十五夜

 声が聞こえる。【幻聴】の声が。私は何かしたのだろうか? ふと考える。考えても理由が見つからない。本人に聞いてみるしか無い。私は【幻聴】に問いかける。

「どうしたの?」

『何故己の課したやるべき事をやらない?』

 ああ、それについて怒っていたのか。私がやらなければならない事は三つ。一つは世界の疑問を見つける事。もう一つは【幻聴】との語らいを記録に残す事。そして最後の一つが……。

「何故、今日本を読んでいないか? かな?」

『そうだ。お前は知識を増やすべく本を買う予算まで生活費の中から捻出しているのに、本を読まない。どうしてだ? 飽きたのか? それは赦さない。だったらお前の本を全て焼き払ってやる……‼』

「違うの、聞いて。まずは記録をしてから読むつもりでいるの。ちゃんと毎日本は読んでいる。一章でもちゃんと読んでいる。今日全く読んでないのは掃除していただけだよ?」

『はん、どうだか。大方食費に回したくて本代を削除しようとしているのじゃないのか? この間借りた図書館の本をほとんど手を付けず返したじゃないか』

「あれは返却期限が迫っていただけだよ。大丈夫。今日はちゃんと本を読む」

 本を読む事を私に課したのは知識の偏りが見られたからだ。だから新書版の本を買ったり借りたりして、勉強をしている。主にお金の話だ。男に金を貸している以上被害を食い止めるために何が生き金で何が死に金なのか見定める必要がある。それをするためには、知識が必要が。知識を身に付け知恵に変えて自分の盾とし、武器とする。それが私にとって必要な事なのだ。少しでも知識を蓄えなければ、私は能無し以下になってしまう。能無しで留まっているのは、私が本を読んで知識を蓄えているからだ。それを知恵に回す。それが出来れば、私は能無しから脱却出来る。もっと良い女になりたい。良い女とは賢い女の事を言う。少しでも多く、賢い女になりたい。必要経費は食費を削ってでも手に入れる。今日は自分に甘やかして多くのお菓子を食べた。しばらく甘いモノは要らないだろう。ぱんじゅうというお菓子は別格だが。あれは100円以下で買える貴重な甘いモノ。私は手に入れるために時々店に足を運んではぱんじゅうを買っている。65円は安い。駄菓子レベルである。来月はひな祭りがあるから、2匹の犬にケーキを買ってあげよう。ひな祭りケーキだ。人間は太るから要らない。2匹が幸せそうに口元をクリームだらけにしながら食べている様子を見ると幸せな気持ちになれる。私は動物を護る活動に参加しようと思っている。里子もそうだ。もし2匹が死んで余裕が生まれたら、老犬を引き取って看取る事をしようと密かに思っている。老犬は簡単に殺処分の対象になるから、誰かが引き取らなければ殺されてしまう。今の犬より多くの犬は飼えないが、看取った後なら少しは余裕ができよう。殺処分0運動に参加するのも良いかも知れない。今は手の中にある命を護る事で手一杯だが、もし2匹が虹の橋を渡ったら考えようと思う。犬は登録が必要だから色々と大変だと思うが、2匹を見て思った。彼らの仲間を護る事も私に課せられた運命では無いだろうか? 私は犬に護られて生きている。だから今度は私が彼らを護る番。少しでも多くの命を護ろう。難民を護りたいとも思う。私は小さな命だ。だからせめて大切にされるべき命を護る盾となろう。そう思っている。ただ難民支援にはお金がかかるため、中々自分が助けるレベルの問題では無い。だから殺処分の犬猫を減らす運動に参加しようと思っている。犬ならば、何とかなる。数年共にするだけかも知れないけど、その数年、生きてて良かったと思わせてやりたい。私が救われた多くの事を、少しでも彼らに返してあげたい。私は犬がいなければ、とっくの昔に死んでいた。ハリネズミの恋が再び始まる事も無かった。愛している。命あるものに。


