第23話 アホな光景によって発生した島を覆いつくす自然の脅威。つまりヘイヘイヘーイ!
「さあ、みんな裸になって踊ろうぜ!」
俺は率先して服を脱ぎ裸になった。もう素早くね。
続いて村の男達も、おずおずと衣服に手をかけていく……明らかに動作が重い。
『みんな、ふくぬがないの?』
ジャックだけは、ためらわずに裸になっている。
さすが中身9歳、まだ羞恥心という概念が薄い。
でも体はおっさんだけどね……。一児の父だけどね。
俺に負けないくらい、筋肉ムキムキだけどね!!
「うぅ、本当に、脱ぐのかい……?」
いま海岸線には、50人の男女が勢ぞろいになっている。
内訳としては、男女の割合は4:1くらいだ。つまり女の子が10人ほど。
みんな、当たり前だが服を脱ぐことをためらっている。
うむ、その恥ずかしがりようも、よい!!
髭面のおっさんランランは、気まずそうにロッコへ言葉を出す。
「姐さん、女性の方々は異例として葉っぱを巻くことにしたんですから……どうか」
「……だからって、そりゃ下着と変わらないだろう……」
今回、必要なのは水の精霊術の威力。だからといって、人の尊厳を失う訳にもいかないのだ。
という訳で、さすがに全裸は可哀相なので、女の子は葉っぱを身にまとう形で。男はマッパという形に落ち着いたのです。
「ううぅぅ~……えーい! 行くよみんな、必要なことなら、恥ずかしがってる場合じゃない!」
覚悟が決まったようで、ロッコの指示により村の女の子達が茂みの方へと歩いていく。
ロッコだけは、くるりと振り返って、見事な一言。
「アンタら、女の着替えを覗くんじゃないよ……! ちらっとでも見たら、むしる!!」
何をですかロッコさん……。
そして待つこと、30分ほど。
茂みの奥で着替えていた女の子たちが、葉っぱで局部を隠した状態で浜辺に現れる。
もじもじと、頬を染めながらこっちにちょこちょこ歩いてくるのだ。
葉っぱに手を添えながら、とても恥ずかしそうに。
「いいな……」
『うん、なんだか、おちつかない』
俺とジャックは、少し前かがみになってしまう。手で隠す、という動作と一緒にね。
服は脱いだはずなのに不思議な癖だよねー。
だがさすが水精霊の国出身者といったところか、ランラン達の三人はすぐに行動を起こそうと指示を出す。平常心過ぎるだろおい。
話から察するに、水精霊の国は衣服を着ていない女性が多いの、では……!?
「よし、みんな準備は整ったな。手を繋ごう!」
そして、村のみんなが浜辺で一列になって手を繋ぐという、異様な光景が生まれた――
ていうかこれ、もし今アリに襲われたら、俺達が一網打尽なんじゃ……?
「それじゃ、いくぞ!」
三人のおっさん達は顔を見合わせてうなづいて、足をあげながら、声を揃えてこう言ったのだ。
「「はい、はい、はーい! ほほいのほい? ヘイヘイヘーイ!!」」
「…………」
「…………はあ?」
『あたまが、びょうきになったの?』
俺は言葉を失い、ロッコは眉間に皺を寄せ、ジャックは無邪気に酷いことを言う。
「ちょっと何やってるんですか! 真面目にやってくださいよ!」
「え? な、何がだい?」
「輪唱です!! どうして繰り返さないんですか、こんなの常識でしょ!?」
「…………」
あぁ、これヤバいな。ロッコ、もしかしてキレそうじゃない?
