八夜

『この愚か者‼ あれだけ喰うなと言ったのに、喰いやがって……‼」

「ごめんなさい……」

『ごめんなさいは聞き飽きた。もう知らぬ‼』

「見捨てないで……。今日は何も食べないから‼」

『当たり前だ。これ以上何か喰ったら、太るに決まっている』

 冷たく言い放つ【幻聴】に必死に食い下がる私。今日の【幻聴】は機嫌が悪い。男の母親の言葉を思い出したのだろう。結婚して息子の面倒見て……この言葉は腹立たしいモノだった。私がいつ結婚を申し込んだ? 車の事で手一杯の男と結婚したら地獄が待っているのが必定。男は結婚を求めるが、私は断り続ける。車にのめり込んでいる男に、結婚するなどという愚かな行為はしたくない。男は車が無いと働けない処で働いている。車が無くなれば職を失う。ハッキリ言って危険行為だ。だから作業所で働いていれば良かったのに、車の免許を取って、その金も私が出したのだが……あちこち乗り回している。正直会社以外に使って欲しくない。私のために使うのは当然である。利子というモノだろう。それをその母親に言ったら、なんて言うだろうな……。少し邪心が動く。あの女は嫌いだ。押し入れを改造しただけの空間を仏間と呼び、あまつさえ旅行のお土産をせびって来る。金の亡者だ。こんな女とはさっさと縁を切りたいが、男と縁を切れない以上、付いて回って来るのだろう。全く、ふざけた話だ。私が何をしたと言うのだ? 善意でお金を貸して返って来ているのはしっぺ返しだけだ。指輪なんて要らない。1円でも良いから、早く借金を返して欲しい。それが本音である。何せ借金の額が膨大だ。犬がいるのに手作りチョコを欲しがったり、旅行に行きたがったり……夢を見て、現実を見ていない。そんな男に嫁ぐなどゴメンだ。それなのにあの女は嫁いだ気になっている。全く迷惑な話だ。どうしたらそんな脳になるのだろう? 私が何をした? 私は距離を取りたいのに、向こうから近づいてくる。気持ちが悪い。早く男と離れたい。代わりの男が見つからないか、真剣に検討している処だ。あの男の稼ぎでは生きていけないし、結婚して共働きしても浪費癖は治らないだろう。だからこそ、あの男とは縁を切りたい。シャンプーしてくれる処も近場で見つけたし、あとは離れるだけである。ペアリングが欲しい? 何寝ぼけた事を言っている。お前に課せられた使命は少しでも多く借金を返す事にある。指輪を買う金があるなら、借金を返して欲しい、それを言ったら、夢が無いとかほざいた。【幻聴】も私も呆れた。最もな意見を言って夢が無いと言われた。夢で喰っていける程、現実は甘く無い。ましてや定期預金を崩して貸した金だ。返して貰わなければ困る。定期預金が組めないじゃないか。せめてあと30万は一括で返して欲しい処ではある。それを車がどうとかで犬の餌も削られて、途方に暮れている。借金の事を話してやろうかと思う瞬間もある。しかしそうしたら返さないという事を言っているから、我慢してやっている気持ちが分からないのか? 私の方が偉いんだぞ? それを甘く見て貰っては困る。少し勘違いしているようだが、借金をした以上、主従関係が生まれるのは道理。私が主だ。男は素直に借金を返していくしか無いのだ。それをあーだこーだと言って延期しようものなら、私は即電話を入れよう。私には慈悲の心は無い。悪魔に魂を売り渡した悪魔だ。簡単にお金は貸すなという教訓を貰った代わりに、待っているのだ。有難く思って貰わなければ、困る。私のダイエットにも口出しするな。お前は利子を払い続け、金を返し続け、奴隷のように生きれば良いのだ。それが嫌なら、さっさと金を返せ。100万以上金を借りているのはお前位だ。あとの人はちゃんと返している。それとも踏み倒す気か? それで結婚? 片腹痛いわ。


