十三夜

 パチパチとキーボードを叩く音が聞こえる。私のしている仕事だ。基本的に入力作業が多いため、無言の仕事となる。でもそれが悪い訳じゃ無い。問題なのは私の能力。半身不随の人と同じ仕事量しかこなせないなんてどういう事だろう? 与えられた道具は一緒なのに、この差は何? 半身不随なのだから、私より出来なくて当然なのに、私と同じ仕事量をこなす。しかも休憩をしっかりとって、だ。つまり私は無能。役立たず。死ぬべき人。こんな人間が生きているなんて恥以外の何者でも無い。どうして生きているのだろう? 私は殺されてもおかしくない人間だ。私より不自由なのに、私と同じ位の仕事をしている。つまり効率の良い仕事をしているという事だ。私は非効率。無生産。無価値。給料明細がおかしくてピーピーと、一人前に騒ぐバカ。恥ずかしい人間である。私は生きていくのには向いていないのかも知れない。どうしてこんな事になってしまったのだろう。今日は誰かのミスを直してから自分の仕事に入った。この時点では半身不随の人より。多く登録していた。それがいつの間にか逆転して、同じ数になって仕事が終わった。タダ働きさせるべきだと思った。私は人間失格。生きていくのは恥なのです。親にも迷惑かけているし、死ぬべきだと思う。生きていてごめんなさい。私は生きた恥です。せめてこの【幻覚】と【妄想】さえ止まってくれれば、少しはマシになるのに……。【幻聴】はもう一人の私なので、必要だ。私と語らう時間が一番大切。反省会を毎日しないと明日に繋がらない。明日は20本以上やる事を目標にしよう。休憩は棄てる。もし休憩しろと言われたら、周りから遅れているからやるとハッキリ断ろう。私は無能。少しでも多く仕事をしないといけない人間。だから休憩時間なんてモノは要らないのです。もしそれでも言われたら、多く登録するのが目標と言おう。目標に到達出来ていないからやる、と。そしてこうも言おう。自分は無能だから少しでも多く商品登録をしないと価値が無いのだ、と。そこまで言って止める人間は職員位だろう。職員に止められたら、仕方ないから止める。私の集中力が切れるから午後の休憩はしたくない。ずっと仕事をしていたいのだ。ずっと暇な仕事なので、メリハリを付けたい。午前と午後の2つに時間を区切って午後休憩は要らない事にしたいのだ。それを周りは休憩しろと言う。おかしな話だ。休憩したら能力が落ちるのに、休憩させるなんて……。休憩させない方が会社のためになるでは無いか。家に帰ったら自己嫌悪で死にそうになるのだから、それ位赦してくれたっていいのに。

……ああ、そうか。

苦しむ姿が見たいのか。苦しんでもがく様子が見たいのか。死にそうになって這いつくばっている私をみたいのか。無能な私を見て嗤いたいのか。それしか考えられない。私は赦されない子供なのだから。

『明日が楽しみだね』

 クスクスと【幻聴】が嗤う。いつもこういう時は楽しそうにしている。私の苦労も知らないで。でもそれが私の本当の望みなのかも知れない。休憩を取らず、周りに流される事無く淡々とこなす人間になりたいのかも知れない……。それを職員に言ったらどうなるのだろう? アシスメントが楽しみである。休憩を取りなさいと言われそうだ。その時に言おう。自分は無能で役立たずなのだと。そういう【妄想】が頭の中に蔓延っていて、私を開放してくれないのだ、と。薬を増やすとまたオカシクなるから、増やす事が出来ないのだと。現状維持で自分との闘いなのだ、と。もしこれで自分に負けたら入院になるかも知れないが、それは出来ない、と。そう言えば休憩無しにしてくれるだろう。疲れたと思った時に休憩して構わないと言ってくれるだろう。……もうたくさんなのだ。無能扱いは。誰かのミスの尻ぬぐいをしているとはいえ、私は少なくとも20本は登録したいのだ。そして登録作業を終えて、次のステップに進みたいのだ。

 次のステップとは、ウェブデザイン。本来ならそちらをやりたかったのだが、何故かやらせてくれなかった。酷い話だ、と言いたい処だが、無能な私がウェブデザインなど出来る訳が無いのだ。今の仕事ですらままならないというのに……。大体誤字が多すぎる。この日記を書いている時でさえ誤字が多い。だからこまめに変換をしてダメージを防いでいるが防ぎきれていない。ただ誤字だらけのエッセイになっている。愚かだ。生きている事さえ罪なのだ。少しは世のため人のためになる事をして生きていかなければならないのに……どうしても上手くいかない。何が毎日5000文字を書くだ。1日たりとも到達した事が無いじゃないか。それを目標とは言わない。ただの自慢。私にはこれだけの力があるのだというエゴ。私にはそれが腹立たしくてならない。一体何がしたいのか? よく分からない。私は死ぬべき人間なのに何かを残して逝こうなんて考えは浅はかだ。私はどうして足掻くのだろうか? 生きている事さえ申し訳無いのに、どうして私は生きる事を止めないのだろう?

