第19話 横浜

 そんな話をしていたら、横浜に着いた。

 ここから私鉄に乗り換えて、3つ目の駅を目指す。

 駅を降りてから、歩いて山下公園に行く。

 ここに来るのは、いつ以来だろう。

 周りは、観光客とカップルばかりだ。

 二人で歩いていると、若い男が彩を見て振り返る。

 たしかに、彩が歩いていると男性なら振り返るぐらいの美人だ。

 その横に、オッサンが居るのをどう思うのだろうか。

「次はどこへ行きましょうか?」

「定番は中華街かな」

「昼食にはまだ早いので、中華街の前に赤レンガ倉庫に行きませんか?」

「赤レンガ倉庫?」

「そうです、新しく出来たところです」


 彩と一緒に赤レンガ倉庫に来たが、昔の赤レンガ倉庫を改修して、ショッピングモールやレストランが入っている。

 かなりしゃれたところだ。

 だが、中は休日のせいか人が多い。

 彩は俺の右腕を掴んで来たが、それでも人が通ると離れてしまう。

 すると彩は俺の右手を握ってきた。


 彩の指は細い、このまま力を入れると握りつぶしてしまいそうだ。

 見ると彩はマニュキュアもしていない。

 今どきの女子大生ならマニュキュアのひとつぐらいするだろうに。

 彩に連れられて店を見て回るが、正直男性に興味のある店はない。雑貨やアクセサリー類の販売が多いのは、ここに訪れる客は女性がメインターゲットだと言うことだろう。


「あっ、これ可愛い」

 彩が、小さな女の子のように言う。

 こうなると、買ってやるのは、男の使命になってくる。

「これをください」

 俺が、店員に言う。

 店員もこういう時は、男性が支払うもんだという事を良く知っている。

 彩からブレスレットを受け取ると、

「お持ち帰りになりますか?」

 と聞いてきた。

 ここで付けていくという女性も多いという事だろう。


「いえ、付けていきます」

 彩は、その細い形のブレスレットを左腕にした。

「えへへ、ありがとうございました。大事にしますね」

 そう言うと彩は、左腕を上げてブレスレットを見ている。


 赤レンガ倉庫を後にした俺たちは、中華街の方に来た。

 中華の油独特の臭いがするが、それがまた食欲をそそる。

 だが、昼食時も重なってか、どこの店も人が並んでいる。

 俺が名前を知っている有名店なんか、すごい人だ。

「かなり並んでいるな。どうしようか」

 どうしようかとは「並ぶか?」と聞いているという事だ。

「ラーメンでもいいですよ」

 中華街にラーメン屋ってあったっけ?

 中華街だから、ラーメンの提供はあるかもしれないが、ラーメン専門店はあるのか?

「表通りにはラーメン屋はあるかなぁ」

「では、裏通りに行きましょう」


 彩に連れられて、裏通りに来たが、表通りが大店なら裏通りは商店といった感じの店が並んでいる。

 人もそれほど並んでおらず、直ぐに入れそうだ。

 その中のひとつに入ってみると、ひとつだけ残っていた席に案内された。

「最後のひとつでした。ラッキーでしたね」

「ああ、彩ちゃんは幸運の女神かもしれないな」

「今度、宝くじ買ってみようかな」

「でも、幸運の女神って自分には、ご利益はないんじゃないか」

「ええっ、そうなんですか。じゃ、杉山さん買って下さい。二人で山分けしましょう」

「そしたら、俺は会社を辞めるかな」

「じゃ、私も辞めます」

「まだ、会社に入社もしてないだろう」

「フフフ、そうでした。もし、そうなったらどうします?二人でどこか、南の島に行って、のんびりと暮らしますか?」

「彩ちゃんと行く事は、決定なのか?」

「決定です」


 若い子というのは、こういう事なんだろうか。

 まだ、手を繋いだ事しかないのに、二人で生活する事を考えている。

「好き」と「愛してる」が、違う事が分かっていないのかもしれない。

 そんな子を俺のわがままで、傍に置く事はできない。


 店員が注文の品を持って来た。

 俺は天津飯、彩は麻婆飯である。

「美味しそうですね」

 俺の前に置かれた天津飯を見ながら彩が言う。

「良かったら、どうぞ」

「わぁ、ありがとうございます。お礼にこちらもどうぞ」

 彩が差し出した、麻婆飯を食べてみる。

「うわ、辛い」

 彩は俺の天津飯を食べて

「甘辛くておいしい」

 二人の意見が出る。

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