十八夜

 今日も私は【無能】でした。14本しか商品登録が出来なくて、目標だった15本すら届かない始末。一体、私は生きていて良いのでしょうか? そんな疑問さえ湧いてくる。いっその事死んでしまった方が良いんじゃないのかとか、49キロの巨体に悩まされる日々に嫌気がしてきたのも事実で、また糖質制限ダイエットをしようかとか考えている。太ったねって言われたのが一番心に響く……。そうか、また太ってしまったのか……。早く痩せたい。細くなりたい。それなのに、体は一向に細くならない。むしろブクブクと太っていく……。ああ、私はなんて醜いんだ。死んだ方が世の中のためになるのではないのだろうか?

「明日は動けないから、せめて掃除位しないと……。ずっと仕事ばかりで何も出来ていない」

 辛うじてしていたのは洗濯。トイレ掃除もしていない。汚い事この上無い。それなのにお菓子を買う余裕はあるんだよな。ホント狂った奴だと思う。早く死なないかな。それだけが望みだ。犬さえ看取れればそれ以上長生きする理由は無い。死んで終わりにしたい。【無能】から脱却するべく英語の勉強を始めたが、ハッキリ言って使えない。生の講師がいなければならない。しかし講師候補は忙しいらしくメールすら見ていない。直接頼もうとしても仕事の一点張り。私は一生【無能】で生きていくしか無いのか? そのためだけに産まれて来たのか? 私は堕落していくために産まれて来たのか? 役に立てる事は何一つ無いのか?

 自問自答の繰り返し。私には何も無い。だから英語を……と思ったが、それも叶わぬ夢のようだ。お金を出して英語を習うためにはもっと高い金額を出さないといけないらしい。そうだよね……私みたいな【無能】な奴のために時間を割く友達なんていない。皆自分の事で手一杯だ。私だけが道楽しているように感じる。私はなんて愚かな人間なんだろう。私を必要としてくれる人なんて世界中探してもいない……。死にたい……。もうダメだ。心が完全に折れている。少しでも希望の光が見えたと思ったら消えてしまう。私に残された選択肢は犬を看取ってから自殺する事だ。それしか道は無い。死のう。うん、そうしよう。それが一番誰にも迷惑かけずに生きる方法だ。それが良い。英語の勉強はこれからもしていく。少しでも身になれば、やりがいがあるというもの。講師のいない英語の勉強。あと半年で仕事が無くなるから、海外の客を相手に出来ないかと考えているのだが、それも叶わぬ夢に終わりそうだ。

『お前はどこまでいっても【無能】だね。生きる価値が無い。死ぬ価値も無い。どうしようもなく人生を彷徨うゾンビのようだよ』

 ケラケラと【幻聴】が嗤う。確かにその通りだ。生きる価値も死ぬ価値も無い。私の居場所はどこ? セフレは電話が通じない、男は仕事中。誰にも相談出来ないまま死んでいくのかも知れない。私は一人で生きていくしか無いのだ。もう誰にも頼らない。もう一度だけ講師を頼んでみよう。私の目指す場所は英語だ。少しでも話せるようになりたい。それが願いだ。友人にNOVAでも行けと言われたらそうしよう。私は英語を習いに行く。少しでも身になるように英語の勉強は欠かさない。それが身になって何かの役に立つのであれば、それはそれで良いじゃないか。

「私英語頑張ってみる。例え一人でも頑張ってみるよ」

『少しでも【能無し】を返上するため?』

「それもあるけど……英語は武器になるから」

 全く身についていないよりも、何かの役に立てよう。月曜日が休みみたいだから、もう一度アピールしてみる。それでダメなら英語を習いに行こう。

 何かの役に立つかも知れないから……。頑張ろう……。頑張る事しか私には能が無いから……。【無能】が唯一出来る事だから……。


 遂に爆発した。【無能】である自分に嫌気が差して、泣き喚き物に当たり散らした。自分は【無能】過ぎる。部屋の掃除もままならない、この【無能】に天罰を。いつか死ぬなんて楽な死に方はさせない。苦しみもがくような絶望を味わって貰いたい。私はどうしてこんなに仕事が出来ないのだろう? 前に出来ていた事が出来なくなっている。休憩時間なんて私には無用の長物だ。出来る人が休憩するのであって【無能】な私には必要無い代物である。私はただ1日中登録をしていれば良いのだ。休憩なんて必要無い。私に休憩を入れたら働かなくなってしまう。それだけは避けたい。だから働く。15分の休憩があれば、2本は登録出来る。私は【無能】だけどスピードは速い。他のメンバーよりも多く登録出来るが、それが出来なくなっているのが赦せない。眠る事させ赦さない。私はずっと起きている。それが私に課す【罰】だ。私には何の力も無い。だったら、少しでも多く登録して、会社に貢献するしか無いのだ。完璧主義と言われても構わない。私は【無能】だから少しでも多く仕事をしなくてはならない。先祖がくれたこの体を酷使して何が悪い? 先祖だってその前の先祖より仕事をしていたに違い無い。爆発した自分を止められるのは自分だけ。英語の勉強も中途半端、このエッセイという日記も中途半端だったら、自分が赦せない。爆発した自分は何が赦せるだろうか……? 考えても答えは出て来ない。

