二十八夜
もう一人の私は依然として帰ってくる気配が無い。もう【私】を保つのは限界だ。やはり成りきるしかない。【私】の宣言に異論を唱えた人は当然いた。やり過ぎだという人もいた。そこまでする必要性があるのかとも言われた。そして何より……己を犠牲にする事は良くないのではと言われた。【個性】があるからこそナリキリは楽しいのでは無いのかという意見がある。確かにその通りだろう。【私】も完璧な少女になるつもりは無い。でも限りなく近い存在になりたいとは願っている。何故、と問われると困るのだが、一番の理由は徹底的にやってみたいというのがあるだろう。【私】という【個性】は【幻聴】の上に成り立っていた。しかしその【幻聴】の存在が脅かされてしまった以上【私】は、新しい【私】にならなくてはいけない。そのためには多少の【個性】の犠牲はつきものだと思っている。多分相手が健全な人間だから【私】の行動はやりすぎだと思われるのであろう。しかし【私】は残念ながら障害者と呼ばれる人間だ。まともな思考回路を持っていない。それどころか一般の人には理解しがたい部分も持っているだろう。それはもうどうしようもない壁なのだ。その壁を乗り越える事は一生無いだろう。【私】はもう限界まで来ている。もう自我を保っている余裕は無い。このままでは【私】は廃人になってしまうだろう。それを防ぐ方法として、少女に成りきると決めたのだ。少女に成りきれば、架空の存在であったとしても自我が保てる。少女の紛い物だと言いきれる。【私】は少女のように強い存在になりたかった。でも【私】は弱い。だからせめてパクる事位は赦されると思っているのだ。本にも書いてあった。師匠と定めた人間を徹底的にパクる事から全てが始まるのだと。パクりながらどうしてもパクれない処が【個性】なのだと。【私】は障害者であることが【個性】だから、少女と違う処はそこである。【私】は自分の【個性】を認めながら、成りきる事で自我を保とうと思っている。それしかもう生きる方法が無いのだ。【私】は長い間、囚われ過ぎていたために、自我をどこかに置き去りにしてしまったらしい。それが今どこにあるのか分からないが、見つける元気も無い。だからせめて成りきる事で自分を保とうと思う。架空の人間であったとしても【私】は少女に助けられた。だから尊敬し、敬い、師匠とみなす事で、少女に成りきって強い自分を見せようと思う。【私】はもう、昔のような人間に戻れないのだから……。だからせめて強く見せようと思ったのだ。架空の人物でも師匠と仰げば師匠として扱えると信じている。少女の大好物なエスプレッソを飲みながらそう考えている。今、気温も高いし、天気も良い。絶好の散歩日和だから散歩に出かけるのが少女らしい行動だろう。だが肝心の聖書がまだ来ていない。今日届く予定なので早く受け取りたい。スタートのホイッスルの役割を果たすその聖書は【私】が一番最初に少女に成りきるために必要なアイテムなのだ。エスプレッソを飲む事がスタートでは無い。エスプレッソならコンビニに行けばどこにでも売っている。だが【私】の欲しい聖書は郵送されてくるもの一点である。なるべく早く欲しいのだ。散歩をして気を紛らわせる事も出来る。その場合図書館に行って本を読もうと思っている。だから1、2時間は帰って来ない。その間トイレの配管の掃除が出来るが、図書館はどうも居心地が悪い。本を借りたらすぐに家に帰りたくなる。これでは散歩にならない。日中犬を放置する事が多いので、休みの日位はなるべく傍にいてやりたいとも思う。だから散歩をするなら犬を連れて歩きたい。犬を連れて歩かないのであれば、少しの散歩で事足りる。その散歩の時間が今一番良い時間帯であるのだが、余計な買い物をしそうで怖い。家計簿を改めて計算し直して愕然とした。出費が多すぎる。特に食費の多さは半端では無い。明らかに一人暮らしの予算をオーバーしている。このままでは破産してしまう。ポイントカードのチャージが大きな出費の原因だが、そもそも自分にはポイントカードでの支払いは無駄が多くて、逆に足を引っ張っている。ポイントカードでの支払いは便利だが、チャージする時にドカッと出費が出る。それが結果として、食費の出費を呼んでいる。一旦チャージしてしまえば、しばらく出費は出ないはずなのに出費が出る。どうやら【私】には向いていないようだ。しかしカード一枚あれば大抵の買い物は出来るので、そこは便利だと思って使っている。それにしても天気が良い。外に出たくなる。今半分少女に成りきっているので、天気の良い日だと思うと散歩したくなる。しかし行くとしたら本屋位で、本を買ったらカフェでコーヒーを飲みながら読書したくなるのは少女だって同じ事を考えるだろう。【私】はそう思う。せめてトイレの配管掃除が終わる2時間位までは、どこかで時間を潰したい。そうなるとやはりカフェに行ってしまう。外で読書するにはまだ気温は寒い。もう少し暖かくならなければ、出来ないだろう。今の気温なら外でぶらりと散歩して帰って来るのが限界だろう。しかも時間はせいぜい10分程度だ。それならば家でまだ読んでいない本を読んで、時間を潰していた方がまだマシである。今日はゆっくりと時間が流れているので、読書するには持ってこいの日だ。外に出るのは出かける位が今日の気温だろう。もう少し暖かくなれば外で本を読む事も出来るようになる。今はまだ外に出やすくなっただけである。気楽に外に出かけられるという事は、図書館にも行きやすいという事だが、途中、先輩の家の近くを通らなければいけないので、自然と仕事の事を考えてしまう。