十九夜

 また新たな1日が始まる。また【無能】を曝け出す1日が。

 私は会社に行きたくないが、稼がなければ生活費が払えない。昨日は散々だった。助けを求めたのに、男はグースカ寝ていて助けてくれなかった。右腕が痛い。辛うじて曲げ伸ばしは出来るが、それでも痛い。筋を痛めたらしい。男が助けてくれなかったせいだ。車に轢き殺されていたら、どうしたのだろうか? 犬をさっさと処分して無かった事にするのだろうか? 男ならあり得る。あいつは快楽主義だ。自分が楽しければ、他人なんて死んでも構わないのだ。私が死んだら借金を返さなくて良いと喜ぶだろう。そういう男だ。冷たい男なのだ。私なんて金づる位にしか思っていない。だから100万以上の借金をしても平然としていられる。私は道具に過ぎないのだ。……意地でも男のために死んでやらない。男を見殺しにする事はあっても助ける事は無いだろう。犬を平気で里子に出すとのたまう男に、慈悲を与える事は無い。里子に出すという事は保健所に連れて行くと同じなのだから。もし引き取り先の相手が、トイレの躾がなっていない事を理由に保健所に連れて行く可能性だってある。それを考えないのだから、保健所に連れて行くのと同じだ。最悪の男。いつか地獄に堕ちれば良い。大丈夫、私も地獄で待っているから。そして血の池地獄で嗤ってやるのだ。犬を育児放棄した罰だと。私は何の理由で地獄へ堕ちるだろう? 犬を虐待しているから? 虐待がどうか分からないが、犬の尻を何度叩いたか分からない。言葉で伝わるのに、暴力に走る。なんて愚かな人間だろう。犬が可哀想で仕方ない。それでも私を愛してくれる犬には頭が上がらない。無償の愛をくれる犬達。優しさでいっぱいの犬達。彼らを養うためにも、私は少しでも多く出勤する。【給料泥棒】と罵られても、私は出勤するしか無いのだ。犬のために働く。悪い気分はしない。むしろ活力になる。私は一人じゃない。もう一人ぼっちの人間じゃ無いのだ。犬という無償の愛をくれる存在がいる。彼らのために身を粉にして働くのは嫌じゃない。愛している。傍にいてくれる限り、護ろう。私は護るために産まれて来たのかも知れない。尊い命を護るのは私の役目。ずっと傍にいる。最期まで面倒を看る。例えボケて私が分からなくなっても、私が覚えている。死んだら、骨を傍に置こう。納骨堂になんて納めない、小さな骨になったら、持ち歩く覚悟でいる。骨はずっと持っていよう。犬には極楽浄土が無いから、骨を埋める必要は無い。私は犬と共に生きる。犬はどうするの? と問われた事がある。私は犬を受け入れてくれる人じゃないと結婚しない。1人だとしても1人じゃない。犬がいる。彼女達がいてくれるならそれで幸せだ。だから今日も【無能】と思われても働ける。例えミスが無くても、前もミスは無かった。ミスが無いのに登録本数が減っているのだ。これは【無能】と呼ばれても仕方の無い事だ。だから【無能】とか【能無し】とか言われても、グッと堪える事が出来る。犬のためなら頑張れる。喋られない彼らを邪魔モノ扱いする人間は全て私が排除しよう。私が守ってあげる。だから彼女らと共に生きる。親が保健所に連れて行けと言っても言う事を聞かない。私を救ってくれる彼女達をどうして保健所に連れていけるのだろう? 無言で優しい彼女達のお陰で、私は今立てている。その恩を仇で返すのは罪というもの。どうか彼女達が幸せだったと喜んで死ねる環境位は作ってやりたい。今の家も良いが、引っ越しを考えなければいけない。いつまでも隠し通せる事じゃない。大家さんが融通の利く人であったなら、きっとずっとここにいるだろう。でも1匹しか飼えないという条件を突きつけられた以上、引っ越しを考えなくてはならない。そのための貯金も必要だ。お金が要る。早く男から回収しないと……。

 男から電話があった。道を知りたいらしい。正直、自分でググれと思ったが、親切な私は丁寧に答えてやった。偉い、自分。今日はやる気が起きない。何もかも投げ出して眠りたい。しかし眠ったら日記が書けなくなる。2日に1度は完成させないといけないのに、私は何をやっているのだろう……? コーヒーを飲んでやる気を出すか。夜にコーヒーを飲むのは自殺行為だが、日記を書くためだ。多少のリスクは負わないといけない。日記というエッセイを書き続けるためには多少の寝不足は必要だ。眠りが浅くなっても仕方ない。私はもう一人の私に語りかける。わたしのしている行いは正しいのか、と。

『正しいも正しくないも、日記を書かないと意味が無い。今日書かなかったら明日倍になって書くだけだよ?』

「それは困る……」

『それなら無理をするのは当たり前だね。男と無駄話したんだから』

 そう。

 私は男と無駄話をしてしまった。それが原因で睡魔と闘う羽目になったのだ。自業自得という奴。私には味方はいない。犬だけが唯一の癒しだ。私には味方はいるかも知れないけど、すぐに手を伸ばしてくれる人はいない。皆忙しいのだ。私1人に構っている余裕は無い。だから1人で何とかしなくてはいけないのだ。外に出るのも良いかも知れない。外は滑るが、眠気覚ましにはなる。アイスコーヒーを買って、飲むのは良いかも知れない。朝のような始まりだが、それが私には似合っている。日記を書きあげるには、冷気が必要なのだ。