「私は何のために産まれて来たのだろう?」

『死ぬために決まっているじゃない。人間は産まれた瞬間から死ぬために生きているんだよ?』

 当たり前のように【幻聴】が言う。これが私の答えなのか、もう一人の私の答えなのか分からないが、確かに一理ある。人間は死ぬために生きている。なら少し命の時間が短くなっても赦されるのでは無いのだろうか? 私は死にたい。犬を看取りたいという願いはあるが、それ以外の願いは存在しない。昔は小説家に憧れて原稿を書いたりした。送ってみて反応が良かったが、結局100万の大金を払わないとスポンサーにはならないという回答を得たため諦めた。所詮はその程度の能力なのだと。それから精神がおかしくなっていって、今では血税を喰らって生きている。自力で稼ぐという事が出来ないのだ。どうしたものか……。今の作業所の作業もロクに出来ない【能無し】には一体どうやって生きて行けば良いのだというのだ? 私には分からない。

 爆発して泣きじゃくってから、過去の日記を見た。今と全く変わらない自分がそこに綴られていた。ただ変わっていたのは眠いという言葉が出て来なくなっていたという事。それしか進歩は無い。あとは世の中に絶望して死にたがっている自分がいた。【能無し】のレッテルを貼られ、職員から陰湿なイジメじみた言葉を受け、日々眠気と闘う自分がそこにいた。早退も何度も無理やりさせられていた。それに比べれば、今の職場はマシと言える。少なくとも強制的に早退させる人はいないから……。それでも【無能】なのは変わらない。二度目の爆発。今度はやけ喰いに走った。胃が痛くなるまで喰らった。血税という単語が頭から吹き飛んだ。ただ喰らって太った。痩せたいのに……。これが過食というものか……? でも過食に走ったら、お金が無くなる。食費を減らすか。少なくともお菓子を買うお金があれば、あとは要らない。食べられなくなっても、我慢出来る。その前に男が食料を買って来るだろう。食べないといけないとかなんとか言って。私はコーヒーさえあれば良いのだ。それがあれば眠気は消える。眠くならなければ良いのだ。眠くて起きられなくなったら、それこそ【無能再来】である。今も【無能】と言えばそうであるが。どうして私は【無能】なのだろうか? あれだけ出来た登録も今では3分の1以下。どうして出来なくなったのだろう? 周りから高評価だったのに、自らその期待を裏切っている。出来損ない。生きる価値無し。死ぬべき存在。私には居場所が無いのかも知れない。居場所を作るために頑張っても、いつかその糸がプツンと途切れてしまう。そしていつの間にか【無能】の仲間入りを果たしているのだ。それは自分が自ら望んで【無能】になっているような気がしてならない。それも無意識の中で。どうして無意識のうちの中で【無能】になりたがるのかは分からないが、私は自分という人間を過大評価している節があるらしい。だから最初は過信して能力を発揮するがボロが出て【無能】へと転落するのかも知れない。その繰り返しをずっと……高校卒業してからずっと繰り返してきた。私は一体何をしたいんだろうと思い悩む事がある。小説家の道を諦めていないのか、それとも道楽で小説を書きたいのか、エッセイという名の日記を綴りたいのか、無料で作品を見て貰おうと足掻いているのか。全くもって分からない。私は一体何がしたいのだ? 今、私が自分に課しているこのエッセイと日記のハーフは、2日間で4500文字を目安に書いている。それ以上長く書いてしまうと前に書いた事と食い違う事が出てくる。つまり思考回路が変わるのだ。毎日が幻想に振り回され、思考回路も正常では無い。今日憂鬱で陰鬱な気分になっていたとしても、3日後には突然はつらつとした人間に変貌している事は少なくない。そうなると作品として如何なものかとなるので、最低限感情が変動しない2日間で決着をつけるようにしている。それが自分に課したノルマ。これさえ出来なくなったら、命を断つつもりで書いている。これは魂の叫びだ。魂の叫びが無くなったという事は、生きる叫びも無くなったと判断する事にしている。それで何かが変わる訳でも無いのだが、作品作りに没頭している間は少なくとも【無能】である事から逃げる事が出来る。作品が立派でも駄作でも、公開はしているが私を叩く人間がいるという事。叩かれれば、少しは自分の文章の並び方を工夫する努力が生まれる。プロにならなくても良い。少しだけ……ほんの少しだけで良い。誰かの目に留まり、こんな堕落している人間がいる事を見せしめにしたいのだ。私は生きるのに相応しくない。分かっている。でも犬がいる限り、私に生きる権利を頂け無いだろうか? 私が死ねば犬は間違いなく保健所に連れて行かれる。せめて有能で愛らしい犬達には生を全うして貰いたいのだ。それはワガママの中に入ると知っている。でも犬を幸せにしてやりたいのだ。そのための貯金だってしている。食費や娯楽費を削ってまで、私は犬のためにご飯を買っている。血税で犬の餌など……と思う人間もいると思う。でもお願いだ。犬は最後の生きる希望。それすら取り上げられたら、私にはもう何も無くなってしまう。私と同じ【役立たず】の烙印を押され、保健所に連れて行かれる寸前を引き取った犬達なのだ。もう同じ場所に連れて行きたくない。あんな生き地獄を味わうのは私の役目であり、犬達が受けるべき仕打ちでは無い。可愛い子達なんだ。怪我をすればずっと怪我した部位を自分が負った傷のように舐め続けるし、泣き出せば、涙が止まるまで頬から流れる涙を舐め続ける。優しい犬達なのだ。そんな犬達を保健所へ連れて行く人間を赦せないし、私が犬に代行して制裁を加えたい位だ。でも犬はそれを望まない。一時でも愛してくれた人間を、犬は制裁しようとは思わない。愛してくれた記憶だけが美化されて幸せを噛み締めるのだ。なんと愚かで可愛い奴らだろう。そんな奴らだからこそ、一生面倒看たい。

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