 今日は吉報が多かった。頼んでいた作品の値段の交渉が進んだ。割引して貰う立場としては嬉しいメールだ。作者のイメージが固まって、いよいよ作品作りに入るという事なのだから……。作品は全て任せているのでどんな作品が届くか分からない。楽しみだ。相手の世界観に触れる瞬間がたまらなく好き。その人が生きてきた道標のような雰囲気がある。だからインテリアは好き。私の家にそぐわないかも知れないけど、飾りたい。貰われて良かったと思えるだけの事をインテリアにしよう。それが貰う側のやるべき事。思いっきり生かそう。そして作者に最大限の敬意を示そう。愛していると。今日も買い物に行ってしまった。そしたらいきつけのお菓子屋さんが私の顔を覚えてくれていて、おまけまでしてくれた。うん、明日も行こう。温めてくれたり、1つ多くくれたり……本当に優しい人達だ。感謝しなければならない。ありがとう。ここでの吉報は私を常連さんと認めてくれたという事。こうなれば毎日通うしか無い。どんなコンビニのお菓子でも美味しいお菓子を焼いてくれるお店。優しい人が焼いているから、お菓子も優しい味がするのかも知れない。本当に優しい人達だ。こんなお店が繁盛してくれる事を祈っている。どうか潰れませんように……。

『今日は感謝が多いね。無能のお前には勿体ないよ』

「そうだね。本当にありがたい」

 彼女の言葉に、私は頷く。【幻聴】と意見が一致するのも珍しい事である。それだけ今日は感謝の絶えない日だった。明日も頑張ろうと思えた。今日は優しさに溢れた1日だった。残酷な事もあったけど、でも優しさの方が勝った。私には勿体ない。どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう? 私には何一つ持っていないのに……。男にだって利用するだけして、ポイするつもりだ。残酷かも知れないけど、それが現実だ。でもそうしないのは男にまだ利用価値があるから。セフレも色々あるが、利用価値はある。だから利用するだけして、捨てるつもりだ。いつかはそうなる時が来るだろう。だが、今の処そんな気配は無い。むしろメリットの方が多すぎる。私は悪魔か何かか? こんな私に優しくしてくれる人は、どうして優しくしてくれるのだろう? 私には何の価値も無いと言うのに。女だから男の好きな子宮がある位だ。それ以外利用出来るモノは持っていない。私の武器はそれだけだ。それだけのために頑張っている。足掻いている。月に1冊本を読むノルマをこなして知識を知恵に変えて生きている位だ。新書が知識と蓄えるのに使えると知ったから新書を買うようにした。単行本も悪くは無いだろうが、新書より場所を取る。もう少しお金について知識を蓄えたい。資産運用の本でも読もうか……。いや、それだと比較するモノが無いか? 本屋に行った方が良さそうだな。本屋は良い。特に古本屋は安価で良いモノが手に入る。古本屋が近くに無くても本屋があれば、値は張るが最新版が手に入る。新書は時代に左右されないから古本屋で買うのが良いのかも知れないが、他は本屋でないと買えない。よく店長オススメがあるが、あれは情報が古い。新書の方が時代を先取りしている気がする。新書を何冊か買って身に付いた知恵だ。あとはどうやって構築していくか。今頼んでいる本も早ければ明日到着するから、楽しみだ。人脈作りは大切だが、これをしなさいという本はあってもこれはダメだという本は無かった。新書にはそれがあるから面白い。また同じ古本屋で買ってしまったのは、あくどい商売をやっているからだ。多くの本を安く買い叩いて、領収書も紙代を徴収する。こういう本屋は潰れるべきなのだろうが、良本がある確率が高いため、売りはしないが、買いたいと思う。また買ったが、さすがに常連にはならないだろう。迅速な対応はしてくれるが……。本を売った人の中には図書館に寄付すれば良かったと言う人もいた。よほどあくどい商売をしているのだろう。そこに利益を落とすという事は悪事に加担しているようなモノだ。私は無能だ。無能故にそういう口コミを頼りにしなければいけない。なんて愚かな人なんだろう。何故人に産まれてきた? 獣で殺された方がよっぽどお似合いの人生じゃないのだろうか……? でも考える事は出来なくなる。私は考えるために産まれてきたのだろうか? それが私の使命なら、こうして日記を綴るのも使命なのかも知れない。肉を喰らい魚にかぶりつき、野菜を食み、そうして得た肉体で脳内をフル回転させて生きるのが目的なのなら、私はそれに従う。美しいモノを美しいと言い、素敵なモノを素敵と言い、Dの肖像画は美しかった。あれには値段が付けられない。非売品なのも納得がいく。せめてポストカードが売っていれば買ったのだが、それすらしないというのは、作者のプライドなのだろう。美しいプライド。孤高のプライドとはまさに彼の事を言うのかも知れない。Dの肖像画は忘れない。あの感動は2度と忘れない。一生忘れない。美しい横顔。手に入れたいと思う衝動。閉じ込めたいという欲望。ドロドロとした気持ちが生まれては消えていく衝動。私にはこんな穢れた気持ちがあったのかと思ってしまう。

