十六夜
「今日は感謝の1日だったね……」
私から珍しく【幻聴】に声をかける。【幻聴】は何かを考えているのか、しばらくは沈黙していたが、やがて声が聞こえた。
『コーヒーの事? プレゼントの事?』
「両方だよ。私みたいな人間にプレゼントをくれる人も有難いし、コーヒーを運んだだけで無料引換券くれる人だって有難い」
そう。
今日も吉報が絶えなかった。ずっと音信不通だった人から連絡が来て、私のためだけに作品を作ったから送ると言う。無論送料は払うと主張を通したが、それでも嬉しい。どんなものが来るのか楽しみで仕方ない。私をイメージして作ったと言ってくれた事も嬉しかった。優しい人だ。相手はそんな事は無いと謙遜するだろうが、私にしてみれば、こんなゴミにプレゼントを送ってくれるという行為自体が嬉しいのだ。有難い。その言葉に尽きる。そしてもう一つ嬉しかったのが、コーヒーの無料引き換えのレシートだ。普段コーヒーを何人かの分を運んでいるのだが、そのお礼として貰った。たかだか100メートル以内のコンビニに行ってコーヒーを買いに行くだけなのに、そんな事をして貰うなんて……。そんな計算があったからじゃ無い。元々買いに行く用事はあるし、ついでに行ったとしてもそんな大荷物にならない。ただ少し運ぶ時に慎重になる位だ。それだけなのに、そんな事をして貰えるなんて……なんて優しい人なんだ。これからも私はコーヒー運搬係として動こうと思う。別にパシリにされているなんて全く思っていない。ただやりたくてやっているだけだ。そこに邪心は無い。あくまで善意でやっているだけだ。寒い中、1人代表として行けば済む話だ。それだけの事。私はその優しさが嬉しかった。
だから今日は【感謝の日】なのだ。皆が優しくしてくれる、とても暖かな日。春の日差しのような柔らかさがある。今日はとても暖かな日。春を先取りしたかのような暖かさがある。その暖かさに触れて、なんだか心がほっこりしてしまった。
『毎日はそういかないけど、今日は優しい人に触れる機会が多かったね』
「うん……犬も私がパニックになった時、助けてくれたし」
私が日記を書けなくなってパニックになった時に、そっと頬を舐めてくれた優しさ。私はその優しさを教えてはいない。それは犬自身がやった事。多分、子供を見守る母犬のような気持ちだったのだろう。その優しさが冷静な思考回路を作り、エッセイという名の日記を書く行為を促した。私は多くの人や動物に支えて貰っている。そのため、私は恩返しをしなければならない。犬には毎日餌やおやつを人間にはコーヒーを運ばなければならない。これは恩返し。義務だ。多大な恩恵を受けた人間がするべき行動。私は生きている。だから生きている間は恩返しをしなければいけない。それが私の義務。優しさを振りかざすのでは無く、そっと行えるような人間になりたい。今の私に欠けているのはそっとした優しさだ。そっとした優しさを行える人間になりたい。私は助けて貰ってばかりだから、今度は助ける人間になりたい。それが願いだ。
『なれると良いね。優しい人に』
珍しく【幻聴】が応援してくれる。今日は【幻聴】も優しい。私は優しい人間に包まれて……もう一人の私に包まれて生きている。
「……うん、なりたい」
これは私の【願い】だ。きっと叶えてみせる。そのためにはこのエッセイと銘打った日記を書き続ける事が義務である。それを遂行しなければ、私は忘れてしまう。
優しさも厳しさも強さも弱さも。
忘れたく無いから、書く。そのために私はこのエッセイという名の日記を書こうと思い立ったのだ。私は忘れない。この気持ちを。この優しい人に支えられているという事を忘れたら、血税を喰らっているという事実を忘れたら……それは人として失格である。
最近体重が増えた。前の私なら絶望していた処だが、体脂肪が減って、筋肉が付いて体重が増えているので左程キリキリしていない。これで筋肉も落ちていて脂肪が増えていたらキリキリしていただろう。最近、筋肉が付いてきて、脂肪が減っているから落ち着いている。ただ内臓脂肪が高いのが欠点だ。もう少し今の半分位まで内臓脂肪が落ちてくれれば精神面で大分落ち着くと思う。今キリキリしているのは内臓脂肪が高いからだ。内臓脂肪は落ちにくい。食べないだけじゃ、減ってくれない。運動しても落ちない。やはりサプリに頼るしか無いか……? そう考えるとまた雑費がかかってしまう。お風呂……銭湯で大分散財しているというのに。家の風呂を使うよりはまだ安いのだが、それでも高い。1万近くは持ってかれる。でも家のガスを使うよりは暖かいし、広いし、綺麗。家の風呂は犬を放り込んだ形跡があって傷だらけで汚い。それで寒いのだから、銭湯に行った方がお得である。1時間入れば元が取れる。特に今行っている銭湯は人情がある珍しい銭湯なので、ほっこりする。体重計もハイテクのを置いてあるから、自分の体重が正確に分かる。今の体重は48キロと少しだが、46キロまで程遠い。筋肉を減らすしか方法は無い。筋肉が減ると脂肪が付くから厄介だ。脂肪だらけの人間になりたくない。筋肉がついているなら、それでまんぞくしないと……。
『贅肉デブよりはマシだね。能無し』
「うん……」
『最近まともな食生活になったから、筋肉ついたんでしょ。それとも何? 贅肉だらけの痩せが良かった?』
「それは嫌だ……」
『だったら今の体重で良しとしなさいよ』