血が滲み出るくらいくらい、力強く拳を握りしめていた。
常識って恐いんだなー。輪唱するのが当然なのか。
常に戦争している火精霊の国サラマンドラも結構ヤバいけど、水精霊の国ウンディネもやっぱどこかおかしいなー。
でもさすが年上、ロッコはぷるぷると体を震わせながら、その行為の意味を確認する。
「こ、これが、その言葉を言うことが、水の精霊術を使うのに必要なことなんだね……?」
「はい! 歌をうたいながら、足をあげてください。リズミカルに! いきますよー」
「「はい、はい、はーい! ほほいのほい? ヘイヘイヘーイ!!」」
変な歌……。
俺もたどたどしく歌い始めるが、ロッコはもっと酷かった。
「ほ、ほいほい、ほーい」
「違いますよ姐さん! 最初は『はい』っす!!」
「何か違うのかい……?」
「全然違うじゃないすか。ほら、もう一回いきますよ」
「「はい、はい、はーい! ほほいのほい? ヘイヘイヘーイ!!」」
三人のおっさん達は、村のみんなに「さあ続け」と視線で促してくる。
目力が恐いよう。
「はいはい、はーい……ほほいの、ほい? へいへ」
「ちょっと待った姐さん!!」
「ま、またあたし、何か間違えちゃったかい?」
「はい、『ヘイ』の発音が違います。『へい』じゃなくて『ヘイ!』です。気を付けてください」
「……し、し……し」
「し? 違うっすよ姐さん。『し』なんて歌の中にはないっす」
「知るかあああああボケがああああああああぁぁ!!」
顔を真っ赤にしながら、ロッコが見事な飛び蹴りを放った。
あぁ、自重しないと。いま着ているのは葉っぱなんだから、そんなに大きな動作で飛び上がったら、大事な部分が見えちゃいますよ……。
その後、ゲシゲシと暴力を振るわれたランランの音頭で、続きが行われる。
ロッコも涙目になりながら、大人しく見様見真似で踊っては輪唱していくようだ。
「れ、れは、気を取り直ひて、いきましょう……みなはん、続いてくらはい……」
はい、はい、はーい! ほほいのほい? ヘイヘイヘーイ!
俺たちゃ海の男だぜ。おっと女も忘れるな。生きてるなら皆は兄弟だ。姉妹でもいいけどさ。
だからって結ばれても罪には問われない。仲良くしようって意味だ間違えるなよ。
生物全ては海から生まれ、そして海へと帰っていく。そういうものさ。深くは気にするな。
あぁ母なる水よ。我らをお救いたまえ。具体的に言うと、うーん特にはないけど。
はい、はい、はーい! ほほいのほい? ヘイヘイヘーイ!!
「さあぁぁっ、盛り上がって来ましたよ。ここからは自由に叫んでくださーい!」
ランランの言葉が、村のみんなの耳に届く。
まずは率先して、ウンディネ出身のおっさん達が叫びだす。
「ぬはははははっ、久しぶりにやると楽しくなってきたぜえええぇぇ!!」
「いいいぃぃやっはあああああぁぁーーーっっっ」
「ぬ、ぬううううぅぅんなんだなぁぁ! あしが、つらいんだなああ!!」
三人に続いて、俺達も声を張り上げる。
「ひぃやああぁほおおぉっ、これで失敗したら許さないからなぁぁ!!」
『いえええぇぇぇい!! たのしいね、これー!!』
「う、うおぉぉー!! シャルロットおおぉっ、バカな俺達を許してくれえええっ!!」
みんな手を繋ぎながら、一切に足を上げたり、叫んだり。
まるで奇妙な祭りのようだ。何も知らない人がこれを見たら、間違いなく酔っぱらっていると判断を下すだろう。
そうやって、歌をうたい、叫び、太ももがはち切れそうなくらいに高く上げる。
それが、実を結んだのだ――
「……おい!? な、波が、引いていくぞ……?」
「始まった、揺り戻しが来るぞ! みんな作ったイカダに乗り込めえぇ!!」
その現象が、村の50人で作り上げた水の精霊術の真骨頂だった。
ランランの指示に従い、みんなは大量に切った樹で組み上げた大小様々のイカダの上に立つ。
そして、海に落ちてしまわないよう必死に支えとして立てた棒を掴んだ。
物凄い勢いで引いていった波は、見上げなければいけないほどの高さになって戻って来た――
海水は津波となり、第四の島『スズラン島』に襲い掛かる。
「す、すげぇ……! 波が俺達を避けて、島に覆いかぶさっていく!」
「へへ、人数が集まるとやっぱり大きな力になるな!!」
「ここまでくるともう波は止まらない!」
「お、オイラ達の力はやっぱりすごいんだな、頑張ってよかったんだな!」
頼りになる男達だぜ、ラン、リン、レン! お前らと出会えてよかった!
