第24話 幕間:世界一高い場所にあるブランコ

 ラン、ララン、ララ……って歌ってる場合じゃないよ~……。

 はあ、はあ、はあ……高いよ~、恐いよ~。地面が、見えないよ~(しくしく)


 ヨーレローレロヒホー

 ヨヒドゥディ ヤホホー

 ヨーレローレロヒホヤ

 ラヒドゥディ ヨー


 おしえて

 だれか、おしえて

 おねがいだから、おしえてよ、おばあさん

 おしえて、世界樹そのものである、ドライアド


 私シャルロットはなぜ、こんな所でブランコを漕いでるんでしょ~……?


     ※ ※ ※ ※ ※


 村から連れ去られて、何よりも村のみんなに“また迷惑をかけてしまった”のが申し訳なくて、私はずっと豆の木の上に行くまでの間、泣いていた。

 そして高過ぎる場所に恐怖心が沸き、その事でもまた泣いてしまう。


 気を失うように意識を失くし、目が覚めたらもう、こうだった――


「ああああああぁぁぁぁぁああああああああ!」

(ブランコが高い所と低い所へ行ったり来たり)


 止まらないよ、どうしても止められないよ。

 多分ここは豆の木の上の方。そこから無理やり作ったブランコに座ってる。


 ツタで出来たあんまりにも長いヒモが、私の恐怖心を煽ってくるのです。

 描く放物線が長すぎるよ。一回漕ぐのに、どれだけ時間がかかってるの。こんなのない。

 だって地面が見えないんだよ。ここから降りたら、そのまま島の地面に真っ逆さま。潰れて死んじゃう。雲に届くくらい空に近い場所でブランコなんて狂気の沙汰。


 あまりにも恐すぎて、下を見られない。


 まだ前方に進んでいくときは、我慢が出来る。ぎゅっと目を瞑れば、それで。

 でも後ろ向きで高い場所に戻っていくのは、どうにも恐すぎると思いませんか。浮遊感で少し気持ち悪いですし。


 逃げられない。


 体重移動で揺れを抑えようとしても、止まらない。

 もうこうなったら精霊術で……ううん、ダメ、それはイオリと、約束、してる。


 でも、だったらどうしたら――


「アハハハハハッ、楽しいなぁシャルロット!」

「た、たの、楽しくないよー、ドラ、ちゃあああああああん!!」


 ブランコが漕がれる度に、突風のような空気の塊が口の中に入ってくる。

 恐くて、苦しくて、ハキハキしゃべることなんて出来ません。


 こんなものに乗って、笑顔でいるなんて無理だ。


 幸い腰にもツタが巻き付けられているから、落ちないで済んでるけど。

 私の膝の上にちょこんと座ってる樹精霊ドライアド(動物版)が本当に楽しそうだから、どう怒ろうか迷ってる。


 なんでこんなこと、したんだろう?


「え? 楽しくないのか、シャルロット」

「そそ、そう、だよ~。人間には、こんな高い場所、難しいよ」

「むぅ……そっか、ごめん。どうも僕はやっぱり感覚が違うみたいだ」


 ドラちゃんは、ブランコで揺れながらしゅんとしてしまう。

 そうか、心の底から本当に、これが楽しいと思ってしてくれたのか。


 今回の件は、寂しかったからって言ってた。

 ここまで大事になるのは珍しいけど、少し時間が経てば、きっとほとぼりも冷めるはず。

 そうすればまた……村のみんなや、イオリとも……。


「降ろして、ドラちゃん。もうゆっくり、お茶でも飲もうよ。私、淹れるから」

「――それも、ごめん。出来ないんだ」

「どうして……?」


 ドラちゃんなら、これを作った本人である樹精霊ドライアドなら、簡単に止められるはずなのに。


 きっとブランコを繋ぎとめている、豆の木の上の方にある“大きな植物で出来た地面”にも、私を移動させられるはずなのに……。


「アイツが、来るからさ。イオリ・ユークライアがやって来るんだよシャルロット」

「え……? そんなはず、ないよ。だって私ちゃんと言ったもん――来ないでって」

「それが来るんだよ。多分今から行うことでアリを攻略して、ここまで登ってくる」

「…………」

「あの騎士気取りには呆れるよな。結局は全部、自己満足なんだよ。守ると誓った対象の言葉をちっとも介さない。君の言葉の重みを理解しようともしないんだ」


 どうして……?