 疑問が疑問を呼び、彷徨う。答えの無い問いなど最初から無駄である。それなのに思案してしまうのは一体どうした事だろうか。私には分からない。でも分かる事が一つだけある。私はこんなにみじめな思いをしてまで足掻いて生きたいのだ。それを悟った時、自分自身に絶望した。どうしてまだ足掻くのだろう? 私には何の取柄も無い人間なのに。下等生物というのが相応しい存在だ。周りは過大評価し過ぎている。私には何の力も備わっていない。ただの屑だ。屑は屑でもゴミ屑だ。燃やす価値さえないゴミ。生きている事すら感謝しなければならないのに、それを怠るとは……なんて無能な人間なのだろう。私が完璧な人間だったのなら。きっとこんな作品は生まれなかったし、もっと明るい話を書いている。私が無能だからこそそれに相応しい作品を綴っているだけだ。

 世の中には価値の無い人間は存在しないと言うが、私を見てもそんな事が言えるのだろうか? 私程のゴミ屑を見ていないからそんな事が言えるのだ。全く、世の中が上手く回っているのはゴミ屑が淘汰されるべき存在で一致団結して駆逐に当たっているから世の中が上手く回っているのである。でもそれも終わり。私が死ねば少しは駆逐も楽になるだろう。会いたい人がいるけど、もう会えないだろう。そんな気がしてならない。会いたい……ずっと思っていた。酷く懐かしく優しい思い出をくれた人。寒さの中、温もりをくれた人。暖かな日差しのような人。会いたい。会って抱きしめたい。その弱弱しい肩を抱きしめたい。そういう人がいる。会いたいけど会えない人。ただその人が生み出す作品は幻想的で私を惑わす。お金を払ってでも欲しい作品を生み出す。素敵な人。優しい人。きっと私の中で永遠に忘れる事の出来ない人だろう。もう一度会えたなら。私は少しは楽になるのだろうか……?

 もしもこの世に神がいるなら何故引き離したりした? 残酷ではないか。ずっといたかった人にいる事は叶わず、代わりに束縛系の男が来た。逆ギレ、暴言、無知な男だ。理解も何も無い。過去に出会った人間と比べ、私を卑下する男。私はその男が回りにうろつくだけで腹が立つ。しかし役に立つから傍に置いている。道具に過ぎない。あの優しい光に比べれば、ただのミジンコである。いや、ミジンコに失礼かも知れない……。私はただ、あの光にもう一度会いたいだけ。男が邪魔をしなければ、私はずっと傍にいられたのに。光と闇なのだ。互いが互いを惹きつけ合い傷つけ合い、ハリネズミの恋なのだ。この距離が丁度良い。会いたいけど会えない。会ってはならない。そんな関係。優しい光なのだ。私には勿体ないと思う。向こうも同じ事を考えている。だから会いたいけど会わない。ハリネズミは互いの針で刺し合ってしまったら、恋は終わってしまうから。好きだよ。本当に心の底から。でも無能な私には勿体ないのだ。だから会いたくても会えない。会いたい。そう願いながら、会う事など叶わないのだ。

 さて、昔話が過ぎた。今日の仕事は全く出来なかった。【幻聴】すら聞こえない位酷い【妄想】に憑りつかれていた。私は最初何が何だか分からず、助けを求めたが、もう一人の私は最後まで出て来てくれなかった。ずっと残酷に、私の叫び声を無視し続けたのだ。今日は何が悪かったのか。反省会をしたくても、未だに出て来てくれない。私を無視し続ける。多分、何かの予兆があったのだろう。それを無視してしまったために、私とコンタクトが取れないのだろう。【幻聴】が聞こえない日は大抵私が悪い。聞こえなくなる予兆があるのにも関わらず、聞こえないフリをするか、全く気付かないか。今回は後者だった。懐かしい人と連絡を取って浮かれていたのが原因だ。私が悪い。思い出は思い出のままにしておくべきだった。今は無能な私を雇ってくれている会社に貢献する事が生きる術なのに、それを無視している。私はなんて愚かな人間なのだろう。やはり死ぬべきか? ……いや、死ぬ事すら厚かましい存在かも知れない。ただ永遠に苦しみ続け、やがて訪れる自然死に向けて生きていくしか無いのだろう。それが私の生きる道。苦しむ事だけしかゆるされない、私だけの生きる道。永劫苦しめば良い。私にお似合いの道だ。茨で出来た残酷な道。そこを血塗れになって歩くのが私なのだ。今日は私自ら私を罰しよう。何が良いかな……。何が私を苦しめる? 何が私に相応しい罰だ?

 考えて考えて考えて。答えは出てこないまま、時ばかりが過ぎていく。

 ……ああ、そうか。私に相応しい罰があるじゃないか。このまま残酷な人間になれば良いのだ。無能で冷酷で冷たい私。誰からも好かれない、最期は孤独死するような私になれば良い。そうすれば少しは自分をみじめな思いにさせる事が出来る。自分を苦しめる事が一番理想なのだ。食事も簡単なモノに済ませよう。そうすれば栄養失調になり、犬と離れ離れになる。そうすれば私は自分で自分の命を絶つだろう。そして地獄の底で詫びれば良い。生きていた事、もう二度と生まれ変われないように生きる事。私は一人になる。きっと冷酷な人間になれるだろう。私は男を利用してその罪で地獄へ落ちる。セフレもいるんだから、簡単に地獄に堕ちるだろう。そしてみじめな思いをしながら生き地獄を味わうのだ。

 それが私に用意された道。最高ではないか。私を罰するには相応しい罰である。このまま苦しみ続ければ良いのだ。そして敵も適度に作りながら、私は私を罰していく。苦しみ辛いと思いながら……。私は二度と日の光を見ない人間になろう。あの優しい光に届かない、イカロスの翼のようにただ地獄へと堕ちていくだけなのだ。イカロスは太陽に恋をしたから太陽に近づこうとしたのかも知れない。それは物語に語られてはいない話だけど、そんな気がする……。蝋の翼で飛ぼうなんてどうして考えたのだろう? 私なら紙の翼で飛びたい。あの優しい光には蝋は冷た過ぎる。紙で燃え尽きて、地に堕ちれば良い。そうやって地獄へと堕ちていくのだ。

 今日は【幻聴】がいないから、思い出話を深く沢山話し過ぎた。もう語るのは止めよう。ただ恋しくなるだけだから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る