『今日に限って、仕事を完遂するもんね……。無能もたまにはやるわ』

「ありがとう……」

『明日もやるんだよ? やらなかったら【無能】に逆戻りだ』

「うん、分かっている」

 明日も4時に起きよう。そして日記を書くのだ。当たり前かも知れないけど、日記は毎日書かないと意味が無い。私には眠気と闘ってまで日記を書かなければいけないのだ。私は【無能】な人間。せめて2日に1回は完成させないと【無能】のレッテルを貼るしか無くなる。私はそんな人間になりたくない。私はもう少し有能でありたい。だからコーヒーを飲んでまで、日記を書き続ける。眠いのを堪えながら……。ダメだ、眠い。アイスコーヒーを買いに行こう。そして眠気を覚まして、有能な私になろう。家のコーヒーは苦く無い。だから眠気が無くならない。私は今日あった事を書きたいのだ。少しでも有能だった事を記すために……。

 アイスコーヒーを買った。そして眠気を吹き飛ばして、執筆している。私に必要なのは書く力。それ以外は要求されない。

 今日は仕事を完遂した。与えられた仕事を全部こなした。最初は休憩時間も削っていたのだが、止められて、仕方なく休憩した。それでも何とか間に合ったのは奇跡に等しい。今日は何とか出来たのは、登録本数が少なかったからだ、15本すら登録出来なくなったら、自殺している処である。血税で訓練しているのに、訓練が上手く出来なければ死ぬしか無い。犬は泣く泣く里子に出すしか無い。遺書に書くしか無い、どうか暴力的な人の処に里子に行かない事を祈るばかりである。今日は眠気に勝てないから、ここでオシマイにしよう。ホットコーヒーもアイスコーヒーも効果が無かった。明日4500文字書けるだろうか……? 書けなかったら、爪を剥ぐ。それしか自分に対する罰が想い浮かばない。愛犬に対して冷たくするという間接的な罰もあるが、犬が可哀想だ。私1人で苦しむ罰が良い。どうか明日は書けますように……。祈るばかりである。

 朝起きれた。寝る前にコーヒーを飲んだのが効果覿面だったらしい。睡眠が浅くて良かった……。今日も1日が始まる。何が起こるか分からないが、仕事は完遂させてみせる。15本の登録は終わらせる。それが出来なければ罰を与える。それくらいしか出来る事が無い。罰を与えて痛みを感じて、少しでも多く自分という【無能】な人間を有能にしなければならない。私は愚か者だ。だから少しでも良く魅せるためには少しでも多く仕事をこなさないといけない。みんなスピードにこだわるなと言うが、スピードを求められるのが仕事である。訓練だからと甘い事は考えは一切無い。厳しく自分を律する。それが出来るのは自分だけだ。他の誰でも無い。もう一人の私はもっと厳しくて、前の登録量に戻らないと認めないと言う。自分を認めない自分がいても良いじゃないか。周りが甘やかしすぎているのだ。もっと厳しくても構わない。自分を殺す勢いでやらないと私は上手く働いてくれない体になっているらしい。今日も仕事は完遂させる。15本の登録を終わらせないのなら、食事を抜きにする位の勢いはある。どうせブクブク太って来た体なのだ。痩せるための努力も怠らないようにしないと……。太った体は甘いモノの食べ過ぎ。お菓子を止められないこの体が悪い。ならお菓子を食べた分だけ食事を抜かなければ意味が無い。私は自分に甘いから太って行くのだ。だから自分を律しないと太って行く一方だ。それは行けない事だ。罪だ。罪には相応の罰を与えなければいけない。どんな罰が良いだろう? 効果的で持続力のある奴が良い。自分を苦しめる権利を持つのは自分だけである。他人に与えられた罰など、喉元過ぎればなんとやらだ。自分で与えた罰は、一生苦しめる。またリストカットを始めようか? それ位厳しくしないと自分は堕落してしまう。今日は家に帰ったら銭湯の用意とサエグサの用意をしなくてはいけない。そして私はご飯を食べない。ご飯を食べたらまた太ってしまう。だから1日2食生活に切り替えようと思う。炭水化物が抜けないのなら、食事量を減らすしか無い。毎日ダラダラと食べているから、太って行くのだ。痩せなきゃ。あと5キロは痩せないと。また体重が増えた。だらしのない証拠だ。食事に関してルーズになってきている。食料が無い時は飢えをその日その日で凌いできたが、食料があると、減らさなきゃとなる。それが太る原因だ。痩せるためには食料を捨てる覚悟でいなきゃいけない。野菜はキャベツが残っているから、キャベツを食べるとして、肉は捨てる覚悟でいよう。米は食べない。食べているフリをして少しずつ捨てていこう。無洗米だろうが何だろうが、米は米だ。炭水化物で糖質が高い。食べたら太るに決まっている。仕事が出来なくなったのは太ったせいだ。痩せていた頃はバリバリ仕事が出来た。太り始めてから、仕事が出来なくなったのだ。だから痩せなくてはならない。痩せなければ仕事が出来ない。だから痩せる。生きるためには食事は必要だが、生きるために必要な金を得るためには食事を減らさなくてはならないのだ。金はなんにでも化ける。食料は化けない。食べ物という存在でしか無い。食べ物が私の邪魔をするのなら、捨てても構わない。痩せなくては。そうしないといつまで経っても仕事が出来ない。仕事をするために痩せるのだ。これは立派な理由になる。私は太っていたら仕事が出来ないのだ。だからご飯は食べない。根野菜をなるべく避けたいが、大根位は赦してやろう。たくあんも食べなくなったら、昼に呼び出しを喰らう。でも痩せなくちゃ。痩せて少しでも仕事をしないと血税を喰らっている身分としては申し訳が無い。私は本来死ぬべき人間なのだ。それを血税で生かして貰っているのだから、働かなくては。死ぬ気で働け。死んでも働け。社畜になれ。それ位の勢いが無いと、一般の方に申し訳が立たない。

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