第03話 アニオタ新選組

 東高円寺駅。

 杉並区にある、東京地下鉄の駅である。

 一日の平均乗降者数、三万五千人。


 周囲、特に有名なものはない。

 だがそれは、一般人にとっては、である。


 ここには、星プロダクションがあるのだ。

 日本のアニメ好きなら知らない者はいない、アニメ制作会社である。


 男たちは、

 その星プロダクション自社ビルの前で抗議活動をするため、遥々とこの東高円寺駅までやって来ていた。



 三人の、男たちが。



 やまさだ

 通称、レンドル。


「うおーーーっ」


 両手に持ったほうてんげきを頭上で振り回し、とんと石突を地に置き、身体は正面、顔はビシッと横向き決めポーズ。



 なしとうげけんろう

 通称、トゲリン。


「はいーーーーーっ」


 ババッ、ババッ、と拳を突き出し、ぶぶんと回し蹴り。燃えよデ○ゴン。

 軽く腰を落とし、左右の腕を構えた。



 ひこ

 通称、八王子。


「イヤーーーーッ」


 如意棒をプロペラのように回したかと思うと、くるんとバク転、孫悟空。



 イメージシーンで三人を紹介してみただけで、本当にこんなことをしているわけではないが。


 なお、ここに沢花敦子の姿はなかった。最近、彼らといつも一緒だった彼女であるが、今日はどこにもその姿はない。


 怒らせてしまったからだ。


 と、定夫は思っている。

 そんなんじゃプロの声優にはなれない、など散々にいってしまったからだ。

 罪悪感はあるが、それはそれ、ここまできたら突き進むしかなかった。

 まあ、声優云々ボロカスいって彼女を怒らせたり泣かしたりしていたのは八王子一人だけだが、それもそれ、連帯責任による罪悪感というものである。


 彼ら三人は、この東高円寺駅に、数分前に到着したばかりだ。

 現在ここでなにをしているかというと、着替えである。

 といっても脱ぐ衣服はなく、普段着の上から着込んでいるだけだ。

 「アニメイラスト的な白虎隊」をイメージした、白装束を。


 お金をかけて仕立てた、装飾豪華な服である。

 着ている者が美系アニメキャラではないどころか、超肥満黒縁眼鏡にガリガリちび、台無しもいいところではあったが。


 彼らの足元には、三本の白いのぼりが置かれている。



 「ほのぼのなくして」

 「『未来』なし」

 「原点回帰  新撰組」



 太く、大きく、書きなぐったような筆文字。

 白虎隊なのに新撰組とはいかに。おそらくは単なるノリ、勢いというものなのであろうが。


 白装束の、上をもそもそ袖を通し終え、


「あっ、おのおのがたぁ」

「いざっ、いざあ」


 などと、とりあえずそれっぽい言葉を発して、戦意を高め合っている、その時であった。


 怒鳴るような大声が、彼らの鼓膜を震わせたのは。


「あいつらだっ!」

「きっとそうだっ!」


 定夫たちは、びくり肩を縮ませて声の方を向いた。

 そこに立っているのは、リュックを背負った五人の若者であった。

 全員、眼鏡にデブ。


 なんの関係もない、通りすがりのオタか、

 それとも、関係ないといえば関係ないが、たまたま星プロダクションへ聖地巡礼に訪れていた、まほのファンのオタか、

 それとも、回帰委員会の宣戦布告動画に賛同し、やってきたオタか。


 この選択肢の、いずれかのオタではあろうが。

 そう考えてみて気付いたのだが、回帰委員会動画の賛同者が当日に参加してること、充分に想定出来ることだったのに、まったくその可能性を頭に入れていなかった。


 我らは決起するぞ、という意志こそ動画で表明したものの、具体的に指定したのは日付だけであり、どこでなにをするとは、一言も触れていなかったからだ。

 あんなに苦労して動画を作ったのに。


 でも、きっと、その動画を見た者が、まほのファンとしての勘を働かせて、わざわざ東高円寺まで足を運んでくれたのだ。


 定夫は、そう思った。

 であれば、ここにまだ人が集まるかも知れない。

 であれば、ここで布教をして、仲間を増やし、思いを語り合い、戦意を高め合い、それから宿敵である星プロダクションへ乗り込むのもよいだろう。

