目黒川の日の出橋で出逢った、鮮明にして飾り気のない、ファースト・インプレッションを想い出し、、、きっと、両親とて、慎一の、話し易いアトモスフィアを受け容れるままに、積極的な交歓の場になろう事を、確信するのは、幸せの早合点という他なかった。
そして、慎一なる存在を作り上げた大元である、鳥越の両親、兄一家を含めた大家族と、対面したい、紹介して貰いたいのである。慎一という気に、少し触れただけで、育った環境の温かい醸成の程が、察するに余りある実家を訪れる日を、待望している。岡野家と似通った、骨太の愛が往来を密にする家だからこそ、波長が合った事に、贅言を要しない。賑やかな交流を、楽しみにしていた。
更に、最早想像は、その手を休めない。
つまり、、、青写真である。それを中心に据える事によって、全てが上手く回ると確信、祈念していた。
〈要は、、、若夫婦は、、学大の岡野家に於いて、、うちの両親と、二世帯同居。姓は、周藤のまま……
新たなる、家族形態の構築を夢見ていた。
これならば、たとえ慎一が、自宅マンションの所有権放棄に及んだとしても、
とまれかくまれ、先刻の父の言葉にもあったように、拙速に過ぎたるは、排除せねばならぬ事も道理で、省子はこの計画を、自らの懐中に
〈……吠えたいにもせよ制止される、本来、吠える事が仕事であるはずの、犬の気持ちがわかった! 〉
そんな、慎一張りのユニークな
〈幸せとは、、、かくも心地良い、、無抵抗であったものか……〉
ひと昔前の、あの、氷塊の如き、矛盾と孤独の
そして今後、何もかもが揃って用意されている、かつて、虚しい憧憬と焦燥の的であった自由が、謙虚に控え、無駄
〈……幸せの、、、味がした……〉
冬も過ぎ去りつつある、二月中旬の、とある日曜日の午前の一幕であった。
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