六夜

『この、愚か者があああああああ』

 耳に響く怒声。理由は分かっている。私が何の考えも無しに食べ物を買い漁り、貪り食ったからだ。これでは太る太らないの話では無い。電気代やペットの餌代が払えなくなってしまう。犬を殺す気か、と問いたいのだろう。電気の無い生活が出来るのかと言いたいのだろう。それはどっちもノーだ。だけど体が勝手に動いてしまった。まるで魔法にかかったかのように……。

「ごめんなさい……。もう食べないから……」

『当たり前だ‼ どれだけの犠牲を払ったと思っているの⁉ これ以上食費が嵩んだら、その他の生活が全く出来なくなるんだからね⁉』

 明日は薬が安くなる。明日はタピオカが安くなる。あちこち買いに走らないといけないのに、私は何をやっているのだろう。本だって返さなくちゃならないのに。まるで食べる亡者だ。餓鬼だ。鬼だ。私は狂ってしまったのだろうか……? いや、とっくの昔に狂っている。毒を飲み始めてから、ボランティアの道が断たれてから……ずっとずっと前に。私は献血でボランティアをしていた。私の血で人の命が助かるなら、この上ない喜びである。私の血は多くの人が求めている。だから助けてあげようという気になる。でも体重が軽くなり、その野望も断たれた。そのために太ろうとは思わない。だってまた太ったら、服が着られなくなる。それだけは避けたい。嗚呼、誰かの役に立ちたい。いっその事、ボランティアを探してみようか? きっと献血以外の救いを求めている人がいるはずだ。私がボランティアをやりたいと思うようになったのは、ある人の影響だ。その人は志が高く、ピエロになると言っていた。その人は自分を偽ってでも人を笑顔にさせたいという事だと、私は感じた。それは並大抵の事では無い。だから素直にカッコイイと思ったし、尊敬した。今も尊敬している。私の恩師。人生を変えてくれた人。その人に近づきたいから少しでも誰かに優しくなれたら良いと思えるようになったから【ありがとう】と【ごめんなさい】は素直に言おうと思った。そして礼状もマメに書こうと思い始めた。本でも礼状は貰って嫌だと思う事は無いと書かれていたし、嫌なら捨ててしまえば良いから、困らないと思う。サンキューカードという面白いものもあるらしいので後で見てみようと思う。私は少しだけ前向きになれた。

 その理由はただ1つ。仕事が順調なのだ。今日も30本近く登録をして、職員を驚かせた。私は何が悪かったのかが良く分かった。午前中も午後もスタートダッシュが遅い。だからノリの良い曲を予めセットして起き、朝礼が終わり次第、すぐに登録にとりかかる。それだけでも2,3本多く登録が出来るようになった。午後は時間を見つつ選曲し、気分転換をしながら登録作業にとりかかる。午前で大分集中力が持って行かれているので、登録本数は少なくなるが、その分午前中に補っているので問題無い。それが職員を驚かせる秘訣。私が編み出した私なりの仕事だ。このお陰で段ボール1箱位は1人でやっつけた計算になるらしい。職員さんも面白がってノルマを課していくが、私は負けない。それに応えて私生活も円満にしてやる。本はハードカバーの本から新書の大きさに変えた。そっちの方が実のなる情報が詰まっていると書いてあった本を読んでなるほどと思った。だから毎月1冊は新書を買ってみようかと思う。そのためにはある程度の情報が必要なので、図書館で新書を読み漁る。残念ながら新書のコーナーの多い中央図書館は工事中なので、小さい図書館の小さなコーナーで我慢している。それでも中々面白い。ボランティアの情報はインターネットで探せば良いが、ビジネス書は本に限る。

「私に出来るボランティアは無いか……」

 献血センターに電話かけたら一生献血出来ない体だと言われた。過去2回体調不良を訴えたからだそうだ。だから献血出来ない。せっかく減薬して体調が回復してきたのに……。いつか体調が何度悪くなっても献血出来る日が来るだろう。何せ人口は減っているのだから。後のボランティアは怪しいものだ。だから今日は本を読んで自分を高めたいと思う。それ位しか出来る事が無い。私はやっぱり血税を無駄に喰う悪魔なのだろう。社会貢献も出来ないなんて……。【幻聴】は呆れているのか声がしない。きっと呆れている。能無しの愚図で社会貢献も出来ない人間が、生きているのが不思議でならないのだろう。社会貢献出来ない人間が出来るのは、休まないで会社に行く事だ。そして誰よりも仕事をして社会貢献するしか無い。私はなんて愚かな人間なのだろう。死ぬべきだ。こうした休みの日は惰性を貪るしか無いのか? 分からないけどそうするしかないのだろう。私は生きている価値なんて全く無い人間なのかも知れない。いや、生きる価値なんて無い。どうして献血すら出来ない人間がボランティアに手を出そうとしているのだろう。もう献血は出来ないと言われた時、社会の屑の烙印を押された気がした。私に出来る事は何だろう? 社会に貢献出来る何かは何だろう? 私は血税ばかりを貪り食う悪魔になんてなりたくない。一般企業で働けるようになれば、それは立派な社会貢献だろう。それが出来ないのは、ただの屑だ。死ぬべき屑だ。私はおろかな屑に成り下がってしまった。献血出来るようになりたいのに、もう出来ないなんて……。私の愚かっぷりを