 今日は頭が働かなかった。

 増えていく体重。死へのカウントダウン。私はもう何も食べない。ダイエットする。昼しか個体は食べない。46キロになるまでそうやって生きてやる。私は他の人と違っているのなら食生活も違っていて当然だろう。私は孤独だ。血の繋がった家族が生きていても孤独だ。私の行動を理解して貰えない。私はただ、私の居場所が欲しかっただけ。今の家ではそれは叶わないから、一人暮らしをしている。独りで良いのだ。私はもう巣立ちをする年なのだから。物資をくれるだけ有難いと思っている。だけど犬を貶すのは止めてくれ。犬に罪は無いのだから……。あの男が置いて行った犬を私が預かっているのが気に喰わないらしい。でも私は2匹がいてくれて幸せだ。血の繋がった家族では得られない安心感を得ている。私は生きている。呼吸している。それを分からせてくれる。尊い存在。綺麗な瞳で見つめてくるその視線は何を訴えているのだろう? 美しく洗練された瞳。人間の瞳なんかよりずっと素敵な存在だ。

『おいデブ。明日は調子に乗るなよ』

「うん……」

 明日は10年ぶりに友達に会いに行く。少し豪華なレストランで食事をする予定だ。食べ過ぎない様にしないと……。でも良いよね、明日位……。これから痩せていくために固形物は食べないのだから……。人に誘われない限り、私は何も食べない。液体だけで過ごす。それが私が私に与えた罰。49キロまで肥えた私の罰。50目前のデブなんてデブの中のデブでしか無い。もっと痩せたい。ガリガリになりたい。痩せたい。それが死に直結したとしても。私には能力が無いから、痩せるしか無いのだ。痩せてガリガリになって、妊婦に間違われない様にしないといけないのだ。あとは本を読んで、知識を深める。知識を知恵に変えられてこそ、本が役に立つというもの。私は頑張らなければならない。誰よりも努力して痩せて46キロにならないといけないのだ。そして誰よりも仕事が出来ないといけない。今日みたいな鈍間では仕事が間に合わない。もっとテキパキとやらなければならないのだ。客の目に留まる商品登録は必須。客の目に長く留まらせるには、商品が長く出品されていなければならない。そのための登録をしているのだ。私は誰よりも登録を多くこなし、人の役に立たないといけない。それが私の使命。私の生きる存在理由。もし働けなくなったら【給料泥棒】として世間の目に晒される。そしてまた追い出されるのだ。二度と戻る事は赦されない、孤独と貧乏の世界へ……。それに耐えられる自信は無い。きっと首を吊って死ぬだろう。私に生きていく価値など無いのだ。私は本来死ぬべき人間。生きている事に感謝しなければならないのだ。世間から爪はじきに遭って、それでも生きていける場所があるのは奇跡に近い。良かった……。私にはまだ生きる術が残されている。あとは無駄遣いをしないでお金を貯めて、番犬の治療費に宛てる。万が一病気になっても薬代を払えるように……。ガンは諦めて死んでもらう。白血病も然り。心臓病は薬で何とかなるのなら、何とかする。諦めたりしない。心臓が弱い犬種なのは知っているから。調べてそうだって知った時はショックだったけど。ヘルニアよりもショックだったけど、仕方ない。そういう

運命を背負って生きているのだ。私が出来る限りのサポートをしよう。守ってあげる。大切な命。愛している命。【幻覚】から救ってくれている大切な生き物。私の生きる全て。

『おい、聞いている?』

「何?」

『チーズはカロリーが高いから根野菜と一緒に食べるの禁止。あと、トマトも出来るだけ避ける事』

「分かった」

『それが出来ないのなら、酒は控えめにする事。いい? 絶対あの男に頼ったらダメだから』

「うん」

 あの男は迎えに行かないと言った。だったら、適当な男を引っかけて寝ると言ってやろう。どんな反応を示すかな……? 楽しみで仕方ないよ。自称恋人の男。車で迎えに行かない、ケチな男。理由は疲れるから。あそ。私はやっぱりお飾りなんだ。それで結婚したいとのたまうのはどうかと思う。同棲ももうしたくない。だって水道料金がかかるんだもん。洗濯物を貯めすぎ。それすら気づかない男と同棲するなんて考えるだけでもゾッとする。私は生きていくのが辛い。でも犬がいるから頑張れる。男のためでは無い。全ては犬のためである。今月の電気代が先月より安かったので安心した。お陰でガス代を補う事が出来そうだ。


