十二夜

 私は無能だ。デブだ。金も無い。昔は貯金があったが、男に喰いつくされた。返済するとは言っているけど、信用に値しない。嘘を平気で付く。途中で誤魔化す。挙句、逆ギレ。一体、私の人生はどうなっているのだろうか? 男に金を喰いつくされる人生だったのだろうか……。【幻聴】は私を嘲笑う。そらみた事かと。人間なんて生き物を信用するから悪いのだと。人間は裏切る。だから信じるな、と。そうかと私が応えると【幻聴】は私に従っていれば間違いは起きないと言う。実際、間違いは起きていない。起きているとするなら、正しい道のみだ。私はどうしてこんな無能に育ってしまったのだろう。向かいは秀才だった。それが落ちぶれて凡人以下になった。ああ、私はどうして生きているのだろう。血税を喰らっている能無しなのに……。死んでしまった方が良いだろうか? 私の贅肉は血税で出来ている。少しダイエットしなければならないのに48キロから全く減る気配が無い。46キロ位になれば少しは血税を節約していると見えるのだが……時折の贅沢がいけないのか? もう少しダイエットを続けるべきか?

『お前はもっと痩せるべき。こんな贅肉だらけだったら、皆顔を背けるよ』

「そうだよね……」

『痩せなきゃ。食事を摂る金は税金で出来ているんだから、少しは痩せないと。最低限の化粧品は仕方ないとして、食費は削ろうと思えば削れるんだから。少しダイエットする自覚を持ちなさい』

「はい……」

 私はもう一人の私に勝てない。いつからいたのか分からないけど、私の中に住み着いていたのは確かだ。でもいつも正しい助言をしてくれる。太っている時は痩せろと命じてダイエットに成功した。でも今は停滞中で中々体重が減らないのが悔しい処だが……。あとは食事制限。炭水化物を減らしていくのは正しかった。私はそのお陰で痩せる事が出来たのだから。【幻聴】はいつも正しい。無能と言われれば確かにそうだし、無理して仕事に打ち込む事も出来る。周りはやりすぎだと言うが、それは建前。信じていない。私は無能だから無能である事を気付かせない様にするための方便に過ぎない。でも知っている。私を無能と周りが思っている事に。だからそんなウソは通じない。私は無能で役立たず。だから少しでも多く仕事をこなさなければならない。休憩時間はお昼休みだけで良い。途中の15分休憩は私には必要無い。休憩を取ってしまったら、集中力が切れてしまう。集中力が切れてしまえば、残りの30分労働が出来なくなる。それは避けたい。だから休憩など必要無いのだ。私には休憩するだけの身分は無い。無能な人間には休憩など必要無いのだ。本来なら、昼休みもご飯を食べたらすぐ働くくらいの勢いで無いといけない。それ位私は無能なのだ。知っているからこそ、周りの評価が過大評価である事が分かる。だから惑わされない。知っているから。周りが私の事をなんて言っているかなんて……。正直悲しいけれど、悪い風にしか捉えていない。そんな言葉は職員の耳に入らないから【妄想】だと言うけれど、これは現実に起こっている事なのだ。私は現実を背けない。私はもう一人の私の言葉を信じる。そして生きていく……。最近薬の量が増えないから【幻聴】がよく聞こえる。医者にそう話したら、犬と一緒の生活で乗り切ろうと言われた。犬はドックセラピーになっている事を医者は気付いている。だから薬を無暗に増やそうとしない。良い先生に巡り合えたものだ。私は恵まれている。だからこそ、自分を律しなければならないのだ。一日700円で生きていくのも自分を律するためだ。余計な買い物はしない。私に必要最低限の食事を与えれば良いのだ。仕事が出来ないのに給料を貰っている身分としては相応しい道だろう。本来なら1日500円でも良いが、栄養失調になったので止めた。そこで医者にかかったら律している意味が無くなる。私は無能だ。でもそれ位の判断力はある。私は必要最低限の食費で治療は最高の薬を。もちろんジェネリックにする事は忘れない。私の飲んでいる薬はジェネリックとジェネリックが無い薬で構成されている。140円位しか差が無いとは言え、大切な血税。1円も無駄には出来ない。風邪薬もジェネリックにしている。後はジェネリックにならないモノは泣く泣く支払っているが……。なるべく風邪を引かない様に、手洗いうがいはしっかりしている。これでも風邪の予防にはなるから、石鹸は牛乳石鹸にしている。下手な石鹸より安いし、さっぱりタイプとしっとりタイプが選べる。私はそれを教えてくれた人に感謝しつつ、使っている。全く私は恵まれすぎだ。どうしてこんなに恵まれているのだろう? 血税で生きている身分としては分不相応である。いっその事死んでしまおうかと考える事もある。そうしなければ自分が赦せない瞬間がある。仕事がもっとあればもっとやると言うのに……。商品登録の仕事を休憩時間無しでなら27本は出来る。休憩するから23本しか登録出来ないのだ。この4本の差は大きい。もっと早く仕事をこなさなければ。無能のレッテルは解消されない。私は五体満足なのだから、半身不随の人の倍だけでは物足りないのだ。