【幻聴】は嗤っているだろう。だから死ねばよかったのにと言っているかも知れない。私はどうしたら良いのか……。社会貢献したいけど、出来ない。誰かの役に立ちたいのにそれが出来ない。太る事が怖くて50キロになれない。46キロを目指してしまう。私に出来る事は無いのか? 血税を無駄に使って消費税を払う事位しか出来ないのだろうか? 悩みが悩みを呼ぶ。今日は薬が安くなっているはずだから薬を買わなければ……。こうして私の体内に毒は蓄積されていく。もう良い。死のう。ゆっくり毒と拒食で体を壊して行こう。早く死ぬためにはそうするしか無い。それが出来なければ、私に生きている価値は無い。本の読み聞かせをしてみたいと思っているけど、それは司書の仕事だ。私には出来ない。図書館ボランティアがあればやりたいのだが……。

『いい加減、諦めたら、屑』

 声がする。私の頭の中で。そうだね、もう、考える事も疲れたよ……。【幻聴】はいつも正しい事を言ってくれる。私は諦めよう。誰かのためになる事なんてもう出来ないのだから……。人を救う力は私には無い。ずっと弱者の立場にしかいられないのだ。生きててごめんなさい。もうすぐで死ぬから、それまで待って。ゆっくり時間をかけて苦しめるから。こんな誰かの支えになろうなんて事すら出来ない私を赦して下さい。私も色々手を尽くしたけど、もう誰も救う手は存在しないから、内臓を時間をかけて壊していく。最後は首を吊って、地獄へ落ちる。そうしないと私の罰が赦されない。私は悪魔の子。だから血税を無駄に貪り喰うんだ。悪魔の子……響きは良いけど、やっている事は悪魔よりも悪魔らしい事だ。誰かの役に立つなんて出来ない。それが悔しくて、生きるのを放棄したい。ごめんなさい、生きてて。いつかきっと私が私を殺す日が来るから。それまで待っていて下さい。そろそろお昼の時間だ。何もしなくてもお腹は空くんだね……。今日はタピオカが安いからタピオカを頼もうかと思う。今日は散財デーだ。お金を使って生きてやる。

 次の日。私は散財した。コーヒーセットを買って、無意味にコーヒーショップに入ってエスプレッソを飲んで砂糖をガリガリ食べて、タピオカ飲んでついでに注文していた本が届いていた。真剣にならなくてもサラサラと読める処から、私は本棚の仲間に加える決断をした。実際、役に立つ事ばかりだ。礼状の価値の重さはよく分かったし、使い処も分かった。あと薬を送った。薬は勝手に送っちゃいけない法律があるけど、危険物じゃないから多分相手に届くと思う。麻酔が効かない人は効かないって脅したけど、別にそこまで強い薬じゃ無い。脅しただけ。だって薬が効かないとか文句言われたら嫌だもん。だから効かないって文句を言われたら、じゃあ麻酔も効かない事になるから、あとはモルヒネ位しか無いよって言ってやるつもり……。悪魔だね、私。SEXで手に入れた薬だったのに、またSEXすれば良い話だからって簡単に手放した。体重も48キロに戻って、絶望。昼にパンを食べたのが悪かったらしい。最近朝豆乳だけって事が少なくなってきた。お腹が空くのだ。少し前なら豆乳だけで凌げた。でも今は砂糖たっぷりのコーヒーが無いとダメ。寝てしまう。寝てもコーヒーのお陰で眠りは浅いけど……。メイクもしなくちゃいけないから、寝ていられない。それなのに寝てしまう。また前の生活に逆戻りか? 【給料泥棒】と陰口を叩かれたいのか? その問いに私自身はNOと答える。何のために今の会社に入ったのか。それは寝るためじゃない。寝ない環境に入るためだ。前の会社は寝たら給料を差し引くという罰金制度を設けて起こそうとした。今の会社はそういった事をしないから家計が苦しくなる事は無いけど、それでも【給料泥棒】と堂々と言って来る輩は大勢いる。針のムシロに座ったのは、私が二度と寝ないための工作である。私を苦しめるための作戦。お陰で皆勤賞を取れて、金一封が貰えた。家計が助かったのは言うまでも無い。犬のカットが今月無かったから、散財出来るけど、犬のトリミングをしたかったのなら、もうお金が無くて借金している処だった。来月はカット代が必要になってくる。あと恵方巻も買ってしまったから、そのお金も痛い。でも半分はいつもの男が出してくれると言ったので、助かったと言えば助かった。甘えた声で『一緒に恵方巻食べたいな』って言ったら、即良いよと言った。やっぱりあの男は私を恋人だと勘違いしている。私は違う。恋人でも何でも無い。ただの便利屋。カロリー消費のためにSEXしてくれる相手の1人。その程度でしか無い。私と付き合っているとどうして勘違いしているのだろう。お礼にキスの1つや2つをするからか? でもそれは私にとって社交辞令のようなものだ。お礼をしなければ、必ずしっぺ返しが来る事を私は良く知っている。だからお礼は欠かさずしているつもりなのだが……。それが相手の勘違いを引き起こしているのならラッキーである。私は恋人は作るつもりなど毛頭無いし、恋人が居れば色々制限されてしまう。だから代わりになる男がいるのはツイている。日頃の行いが良かったのかも知れない。とにかく、私は男を利用して時に返礼をしてギブアンドテイクをしているつもりであるのだが……男にとってそれはどんな意味を成すのだろう? 知りたいが知らない方が身になる事もある。この件はそっとしておくのが賢明かも知れない。

『晩御飯食べたね……? 愚か者』

「ごめんなさい……。空腹に耐えきれなくて。豆乳を何杯も飲んで誤魔化したんだけど、効果無かった……」

 そう。私は白米を口にした。禁断の果実。禁断の食物。しかもうるち米。白米より質が悪い。

『晩御飯は豚になるから喰うなって言ったよね? 嗚呼、もう既に使えない豚か』

「明日は我慢するから‼」

『当たり前だ、阿呆』

 冷たく【幻聴】が言い放つ。今日は機嫌が悪いらしい。無理も無い。5千円も散財すれば誰だって怒る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る