 ここで同志と出会えたこと。

 天の采配なり。

 ほのかウイン。


 定夫は軽く屈み、のぼりの棒を握った。

 同じ気持ち考えを抱いていたようで、トゲリンと八王子も、屈んでのぼりを手にしていた。


 ほのぼのなくして

 未来 なし

 原点回帰 新撰組


 三人それぞれのぼりを手にし、出会ったばかりの同志の顔を見る。

 同志が、こちらへと近付きながら、口々に叫んだ。


「ふざけやがって!」

「たたっ殺せ!」


 同志、いや男たちの顔に浮かんでいたのは、発する言葉通りの、間違いようのない怒気殺気であった。


 男たちの歩調が早まった。

 定夫たちはその雰囲気に押され、ずい、と後ずさる。


 この男たちは同志などではない。と、ようやく定夫は気付いた。

 おそらくは、トゲリンも、八王子も。


「あっ、おのおの…」


 殺気に負けてなるかと、トゲリンがうわずった声を発した、その瞬間であった。


 男たちが、殺気満面のまま、こちらへと走り出したのは。

 どむどむどむどむ、

 デブ五人が、けたたましい足音を立て、定夫たちへと迫る。アスファルトをぐらぐら揺らしながら、走り、迫る。


 定夫、

 トゲリン、

 八王子、


 三人は、


「ははあああん!」


 くるり踵を返すと、それぞれのぼりをぎゅっと握りしめ高く掲げたまま、全力で走り出していた。

 上だけ装束を着て下は普段着という、なんとも情けない格好で。



 「ほのぼのなくして」

 「『未来』なし」

 「原点回帰  新撰組」



 いざという時の武器に、と、のぼりを握り振り回しているわけではない。

 手放して逃げた方が効率的、という当然の思考すら出来ないほどに、頭がパニックを起こしていたのだ。

 男たちの、満ち溢れる殺意に。


 定夫たちは通行人をかき分けながら必死に走り、道を折れて、住宅地へ入り込んだ。

 星プロのビルまでは遠のくが、生命がなければ星プロもない。


 はあ、

 はあ、


 苦しそうに息を切らしながら、三人は必死に走る。


 と、

 不意に定夫は足を止めた。苦しさのあまり、ではない。


 伝説を、作るため。

 真のほのかを、守るため。


「おれがっ、おれが敵を引き付ける! せめて、お前らだけでもっ、星プロへ行けえええ!」


 魂の絶叫を放った。


「ありがとう、レンドル」

「無駄にしないでござるっ!」


 泣きそうな顔で走り去るトゲリンたちに、定夫は、


「先にななてんで待ってるぞーーーっ!」


 叫び、そして、くるり振り返った。

 男たちの方へと。


 たり、と額から脂肪の汗。

 ……なんだか、追っ手が増えていないか?


 五人だったのが、六、七、……十人以上いないか?

 動画を見てやってきた他の連中と合流した、ということだろうか。


 どうでもいい。

 負けてたまるか。

 無事にトゲリンたちを星プロに行かせなければ。

 七天で、よしざきかなえに会わせる顔がないっ!


 定夫はぎゅっと拳を握り、深呼吸、


「勇気 本気 素敵」


 ぼそりと呟いた。

 覚悟、完了だ!


「きゅやあああああああああっ!」


 怪鳥のような叫びを、全身から放った、


 その瞬間、くるり踵を返して逃げ出していた。


 恐怖に耐えられずに。

 走り出していた。


 先行する八王子たちが、背後の足音に振り向いて、びっくりしたように目を見開いた。


「なんでついてくんだよおお!」

「とっとと七天へ行くでござるう!」

「はっ、薄情なお前らこそ、七天へ行けえええ!」


 結局、七天もへったくれもなく。

 わずか数秒遅れで定夫がトゲリンたちの背中を追うという、三人揃って男たちから逃げ続けるという、ただそれだけのことであった。


「むわああ」

「あひゃいやあああああ」

「こーーーーっ」


 非力な身体に鞭を打ち、のぼりを振り振り、


 走る、

 走る、

 走る。


 あと少しでこの物語も終わりを迎えるというのに、一体なにをやっているのか、この三人は。



 「『未来』なし」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る