第06話 生まれた時は違えども
「好きなアニメを流行らせるために、被害を偽装したりしてないよね。とかいわれたんだよ。するわけねーだろ。ほっといたって流行ってるんだよ。あんな変なのがわいてくるくらい充分に!」
山田レンドル定夫は「殺人拳蜘蛛の糸!」と、オカマダム祐介の必殺技名を叫びながら、壁をアチョーと殴り付けた。
ぼぎん、と手の砕け散る衝撃激痛に、
「手るギャアアアアアアップ!」と、悲鳴絶叫、涙目で手を押さえた。
痛みをごまかすため腕の皮膚をつねって、ちちちちちーーっなどと不気味な声を発している定夫に、
「だだっ大丈夫ですか? これで紛れますかあ?」
敦子が心配そうな表情で、定夫のもう一方の腕をぎゅーっとつねった。
ここはお馴染み、定夫の部屋である。
お邪魔しているのはいつもの面々、トゲリン、八王子、敦子殿。
そのいつもの面々に定夫は、連日のように溜まりに溜まる不満をぶちまけまくっていた。
感極まりすぎて、ぼぎんと自らの腕を破壊してしまったわけだが。
なんの不満かというと、刃物を持った男に脅されて警察沙汰になったことについてである。
事件当日の夜はメールで、翌日からは朝から晩まで、今日も朝から今の今まで、口を開けばずっと罵詈雑言をぶちまけ続けている。
犯人に対して、そして警察の対応に対して、ぺらぺらぺらぺら、身に遭遇したことを語っては、ナメンナコノヤロウと拳を振り上げている。
語る内容の、半分は嘘であったが。
刃物に負けずやり返し押し問答になっているところ、警察がきたから見逃してやった、とか。
ブリーフ丸出して屁をこいたことなども、相手のことにしてしまったし。
事実は、定夫が刃物で脅されて、はひいはひいしか声が出ず、ブリーフ姿で土下座して、尻をくいと上げた瞬間に屁が漏れた。
偶然パトカーが通り掛かったことで男は逃げ、おかげで命が助かったものの、警官にはアニオタのしょーもない争いと思われ、挙句の果てには事件の捏造を疑われ。
定夫にも五分だか五厘だかの魂というものがあり、そんなみっともないことを正直に白状出来るわけもなく、ごまかし続けるしかなかったのである。
犯人への憤りなどは本物であり、味わった恐怖の分だけ強がってしまっているのである。無意識に殺人拳蜘蛛の糸を壁に叩き込んでしまうくらい。
ネットを見る限りでは、特にニュースにはなっていないようで、ほっとしたような、はたまた腹立たしいような、複雑な思いの定夫である。
ニュースもなにも、そもそも事件として扱われていないのかも知れないが、それもそれで悔しい。犯人が裁かれないどころか、警察がまともに取り合っていないというだから。
こっちはナイフだかなんだか脅され、危うく殺されるところだったというのに。ちっとも市民の役に立ってねーじゃねえかクソ警察。仕事しろや!
「でも、どうやってレンさんのことが分かったんですかねえ」
敦子が首を傾げる。
さも始めて口にした疑問のような態度だが、実はもう十回目だ。
「ネットの書き込みから、色々と分かることがあるんだよ。名前、地域の情報とか、ハンドル名なんかから他の掲示板が分かったり。IPアドレスの一部、または全部が晒されているような掲示板もあるし。そういう情報からあたりをつけて、絞り込んでいくんだ。個人でやるとは限らない。見ず知らずの物凄い数の他人同士が協力してあっという間に調べ上げてしまう、ってこともある」
定夫のパソコンでウェブサイト閲覧をしていた八王子が、マウス握る手を休めて親切に説明してあげた。
「うーん。なるほどですねえ」
よく分かっていないこと表情から明白であるが、敦子はとりあえずうんうん頷いた。
「でもそんな情報くらいで個人の特定が出来ちゃうなんて。怖いよー」
「怖くないっ! あのパーカー野郎、ムチャクチャ弱そうだったから、今度また現れやがったら返り討ちにしてやっから」
定夫は強がって、指をぽきぽき鳴らそうと手を組んだ。脂肪のためか、まったく鳴らなかったが。
代わりにではないが定夫の指ではなく八王子の喉が、ぎゅむと鳴った。唾を飲み込もうとして、つっかえて喉が動いた、ということのようだ。
「ねえ、なにこれ……」
八王子はすっかり青冷めた顔で、パソコンモニターを指差した。
「いかが致した?」
トゲリン、敦子、レンドルの三人は、パソコン画面に顔を寄せた。
表示されているのは、知る人ぞ知る有名な裏サイト「うおんてっど」だ。要するに、腹立たしい者をネットに晒すためのサイトである。
「えへーーっ!」
敦子が、ひっくり返った声を張り上げた。
モニターの中には、西部劇によくあるようなお尋ね者の貼り紙が四枚横に並んでいる。顔の部分がくり抜かれて、ウォンテッドされている者の顔写真が貼り付けられているのであるが、それは、
レンドル定夫、
トゲリン、
八王子、
敦子殿、
の四人だったのである。
顔写真の下には、それぞれの情報が書かれている。
名前 山田定夫(やまださだお)
住居 東京都武蔵野市
学校 武蔵野中央高校
体臭 臭い
罪状 神への反逆、および、原作者を詐称し、魔法女子ほのかのファンを執拗なまでに愚弄嘲笑したこと。
「なんだよこれ。どこで、こんな写真を手に入れたんだ」
定夫は黒縁眼鏡のフレームを摘まみながら、ぐいっと画面へさらに顔を寄せた。
ガツ!