同窓会は無事に終わったが私より痩せた人がいた。35キロ。なんと羨ましい体重だろう。ガリガリになれたに違いない。羨ましい。それに比べて私はどうだ? 49キロまで体重が増えてしまった。夜液体生活をしないからこうなったんだ。反省。もう固体は食べない。痩せるためなら努力を惜しまない。もっと痩せてやる。ガリガリになって生理が止まって、そうすればいつでも温泉に入れる。良い事尽くしじゃないか。将来なんて気にしない。骨粗しょう症になっても女性はいずれなる病気だから今から気にしていても仕方ない。もっと痩せたい。食べる事に執着したくないのに体が食べる事を訴える。食費を減らして自動的に食事量を減らすか……。セフレの家で飯を食えば、土日は凌げる。ただ麦飯でもご飯はご飯だから、金曜日は行かない様にしよう。金曜日はスープカレーを食べさせられるから。SEXをする事に関しては何の問題も無い。男が忙しい忙しいと言ってSEXしてくれないから、セフレに頼る。それだけの事だ。誰でも良いのだ。性病さえ持っていなければ。性病を移されるのが一番嫌だが、男もセフレもゴムをしてくれるから、助かっている。マナーは一応あるらしい。セフレになってから、男の甘え方が変わった。堂々としている。前に彼女がいたからコソコソしていたが、スッパリ別れたらしいので、フリーだから堂々としているのだろう。私にとっては幸いである。飯も食えて、SEXで運動も出来て……こんな幸福者で良いのだろうか? デブである事実は否めないが、平日液体暮らしをしていれば、痩せていくだろう。今は筋肉が付いてきているから、体重が増えているのもある。だがそんなに筋肉は要らない。脂肪……特に内臓脂肪の数値が高いのが気になる。前は1.0だったのに今では2.0もある。これはデブとしか言い様が無い。どうして内臓脂肪が増えてしまったのか……。原因はパンを食べるようになったからだろう。朝御飯をちゃんと食べるようになったから、体が太る道を選び始めている。それは困る。豆乳で低糖質になってもパンを食べたらオシマイである。どうしようか? いっその事握り飯一つ買って食べた方が良いのだろうか……? 炭水化物は敵だからそれは避けたい。しかしこれ以上内臓脂肪が増えてしまってはデブ以外の何者でもない。早く46キロにならなければ。【幻聴】も中々減らない体重にイライラしているようだ。デブという言葉を頻繁に使うようになったし、太るなら死ねとまで言って来た。

 死ぬしか無いのか? 私みたいなデブは生きていたってなんの意味も成さない。ただ血税を貪り喰って、のうのうと生きている隠居婆だ。早く痩せたい。それだけが望み。そのためなら色んな男と寝るし、ダイエット食品にだって手を伸ばす。低糖質の豆乳を飲むのは朝と夜にしよう。後は休日は特別にセフレの家で酒と共に飯を喰う。そうすればプラマイゼロになって、体重増加は避けられるしストレスにもならない。逆に痩せるかも知れないから、嬉しいし、楽しみである。ただセフレはSEXのやり方が独特だから付いていけないのが厄介だが……。ダイエット中という事で蒸留酒を飲ませて貰おう。あれは美味しい。すぐ酔えるし一石二鳥の魔法の酒である。35キロまで痩せた友人を見て、羨ましいと妬む前に努力が足りない事を反省しよう。痩せてガリガリになるのが夢なのだから、その夢を叶えるために続けるためのノウハウが書かれた本も借りて来たのだ。これは勉強になる。精神科医が止めておけと書いてあった作家の本を読んだが、何のためにもならない。嫌われるのは諦めろ、仕事は断れ。仕事は選べ。仕事を選んでいたら、動く事が少なくなる。動かなくなったら、デブの道まっしぐらだ。読むだけ時間の無駄かも知れないが、こんな愚か者もいるのだと思い、読破してみようと思う。幸いあと半分で読み切る。洗脳本だから何度も同じ事を書いているから、サクサクと読みやすい、ただ前振りが長かった。それが頂けない。時間の無駄だ。でもそれ以外は参考になりそうだ。デブと言われた時にメンタルの強さがあれば、もっと痩せてやるというバネになる。世の中、どこで役に立つ本に巡り合うか分からないものである。

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