もう一人の私はケロリとしている。まるで他人事。脳内は共有していても肉体は私一人だけだから【幻聴】にとって、どうでも良い事なのだろう……。それよりも減らない内臓脂肪が気になる。1.0%になりたい。そうすれば納得するし、これ以上痩せようとも思わない。理想値にならないからイライラする。早く痩せたいのに……。食料が邪魔をする。もっと痩せたい。綺麗に痩せたい。肋骨が見えていても平気。それでもウエストが細く見えるから、平気。最近筋肉が付いたお陰で肋骨も見えなくなって来たし、理想の体型には近づいていると思う。鎖骨も綺麗に見えるし、とってもいい感じ。内臓脂肪さえ高く無ければ……。今はデブの値になっていると思う。能無しのデブなんて最悪だ。早く痩せている体になりたい。能無しに出来る事は痩せる事しか無い。仕事をいくら本で読んで勉強しても知恵にならないから意味が無い。月1冊の本を出版している人の本を読んでも、頭の中が常にフル回転しているらしく、私には出来そうに無い。だから寝ないで本で勉強するしか無い。でも途中で寝ちゃうから意味が無い。
能無しの爆睡バカ。それが私にぴったりの言葉かも知れない。能無しなのは認める。眠い眠いと言いながら、仕事をこなさなければならないのに、実際寝てしまうから問題だ。まるで本当に眠るために仕事に行っているようなモノだ。それは悪だ。死ねば良い。仕事が出来ないのなら痩せるか、痩せられないのなら仕事を頑張るかしか選択肢は無い。それなのに両方とも半端になっている自分にイライラする。早く能無しから脱却したいし、痩せて細くなりたいとも思う。両方叶えるのは罪ですか? 罰を与えなければいけませんか? 罰……何が良いだろう? やっぱり眠らない方が良いかな? 睡眠時間を削る方が自分には似合っているかな……。寝るな、阿呆。お前には寝る資格なんて無い。眠るのは美女だけだ……。美女は眠って美しくなるけど、醜い私には睡眠なんて必要無い。睡眠時間を削って生きろ。
「今日も動けなかった……」
反省。
また睡魔に負けた。顔色が悪いと言われているけど、そんなの血が足りないだけだ。多分鉄分不足。しかも慢性的な。顔色が悪いから仕事をゆっくりやって良い訳じゃない。それは言い訳に過ぎない。それに甘えてしまう私は愚か者。午後になったら元気になるのに、どうして午前中は死んでいるのだろう。ゾンビだ。皆心配してくれる処が有難い。優しさに満ちている。どうしてこんなに私に優しくしてくれるのだろう? 私は返す恩義が無い。誰かの手足になる事しか出来ない。それなのにそれで良いと言う。私は納得が出来ない。当たり前の事しかしていない。それを褒められても有難いとは思うけど、当たり前の事をしているだけなのにと思う。それが中々出来ない人もいるというが、私は出来る。出来る人は当然の事だと思う。それだけだ。
『ホント、不思議だよね。感謝される事も心配される事も多くて。お前みたいな無能には何も無いというのに』
「うん……私には何も無い。ただあるのは、両手足の自由くらい。後は狂った脳」
『その狂った脳のお陰で血税喰らっているんだもんね。ホント、世の中狂っている。死ねば良い。お前みたいな能無しなんか。デブで能無しで万年貧血気味で……良い処一つも無い』
ズバズバと【幻聴】は言いたい放題。でも私は無能だ。20本の商品登録が出来ないのなら生きている価値、給料を貰う価値は無い。そう思っているけど、頑張っていると評価されている。私は能無しだ。出来る事をやっているだけで、楽しい仕事をやらせて貰っているのに、量をこなせない。ごめんなさい。無能でごめんなさい。量より質だと言うけど、コピー&ペーストだけの世界で質なんてものはたかが知れている。量だ。問題は量にある。私は量がこなせない。無能だ。パソコンを少し出来るからって偉そうな事を言って、何やっているんだろう……。今の仕事も満足に出来ないのに、ウェブデザインなんて出来る訳が無い。愚かだ……死ねば良い。能力に限界を感じてきた……。やっと身の丈を知った気分だ。私はなんて愚かなのだろう。知る事が遅すぎる。私はやっぱり無能だ。自分を知らない愚か者。もう二度とウェブデザインをやりたいなんて言わない。ずっと登録作業をしている。それが一番良い。登録するべき商品はまだまだあるみたいだから、しばらくは登録作業をやらせて貰う。それが無くなったら、また出荷チームに戻る。それが良いのかも知れない。本当はパソコン作業をやりたいけど、ワガママを言える身分じゃない。私はあくまで能無し。能無しの出来る事は限られている。それなのにあれやりたいこれやりたいなんて、口が裂けても言えない。言ってはならない。ありがとうを返す場所が無い。両手に余った感謝の気持ちはどこに向けよう? いつまでも持ち続けていたらいつかそれは腐り堕ちてしまう。ありがとうは鮮度が命。早く処理をしないと腐ってしまう。そして能無しはさらに能無しへと変貌を遂げる。能無しが生きていられるほど、今の会社は甘くない。最悪タオル畳みの作業所へ行く事になるかも知れない。無能な私にはピッタリの仕事だ。タオルすら畳めなかったら、死ぬ。これは揶揄でも何でも無い。死ぬ。血税を喰らって生きるのにも限界はあるし、タオルすら畳めない人間が生きて良い訳が無い。この世から去って血税を返した方が世の中のためになる。私には生きる場所が少ないのだ。生きる場所が無いから今の会社でも無能のレッテルを貼られながら生きているのだ。
無能は無能らしく分不相応に。周りの視線を気にしながら、仕事に励むのが一番である。
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