 もっと多く、もっと早く。

 これが私に課せられた使命であり、仕事だ。それが出来なければ人間失格でも良い位。あとは本を読んで知識と知恵を増やし、朝礼の挨拶に捻りを入れる事。それが出来なければ仕事は完璧とは言えない。私には課せられた仕事が多くある。それにもたついていたら無能のレッテルを張られるのは当たり前だ。私は少しでも多くの仕事をこなし、有能になりたい。だから出勤率も100%を目指している。まずは出勤を確実にしなければ。そして仕事をこなし、有能である事を認めさせなければいけない。

「どうすれば有能になれるか……。それが問題だね」

『そうだね。お前は無能だから、有能のフリをするだけでもかなりの労力が要る。全くとんでもない愚か者だよ。お前は』

 はぁと【幻聴】が溜息を零す。当然だ。前の会社では【給料泥棒】さえ言わしめた無能なのだ。今の職場で突然有能になるはずが無い。無能が有能のフリをしているのが上手くなっただけだ。【給料泥棒】をしているのは変わらない。私は出来るフリをしているだけなのだから。23本しか登録が出来ていないのに、他の人と平等に給料を貰っているのはおかしい。だから私は【給料泥棒】なのだ。

「頭の痛い問題だね……。お腹は空くのに給料は増えない。年金は減る。だから食費を減らしているのに、自称彼氏は文句を言う」

『自称だから適当な事が言えるのさ。別にセフレの家の隣に住んだって良いのに、あいつは分かれて金も返さないとか言うし。全く、男心はよく分からない』

「言えてる。あいつが彼氏らしい事をした? してないよね? 週1回銭湯に連れて行く位しかしていない。それならセフレの方がまだ彼氏らしい事をしている」

『ご飯作ってくれたり、SEXしてくれたりね。ダイエットに貢献している。時々ロキソニンもくれるし、有難いよ』

 うんうんと私は頷く。実際、役に立っているのはセフレの方である。男は適当に彼氏面しているめんどくさい男だ。別れたら金を返さないと脅し、私を縛り付ける。私は自由に生きたいだけなのに……1日700円の食費にさえ、文句を言うのが腹立たしい。700円あれば外食しなければ、十分に生きていける。下手をすればファミレス1回分の食費にはなるのだ。それを理解しないのが、頭の痛い問題である。もっとも食料を持ってくるのは有難いので、美味しくご馳走にはなっているけど……。

