空の彼方

第16話 九州物産展

　食事が終わり片付けをすると何もやる事がない。

　ＴＶだって、日曜の朝に見たい番組がある訳でもない。

　彩と向かい合っている自分に居たたまれなった俺は、それでもＴＶを点けた。

　すると新宿のデパートでやっている、九州物産展のＣＭが流れている。

「これ行ってみませんか？」

「九州物産展？」

「ええ、私、『しろくま』大好きなんです。あったら、食べてみたいです」

「でも今は秋だから、氷の時期じゃないだろう。それに氷を食べると頭がキーンとなる」

「まだ、お昼は暑いから大丈夫ですよ。私自慢じゃないですけど、頭がキーンってならないんです」

「それって、脳がないから？」

「あっ、杉山さんひどーい」

「ははは」

「ウフフ、でも杉山さんの前に来ると何も考えられなくなるから、実は脳がないのかも」

　それはどういう意味なんだろう。あまり、オヤジの心を揺すらないでくれ。

　結局、彩の提案どおり、新宿のデパートの九州物産展に行くことになった。

　二人とも定期を持っているので、新宿までだと定期で行けるから交通費はかからない。

　ＣＭの効果もあってか、デパートの九州物産展は大賑わいだ。

　人が多すぎて、身動きが取れない。

　彩が目当てとしていた「しろくま」がどこにあるかも、分からない。

「彩ちゃん、大丈夫か？」

「はい、どうにか、でもおばさんばっかりですね」

　たしかにおばさんが多い。

　たまにおじさんがいるが、それは奥さんに付いてきたお父さんだろう。

　お父さん方もどちらかというと、部屋の壁に近いところに居る。

　とりあえず催事場を出て、彩と話をする。

「思っていたより、凄い状態だな」

「そうですね。まさかここまでとは思っていませんでした」

「それでどうする？『しろくま』はあったかな？」

「いえ、ないみたいです」

　彩が、パンフレットを差しながら言う。

「そうか、目的が達成できないなら帰るか」

「えー、折角来たんですから、どこか行きましょう」

　これは、またデパート巡りになるかもしれない。

「どこかって、デパート？」

　新宿周辺は今ではオフィス街で、これと言って遊べるところを知らない。

「神宮のイチョウ並木がそろそろ色づき始めるので、そっちに行ってみませんか？」

　ＴＶでも良く紹介されるところだ。

　俺たちは地下鉄に乗り、神宮のイチョウ並木のところまで来たが、まだそれほど色づいたという訳ではない。

「まだ、黄色くなってませんね」

　彩がポツリと言う。

「黄色くなるのは11月になってからだろう。いくら何でも早いと思うぞ」

「いいんです。杉山さんと二人で歩ければそれでいいんです」

　彩は、俺の右腕に自分の左腕を絡めてきた。

「へへっ、なんだか恋人同士みたいですね」

「いや、お父さんに甘える娘だろう」

「若い愛人の居るパパですか」

「パパは夜だけの生活だから、昼間に腕を組んだりしないよ」

「そっか、じゃやっぱり、恋人同士ってことで」

　イチョウ並木はまだ青いためか、通る人は少なくて、二人で歩いていてもすれ違う人はほとんどいない。

「黄色くなったら、また連れて来て下さい」

「ああ、分かったよ」

「約束です」

「約束だ」

　歩いているとお昼時になったので、近くのカフェレストランに入る。

　場所が場所なだけに、洒落れたレストランだ。

「結構、お洒落れですね。杉山さんはいつも、こんなところに来るんですか？」

「来る訳ないだろう、一人では来れないな」

「ですよね」

　見るとカップルも多いが、女性同士というのも多い。

　やはり、お洒落れだからだろうか。

　出て来た料理もお洒落れな物だ。だが、値段もそれなりにする。

　彩はパスタを頼んだが、

「やっぱり『ミラカン』の方が美味しいと思います」

　などと、言っている。

　レジで支払いを済ませ、外に出ると、イチョウの下にミニスカート姿の彩がいる。

　彩は身体の線が細い美人であるので、この風景の中にいると、モデルのような感覚になる。

　この美人とオヤジの組み合わせ、他の人からどう見えているのだろう。

「彩ちゃん、ストッキングが伝線してる」

「えっ、どこですか？」

　俺が足の裏のところを教えてやる。

「あっ、ほんとだ。どこかで買わないと」

　結局、新宿の違うデパートの下着売り場で、代わりのストッキングを買う事になった。

　女性下着売り場は、男性にとって聖地である。

　ここに入るのは、なかなか勇気が居る事だ。

「俺はここで待っているから、彩ちゃんは買ってくるといい」

　階段近くの、休憩用の椅子のところで言う。

　デパート側も俺のような男性のために、こういう席を用意してくれてあるのだろう。

「えっ、一緒に来て下さい。私、方向オンチなので、一人になると、どこに行けばいいか、分からないんです」

　たしかに、デパートの売り場は窓もないし、どの売り場も同じように見えてしまうので、一度迷うと方向感覚がわからなくなってしまう。