 だって、樹精霊ドライアドには誰も敵わない。来ても意味はない。

 そもそもが、私とドラちゃんは敵対してない。誘拐されたように見えたけど、あれはただ“村から私を離しただけ”だ。癇癪のような、いつものわがまま。

 アリが村を襲うようにしたのは、本当に申し訳ないと思うけれど……。それでもイオリが村に残れば、ちゃんとみんなを守れるはず。


 あの人はすごく頑張って、すごく強くなった人だから。

 精霊に力を借りないままで、自分だけの力を磨いて――神様にすがった、私とは違う。


 まぶしすぎて、上手く見られないくらい。


「僕は君が好きだよ、シャルロット」

「……私も、大好きだよ、樹精霊ドライアド。ふふ、突然なに?」


 この子は、ずっと側にいてくれた。

 家族を喪った私の側に、愛情をもって、ずっとだ。

 もう3年の付き合いになる。


 世界を造ったと謳われるほどに力を持ってるのに、私と同じように、色んなことに悩む女の子。


「約束は覚えてるかい? シャルロット。僕と交わした、最初の約束」

「忘れるわけないよ……。精霊になったら、お嫁さんになる、でしょう?」

「そう、僕の初めての求婚だ。ちゃんと覚えてくれてるみたいで安心した」

「ふふ、でも女の子同士だから、結婚は難しいって言ってるのに……どうすればいいの?」

「側にいてくれれば、それでいいんだ。一緒に生きてくれればそれでいい。僕を置いて、どこかに消えてしまわなければ……」

「一緒にいるよ、当然でしょう? だって家族だもん」

「ありがとう、シャルロット。こんな僕にそんなこと言ってくれるの、君くらいだ」


 樹精霊ドライアドは、ぽつりと言う。


「でもやっぱり、種族の差ってのは絶望的なまでの差を生み出すんだ……。君の全てを叶えてやれない。僕は精霊に生まれてきて、初めてそのことを後悔してるんだよ。何でも出来るはずの力を持つのに、心の底から叶えたいことだけは無理なんだ。才能がないってのは、辛いんだね」


 後ろ向きな言葉が、珍しいと思った。


「ドラちゃん。どうか、したの……?」

「うん、下を見てみなよ、シャルロット」

「え、で、出来ないよそんなの……」

「大丈夫、君は強いから出来る。見ないとダメだよ、僕らの思い出が失くなってしまう前に、ちゃんと目におさめよう」

「…………うぅ」


 言ってる意味が分からなかったけど、頑張って瞼を開いた。

 そして、その光景が入り込んでくる。


 ああ、津波だ。

 海の水が大きな津波になって、島を呑みこんでいる。


「あーあ、僕らの家も、壊れちゃったな……」

「……うん。そうだね」


 激しい水の勢いによって、私達の思い出が壊れていく。

 これはきっと、イオリが、村のみんながしたことなんだろうな。

 だってここは時間が止まったように変化の薄い島。ずっと春のままで、穏やかな空気に包まれた楽園だから。


 神様の加護を受けてる、場所なんだから。


 人為的な自然現象じゃないと、ああはならない。


「ちょっと、行ってくる。バカがここまで登って来るみたいだからさ、準備しないと」

「……え、え……? バカって」


 イオリ・ユークライア。

 私の笑顔が見たいと言ってくれた、男の人。

 いつも熱くて真剣で、私には出来なかった村のみんなとの繋がりをあっさり作ってしまう、そんなまぶし過ぎる存在。


「――ばいばい、シャルロット。君と過ごした3年間、すごく楽しかった。ちゃんと幸せになれよな。僕の代わりに夢を叶えろ。願い事だけは、僕がなんとかしてみせるから」


 え。いま、なんて。


「故郷を離れて、異国の地で素敵な恋をして、結婚する――幼い頃から君が望んできた、純粋で至高な夢だろう?」


 違う。それは、夢じゃない。

 退屈だと思っていた故郷から離れる為の、ただの逃避……。


「世界樹を、『ユグドラシル』を、君にあげる。世界で一番大きな花束だ。喜んでくれると嬉しいなぁ……」


 一度も聞いたことがなかったのだ。

 ばいばい、なんてお別れの言葉、初めて耳にした。

 だってずっと一緒にいた。出会ってからずっと、側で暮らしてきたのに。


 とても、とてつもなく、嫌な予感が私を支配する――


「――ま、待ってドラちゃん! 行かないで、ね、ここでブランコしよう? 一緒に遊んで、一緒にご飯を食べて、ずっと一緒にいて、お願い樹精霊ドライアド!」

「悪いがそれは出来ない。君の願いを、夢を、叶える為に――僕は行く」


 あの騎士気取りの人間と、戦わなくちゃ。

 そう言葉を残して、私に残された最後の家族が離れていった。


 身を乗り出そうとして気付く。

 この固定するように巻いているツタは、私が後を追えないようにする為だ。


 私をここに、置いていく為のものだった。


「ズルいよ、ドラちゃん……私を残して、いかないでよ!!」


 結局、貴女も同じじゃないか。

 私の言葉を無視して、それが『シャルロットの為だから』と、思い思いに行動していく。


 みんな、自分勝手だ。だったら私も、わがままに生きてやる。

 自分の願いを、夢を、自分の力で叶える為に――

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