「あ」

『どうした?』

「足りない給料どうしよう……?」

 そう、私達は深刻な問題を抱えている。給料が1日分足りないのだ。給与明細をしっかり見ておけば良かったのだが、月の給与額に不満を持った私は改めて計算してみた。すると1日休日扱いになっていたのだ。出勤しても使えない人間が給料を叫ぶのはおかしな話だが、一応、上司に問い合わせた。どうやら間違いらしい。来月多く振り込むとは言っているが、それもどうか……。改めて確認する必要がある。もし間違いでなければ、私は給料の采配を1から計算しなおす必要がある。最悪、食費を削る可能性だってある。致命的なミスだ。これだから無能は……何をしても無駄が出る。【幻聴】も溜息を吐きながら、全くと言の葉を綴る。

『最初に気づけよ。堂々と休みって書いてあったでしょうが』

「ごめんなさい……」

『それとも何? タダ働きしても良いって思っている訳?』

「そんな事は無い‼ ちゃんと出勤した分は貰う‼」

『だったらなんで給与明細を確認しないの? 源泉徴収ばかり見て。独身なんだから大して取られないというのに……』

「ごめんなさい……」

『今すぐ確認の電話しな。ホントにタダ働きになるよ』

 言われた通り電話に飛びつき、給料を確認する。職員は今すぐ確認は出来ないが、すぐに確認するという。めんどくさそうな声音だったのは、すぐに私が異論を唱えなかったせいだろう。周りに迷惑をかけてまで、私はお金が欲しいのだ。そうしないと死んでしまう。3千円の賃金だが、それは私にとって数日分の食費に匹敵する。食費がなければ生きてはいけない。いや、食べないという選択肢もあるだろう。どうせ昼は当たるのだ。食後のコーヒーさえ止めれば、お金は多少浮く。そうすれば食費は何とか賄えるだろう。自称彼氏は簡単にお金を下ろせと言うが、そう簡単にいかない。私にとってあの貯金は両親や犬にもしもの事があった時に使う大事な予備費だ。それに手を付けてしまったら、いざという時が困る。自称彼氏はそれを理解しない。元から大金持ちだった訳じゃないんだから、少しでも多く貯金しないと犬2匹は看取れない。安楽死なんてもっての外だ。自然に死なせてやりたい。最期は薬も注射も無くなるだろうけど、せめて途中までの治療は何とかしてやりたい。それが飼い主としての使命ではなかろうか? 自称彼氏は犬がいないから簡単に金を下ろせと口にする。それは財産を減らす事に繋がるのだ。生活保護では犬の保証はされない。人間の保証だけだ。だからせめて自分が犬を護らなくてはいけないのだ。殺処分されかけた命を救ったのに、長生き出来ないなんて悲し過ぎる。ガンや白血病は仕方ないが、ヘルニア位は何とかしてやりたいと思う。歩けなくなる辛さは私も体験済みだ。その時、周りの人の優しさが身に染みたが、犬に向ける人はバラバラだ。ましてや高額な医療費。可哀想と口にする事はあっても、治療費を出してくれる人はいないだろう。だからせめて天寿を全うさせるだけの金が欲しいのだ。ギャンブルで一発当てたい処だが、生憎私にはギャンブルの女神は微笑まない。だから地道に貯めて、少しでも多く金を残すのだ。私の体調管理は考えている。ちゃんと食物繊維は摂っているし、ご飯も食べている。今晩はラーメンサラダにしようかと思案中だ。本当に自分の事を顧みないのなら、毎日カップラーメンでも良い。その方が安く済む。1日200円で生活が出来る。コーヒーを諦めれば、もっと節約出来る。それをしないのは自分の体を心配しての事。悪いが自称彼氏が考えている以上に私は考えている。セフレの隣に引っ越したいが、そうすると別れる、金は返さないと自称彼氏が喚くから、引っ越す事が出来ない。ワガママな奴に金を貸してしまったと後悔しているが、そういう男だとは知らなかったのだ。次の月に必ず返すという言葉に騙された私が悪いのかも知れないが……。15万貰っているのに月に1万しか返せないというのは、一体どういう事だろう? しかもスキーに遊びに行く余力もある。それなら2~3万返せるはずでは無いのか? ああ、あれか。見栄という奴か。全く器の小さい男である。

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