『またD?』

「そう。しばらく読んでいないな……」

 圧倒的力を持つD。ヴァンパイアハンターD。菊地秀行先生の作品……だった気がした。本を持っていないから分からない。借りただけだから……。

「Dは凄いよ。圧倒的強さを持ちながら、美しさも兼ね揃えている……理想の人」

『お前が憧れる人の1人だからね。過大評価したくなるのは分かる」

 冷静に【幻聴】は言うと、溜息を吐いた。恐らく呆れているのだろう。因みにもう1人は夢枕獏先生の陰陽師に登場する安倍晴明だ。彼もまた美しい。天地の理を知る者は絶対的な何かを知り、絶望している。その絶望が何なのか分からないが、それが美しさに拍車をかける。今読んでいる小説は色々あるが、やはり隠し玉の作品だろう。あえて作品名は口にしないが、私をコーヒー党に転向させた恐るべき破壊力を持つ作品である。紅茶派の私が今エスプレッソを毎日飲んでいると知ったら、親はどんな顔をするだろう? 笑えて来る。

『おい、無能。浮かれるのもいい加減にしろ。今日は何もしていないのだからな』

「ごめんなさい」

『眠い? 寝ない事だけが評価される訳じゃない。仕事を遂行して初めて評価される。お前は勘違いしている。寝なければ全て良しじゃ無い』

「はい……」

『春が近いから浮かれているのか? 愚か者。春はまだ遠い。お前の心が穏やかになるのもまだ遠い未来だし、下手したら来ない』

「はい……」

『死ね。お前みたいなのんきな奴が一番腹が立つ』

「ごめんなさい……」

 怒りを隠さない【幻聴】に、私は必死に謝る。【幻聴】に見放されてしまったら、私は生きていけない。死ぬしか無い。私が目標を見つけられたのも【幻聴】のお陰だ。死の淵から救ってくれたのも【幻聴】だ。私は【幻聴】がいなくては生きてはいけないのだ。周りが不要の存在と言っても、私にとっては必要な存在なのだ。【幻聴】にも色々な種類がある。私に害を成すモノ、意味不明なモノ、呼吸を止めようとするモノ……その中でも一番強い権力を持つ【幻聴】がもう一人の私だ。

 絶対的権力をもつ彼女は、時に他の【幻聴】を取り押さえる事が出来る。これは先生に話していないが、かなり凄い事だと思う。もし【幻聴】を全て押さえてしまったら、彼女の居場所が無くなる。だから適度に付き合っていく事が肝心なのだ。もう一人の私は私より遥かに有能である。もしかしたら私が【幻聴】でもう一人の私が【本物】なのかも知れない。

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