まあ、我ながらアホな光景だったけどな……。
みんなは、それぞれ作ったイカダの上で、沈んでいく島から脱出していく。
少しずつ水位が上がり、もはや島の地面は海に呑まれた。
さっきまで手を繋ぎ、歌をうたって踊りを捧げた浜辺はもう、水の底だ。
そして、アリは襲い掛かる水から逃れようと行動し始めた。
異変に気付いたのだろう。アリが巣の中から、地中から噴き出てくる。
こっちもまるで、黒い波のようだった。
「おお、ものすごい数だ……! 島がアリでいっぱいだぞっ」
このまま波に呑まれれば、アリたちは一網打尽だ。
しかしそんな興奮よりも、島に長く住んでいた人達は嘆き、悲しむ。
「ああ、やっぱり、俺達の村が……」
「畑ももう、ぐしゃぐしゃ……!」
「お、オイラ達の家も、粉々なんだな……」
おっさん達はイカダの上で涙を流し、
『……ロッコといっしょに、くらしてた、こきょう……』
ジャックもカボチャの頭で、じっと海に沈んでいく村を見つめる。
そんな中、村のまとめ役を務めていた青髪の少女は――
「みんな覚悟を決めな! これが村との別れになる、あたしらは次の島に行くんだ、故郷に帰る為に、前へ進むんだよ!!」
目の端には、涙が浮かんでいる。それでも気丈に振舞っているのだ。
悲しみにくれる村のみんなを、元気付ける為に。
へへ、やっぱ、とびきりいい女だな、ロッコ=モコ。
みんなが協力してくれたから、この状況を作り出せた。
アリたちを一気に攻略し、そのまま樹精霊ドライアドの元へと進んでいける。
――次は、俺の番だ。決着をつける為に、行動しよう。
精霊術の使えない俺でも、磨き上げてきたこの強さ、この肉体を使えば、出来ないことなんか何もないということを、証明しないといけない。
「よし、俺は行ってくるよ。みんなも、なんとか波の高さに負けないように頑張ってくれ」
三人のおっさん達は、少し悔しそうに返事をくれる。
「水害に関しては大丈夫だぜ。こっちは精霊術で操れるからな。でもよぅ……」
「お前は無茶! 頭悪すぎ!」
「ど、どうしてそこまでするんだな? 理解不能なんだな……」
そう言ってくれるな。
これは、やらないといけないんだ。
俺が自分で、決めたことだから。
「……本当にやるんだね。死んだって知らないよ。はっきり言うけど、自殺行為だ。こんな荒れ狂う波の中じゃ、まともに泳げなんかしない」
『いおり兄ちゃん……。ついていけなくて、ごめん』
ロッコとジャックも、俺を心配してくれている。嬉しいなぁ。
「いやぁ、ハハ。あの時もさ、こんな風に荒れた波だったよ……途中で、世界樹の枝まで襲ってくるしね。でも、それでも俺は、泳いできた」
そして、島に流れ着いた。
「目が覚めたら天使がいたんだ。涙を浮かべて心配してくれる、女の子がさ。
俺の命はシャルに助けられた。だから俺の勝手で死ぬことなんてしない。
生きて、みんなの元にシャルを連れて帰ってくる為に、今は行くんだよ」
剣よ、来い――そう呟いて、手に最強の精霊剣を呼び寄せる。
「みんなは世界樹の枝に壊されない間合いで、海に退避していてくれ。俺は――あの豆の木を登って来る!!」
そう言って、勢いよくイカダの上から海に飛び込んだ。
――そして泳ぐ!! 根性、努力!! 過去の頑張りは現在の自分を裏切らない!
未来に素晴らしい景色があると信じて、突き進む!
「舐めるなよ、俺はユグドラシルまで泳いできたんだぞオラあああああぁぁ!!」
あの時とは違う――俺が海に沈むことはない。
なぜって? そりゃ簡単だ。
サラマンドラから持ってきていた、鉄で出来ている武具とは違い“木刀は水に浮く”のだ!!
当たり前のことのようだが、そんなことが超頼もしいぜ、相棒!
両手に握りしめた精霊剣を前方に、高速のバタ足で前へと進む。
目指すは島の中央から生えている豆の木――荒れ狂う波にも負けず、進んでいこう。
スズラン島の上は津波が襲い、生きとし生けるものが全て混乱していた。
だけど島の上で、唯一水の被害を受けない安全な場所がある。それは、雲にまで届きそうなほど背の高い木の上だ。
それに気づいた生物は、必死にそれを使って、水の届かない上へ行こうとする。
願い事の代償によって心は奪われたが、生存本能は失っていない巨大なアリもまた例外ではない。
その一匹に飛び乗り、頂上を目指していく。
豆の木に登るアリを捕まえ――その背にしがみ付き、目的地へと向かっていくのだ。
人間の手や足は、垂直に生えている樹を登るのに向いていない。
だからこそ、他の生き物を利用する。
樹精霊ドライアド、お前は気に食わないかもしれないけれど、これが人間のやり方だ!
「アリさんよぉ、ちょっと協力してもらうぜ。白馬の代わりにしては、黒くてデカ過ぎるけどな!!」
シャル、待ってろよ! いま助ける!!
裸で木刀を持ち、昆虫に乗ったヒーローが、君の元へと駆けつける。
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