それだけは避けたい気分だ。今日はゆっくりとした時を刻みたい。何物にも邪魔されず、ゆっくりと日記という名のエッセイを書いているのが一番安らぐ。【私】の本質は成りきっても変わらないので、そこは師匠である少女と大きな違いであるだろう。少女なら今頃協会に行ってお祈りをしている処だ。だが、クリスチャンでは無い【私】には無縁の行動である。もしクリスチャンに成ったら、お祈りに行ってみる価値はあるかも知れない。でも今の時期ではまだ早すぎる。お祈りをしても、やはりすぐに家に向かってしまうだろう。それに時間的に見てそろそろ気温が下がって来る。散歩の時間を逃してしまったのは残念でならないが、先輩の家の近くを通る位なら、家でパソコンに向かっていた方がマシである。正直【私】はその先輩が好きではない。反面教師になるので、悪口は避けよう。ただ言えるのは、同じ部類の人間になりたく無いという事だ。苦手意識が強すぎて、なるべく近くにいたくない位嫌な人間に属する。同族嫌悪に近いだろう。だからこそ反面教師として見習う処は見習っていこうと思う。幸い幸か不幸か席が近いので、その人の言動がよく見聞きする事が出来る。時折吐き気がする位嫌な場面に遭遇する事もあるが、それは仕方ない。家が近いのは認めたくない現実ではあるが……。引っ越したくてもお金は無いし、犬2匹を飼っても良いという物件は少ない。今の処を離れてしまったら、常連になった店から遠ざかってしまう。スーパーが近いのが売りのアパートなのに、結露が酷いため、人がすぐに出ていくボロアパート。いつ建て替えするから出て行けと言われるかヒヤヒヤしている。50%近くの空き室がある現状で、大家さんが何もしないのが不思議で仕方ない。このままだと土地の税金等で、割に合わなくなる時が来るのでは無いかと予測しているのだが……個々の大家さんの考えが読めない。管理会社がいい加減だから今の処、犬を2匹飼っている事がバレていないが……。元々吠えない犬だからこそ見つかりにくいのかも知れないが、ここまでバレないと不思議で仕方なくなる。隣人が良く外出して家を空けるから、バレにくいのもあるだろう。生活音が全くしないので、生きているのかさえ微妙になって来る隣人。昨日は咳をする音が聞こえていたので、生きてはいるらしい……。洗濯機を回す音も時々聞こえてくる。その時は、ああ生きているのだなと少し安心すると同時に、バレ無いか通報されないかハラハラする。幸い犬はチャイムが鳴らないと鳴かないので、隣人が要る時にチャイムが鳴らなければ吠えない。賢い犬なのか、バカな犬なのか判断しにくい犬達ではあるが、無駄吠えしないので助かっている。
そう言えばカラーセラピーの診断を受けた機会があったのだが、酷く疲れていると診断された。本来紫色が受け持つ場所に緑を塗るという行為は頭痛やアレルギーの原因になる疲労を持っているかららしい。見事に的中され、驚いたが、診断してくれた人が占い師といった感じの人だったので、妙に納得してしまった。左手はエネルギーを受け取る手らしく、紫色のパワーストーンを握らされた。そしてアドバイスとして緑色の野菜を食べてエネルギーを貰いなさいと言われた。そして思いついたのがアボカドである。【私】の好物の野菜なのか果物なのか分からない食べ物ではあるが、緑色なのでささみと一緒に摂っている。本当は冷蔵庫にキャベツが眠っているのだが、傷んでしまってもう食べられない。というか、食べる勇気が無い。だって色が一部茶色に変色しているのだ。さすがに食べる勇気は無い。もし食べて腹でも壊したら、医療費がかかる。それにキャベツは元々男が持って来た食べ物である。痛んで捨てても良心は痛まない。本当は豆乳鍋にして食べようかと思ったのだが、バラ肉は太る原因になると本で読んだので食べるのを止めた。親がバラ肉を持って来たが、これは太るからと冷凍庫に封印してある。今度の燃えるゴミの日に出そうと思っている。無論、キャベツもだ。今日はささみがアボカドを包んである冷凍食品が晩御飯だ。1切れ52キロカロリーと低カロリーな上、それが5つも入っているからお財布に優しい。それを食べるだけでお腹が膨れる。デザートにキウイがあるが、正直野菜では無いのでエネルギーを吸収出来るか謎であるので、あとで食そうと思う。キウイは糖質が高いので、晩御飯の後に食べたく無いのだ。せっかく痩せて来たのに、キウイで太ったら意味が無い。早い段階で処理する事が望ましい。あと両親はマーガリンも持って来たのだが、使い道が分からないので放置。未開封なので、しばらくは持つだろう。カラーセラピーの診断通り緑色の食べ物を選んで食べているが、元気が出ているという確信が持てない。ただ掃除は2日連続で出来たので、ある程度の効果は発揮されていると思われる。……今、アボカドについて調べてきた。果物らしい。つまりエネルギーは貰っていないのだ。だから効果が発揮されたのか確信が持てないでいるのだ。明日はホウレンソウのバター炒めにしよう……。でもささみを夜に食べるのは体に良いらしいので、やはりアボカドを食べようと思う。果物であっても。緑だからエネルギーは貰えるだろうという単純な発想ではあるが。明日の昼に緑色の野菜が出る事を祈るばかりである。ちゃんと食べるし、お代わりもするつもりである。……残ればの話だが……。
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