手の鳴るほうへ。。。

トラ

手の鳴るほうへ。。。

「出席を取ります。1番、相川美蘭あいかわみらんさーん?」


「はい。」


 正直、私にとって学校は恐怖でしかない。


「今日は珍しく美蘭が学校に来てるぜ。あとでたっぷり墨汁ぶっかけてやろうぜー。」


 クラスではいじめられ―


「ただいま。」


「みらーん。私のお酒がなくなっちゃったからコンビニで買ってきてくんなーい?」


「え、私まだ小学生だから…」


「なに!?私に口答えする気!?小学生のくせに偉そうにすんじゃないよ!!」


 ―バシッ。


 家に帰っては離婚でストレスの溜まった母から理不尽に暴力を繰り返される。

 こんな生活がもう何ヶ月も続いている。



 先生も、私の親戚の人も、誰も助けてなんかくれない。

 私の声は届かない。どんなに叫んでもその声は暗闇の中でどこかへ独り歩きしていくの。


 …パンパン。


 あれ、なんの音だろう。

 机の上でうつ伏せになっていた私の耳に、どこからともなく手を叩く音が聞こえた。母のいる部屋から聞こえるものではない。

 その音のする方は、ふすまの中だった。


 パンパンパン


「誰かいるの?」


 恐怖はあった。そんなところに人がいる事なんて私は短い人生の経験上、1度もなかった。


「あ、あのー。」


 私は取っ手に手をかけた。

 その時だった。


「美蘭!こっち来なさい!」


 母からの怒鳴り声が聞こえた。

 襖からの音はなくなり、私は不思議に思いながらも母の元へ歩いた。


「あんたね、この服の汚れはなんなの!?こんなに汚して、洗濯は自分でやんなよ?あとー、罰として今日の夜ご飯と明日の朝ご飯は抜きねー。」


 服の汚れは習字の時間にクラスの男子にかけられた墨汁だった。

 どんなに水で洗っても落ちるはずがない。

 泣きたい。辛い。悲しい。

 頑張って落そうとしても落ちない。それどころかお腹がどんどんへこんでいく。

 夜ご飯もなく、朝ご飯もないのに。


 パンパン


 あ、まただ。またこの音だ。

 でも、水で洗っている私に聞こえるってきっと相当大きな音なんだろう。


 水洗いを諦め、母の元へ行った。


「お母さん、手の叩く音がしたけど、私の事呼んでたりしたかな。」


「はぁ?知らないわよ。うるさいガキだね。さっさと自分の部屋戻って寝な!」


 やっぱり母じゃない?どういう事?

 ていう事はいったいこの音は…


 パンパンパンパン


 まただ。よし、絶対音の正体を見つけてやる!


 音のする方へ向かうと、私の部屋についた。

 私は部屋中のありとあらゆる所を探した。

 机の引き出し、さっき気になっていた襖の中、お道具箱の中、本棚、ふでばこ。

 普通に考えれば人が入る隙間などないところまで私は無我夢中で探した。


 しかし部屋中調べても、音の正体はわからなかった。

 それどころか音はどんどん大きくなる。

 なんで。この音はなんなの。


 私は布団に潜って、謎の音の恐怖から逃げようとした。


 パンパンパンパンパンパンパンパンパン―


 止まってよ。ねぇ、なんで止まってくれないの!


 お願いだから止まって!!


 その時だった。


(ベランダ。。。)


 え?な、なに?

 ベランダってなに?


 わからなかった。それが誰の声なのか。そもそもそれは声なのか。


 私は布団を飛び出し、一目散にベランダに走った。


 窓の鍵を開け、ベランダから身を乗り出す。

 外は真っ暗だった。マンションの8階のベランダで夜風が私の素肌を鳥肌に変化させる。

 そして私の目には音の正体が確かに映った。

 得体の知れない音の正体。

 私はそれに引っ張られるように、誘われるように、導かれるようにベランダから落ちた。


 怖かった。何よりも学校でのいじめが。自分の最愛の母が化け物に変わったあの離婚の夜が。


 そして今、こうしてベランダから落ちている私が。怖い。けど実はちょっと楽しみもあった。この先に待つ恐怖。それは私にとってどれくらいのものなのだろう。たくさんの恐怖を経験してもなお、私の鳥肌を倍増させるその恐怖は、一体どれほどのものだろう。

 私の体は地面へ到達した。そして―


 パン。。。


 音は止まった。

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手の鳴るほうへ。。。 トラ @tora_0810

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