第21話 意地悪

「疲れているようだから、外に食べに行こう。今から作っても遅くなるだろう」

「すみません。そうします」

 彩は着替えてくると、二人で駅前のファミリーレストランに行く。

「明日は、用事があるので、来る事はできません」

 食事をしながら、彩が言う。

「ああ、いいよ。毎週来るのは大変だろう」

 ファミリーレストランで食事をすると、彩はそのまま帰って行った。

 俺はいつものように改札で見送る。


 一人、部屋に戻ると自分の部屋が、こんなに広かったのかと思う。

 人が一人居るだけで、暖かさも広さも違う。

 彩と知り合う前は、そうは思わなかったのに、彩が来るようになってから、帰った後の虚しさが広がるようになった。

 スマホに着信がきたので、見ると彩からのSNSだ。

「今日もありがとうございました。ブレスレット大切にします」

 とあった。


 日曜日、今日は彩が来ないと分かっていても、なんだか寂しい。

 虚脱感がして、朝から何もする気が起きない。

 それでもいつもよりちょっと遅い時間に起きて、ひとりで朝食を済ます。

 これはほんの前まで行っていた事なのに、それが今では寂しく感じてしまう。

 俺はジムの用意をして、10時頃を家を出た。


 2時頃に食材を買って家に帰り、遅い昼食にする。

 昼食といっても簡単なものだ。パンと卵に、サラダ、朝食とさほど変わらない。

 昼食を済ませ、食器を洗っていた時だ。

「ピンポーン」

 新聞販売店の営業が来たのだろうか。


「はい、どちらさまでしょうか」

「彩です」

 俺は、マンション玄関のオートロックの開錠ボタンを押した。

 今日は来れないと言っていたのに、彩が来た。

 エレベータで上がって来るまでの時間が長い。

 早く会いたい。

「ピンポーン」

 彩が玄関の呼び鈴を押した。

 俺は自分でも、心が急でるのが分かる。


 玄関を開けると、そこには彩が立っている。

「遅くなりました」

「今日は来れないって、言ってなかったっけ?」

「ええ、友だちに買い物に誘われてたんですけど、お昼から別の約束があるからとさよならして来ちゃいました」

「いいのか、友だちに悪いだろう」

「学校で謝るから大丈夫です。それより、昨日、夕食を作れなかったので、今日は作りますね」

「ああ、何を作るつもりなんだい?」

「ちらし寿司にしようかと思います」

「ちらし寿司って、ご飯にちらし寿司のタネを加えるやつ?」

「違います。ちゃんと作ります」

 彩は、ちょっと口を膨らませる仕草をする。


「あっ、エプロンを持って来なかった」

「じゃ、材料を買うついでにエプロンも買おうか」

「えっ、いいんですか?」

「作って貰うんだ。それぐらいは必要経費だろう」

 彩と一緒に駅前のスーパーに出かける。

 スーパーといっても、3階建てであり、食品だけでなく、衣料品や本、雑貨なども入っている。


 2階にある衣料品売り場に行って、エプロンを見る。

「これが可愛いいんじゃないか?」

「それは実用性がないですよ。こっちの方がいいと思います」

 男の俺から見ても違いが良く分からない。

 エプロンを買うと、階下の食料品売り場に行く。

 彩は、ちらし寿司の材料を買っていく。

 食材を買ったら、袋に入れて家路を急ぐが、袋は俺が持つ。

 彩はトートバッグを肩から下げて俺の隣を歩いている。


 家に着くまで、彩は今日の買い物の時の話をしてきた。

 友だちから、有名大学との合コンに誘われたそうだが、それを断った事を聞いた。

「行ってくれば良かったのに」

「だって、合コンに行く必要性はないですから」

「その友だちからすれば、残念だったろうな」

「『彩が来てくれると花があるのに』と言ってましたけど。それと『彩って付き合っている人が居るの?』とも聞かれました」

「それで何と答えたの」

「『まあね』って答えました。そしたら、根掘り葉掘り聞くので、うっとうしくなって『他に用があるから』と言って帰ってきました」

「そりゃ、彩ちゃんの彼氏なら俺だって聞きたいな」

「私の彼氏は大人だけど、すごい意地悪な人です」

「えー、意地悪か?」

「今だって、そんな事聞くじゃないですか」

「……」

「いいんです、私だって意地悪してやりますから」

「どんな意地悪をするんだい?」

「今日は帰りません」

「ええっー、それはまずいよ」

「嘘です」

「ああ、びっくりした。それはほんとに意地悪だな」

「もし、本当に帰らないと言ったら、どうします?」

「君の親御さんに対して申し訳が立たない」

「また、人の事を先に考える」

「だってそうだ。みんなが自分の事だけ考え始めたら、窮屈な世界になってしまう」

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