「あいたっ!」
敦子の即頭部に、思い切り頭突きをかましてしまった。
「すまんっ、トゲリン」
「あたし敦子ですう」
敦子は涙目でいうと、自身も画面へ顔を近付けて、うーんと難しい表情を作った。
使われている四人の写真は、なんだかまとまりがない。
定夫のは比較的こまかな画質だが、
八王子は、印刷物を取り込んで、荒い網点をデジタル加工で修正したような、
敦子は、学校の集合写真を思い切り引き伸ばしたような、しかも妙に顔立ちが幼いような、
「あたしの、たぶん四年前。中一の時。入学直後の、集合写真です」
「ぼくのは、去年の学内報かな。教育実習の授業風景で、脇にちょいと写っているの使ったんだな」
「つうか八王子が投稿したんじゃないか? いまパソコンいじってたし。古い写真だって色々と持ってるし」
定夫は、ぼそり疑惑の言葉を口にした。
「なんでぼくがそんなことしなきゃならないんだよ!」
「犯人、あのパーカー野郎の背丈、低くて、ガリガリして弱そうな感じだった」
「ふきゃーーー!」
八王子は髪の毛逆立て怪鳥のような奇声を張り上げた。
「もうやめましょうよ、疑心暗鬼になったら負けです。この中にはそんなことする人は絶対にいません」
敦子が定夫と八王子の間で、踏切遮断棒のように右手を上げたり下げたり。仕草の意味は不明だ。
「すまん八王子。酷いこといってしまった」
定夫は、オカッパ頭をガリガリ。ばらばら粒塩のように大きなフケが落ちた。
「いや、分かればいいんだ。そもそも、ぼくは中二の途中で引っ越してきたんだし、四年前の敦子殿の写真なんか手に入るわけないでしょ。中学校だって違うんだし。……とはいえ、アルバムをその筋の業者に売るような人もいるくらいだから、その気になれば写真の入手は可能なんだろうけど。でも、あまりに早いよね」
「早い、というと?」
トゲリンがネチョネチョ声で尋ねる。
「犯人が、掲示板でレンドルとやり合ってムカっときて、それから調べて写真を入手したにしては、ちょっと早いよね、ってこと」
「確かにそうでござるな。つまり、とっくに調べられていたということナリか」
「ごちゃんでのやりとりだと、あいつは、まだおれたちのことを知らなかったよな。調べれば分かるんだとか凄んでたから。つまり、誰かが既におれたちのこと調べていて、そこから教えてもらったり、写真を入手したんだろうな」
「えー、それ動機が分からないですよ。誰かが既に調べて、って、その調べる動機が」
「ぼくらの作ったオリジナルが、ネットアニメとしてまず話題になって、それで、テレビアニメ化の話がきたわけじゃない? その話題になっていた時に、『原作、誰が作ってんのかな』と興味を持ったやつがいた、ということじゃないかな」
「なるほど。でもなあ、素人が根性でアニメを一本作っただけだぞ。それをそこまで調べようとするかな」
「推測だけど、まずそいつは敦子殿に興味を持ったのかもね。女性キャラ全員の声、そしてエンディングも担当している。そこにハアハアしてしまい、調べ上げたんだ」
「ハアハアって……」
なんとも情けない敦子の顔。
八王子は続ける。
「もしくは、テレビアニメ後かも。あのエンディング曲はテレビでも使われて大ヒットしただろう? でもアニメキャラならいざ知らず、歌を気に入っただけでそこまで入れ込んで調べようというのも妙な話。だから、その歌へのちょっとした興味が、オリジナル版への興味へ、そしてオリジナル声優への興味ということで、敦子殿に繋がった、と」
「なんでことごとく、あたしなんですかあ?」
怖さと情けなさの混じったような、複雑な表情の敦子であった。
「だから、メインキャラの声と歌をやっているからだよ」
「でも実際に襲われたのは、レンさんじゃないですか」
「いや、それはそれ、これはこれだよ。きっかけは、敦子殿。それにより、我々のことを調べたやつがいる。そいつから、あの掲示板野郎が情報を聞き出したと」
「レンさん襲った人が、この『うぉんてっど』の人なのかなあ」
「おそらくね。冒涜がどうとか、使うワードに独自性があることから、可能性は高い。というわけで、レンドルを襲ったのは掲示板のあいつということでほぼ決まりなんだろうけど、それはそれとして、この写真を入手したやつというのは……」
アニオタ探偵八王子が、推理や問題点をぺらぺら披露しているところ、マウスカチカチいじっていた定夫が不意に素っ頓狂な声を上げた。
「つうか、『うぉんてっど』消されてるぞ!」
と。
残る三人は、パソコン画面に顔を寄せた。
「本当だ」
確かに、定夫たち四人のウォンテッド分が、綺麗に一覧から削除されていた。
「よく気付いたでござるな、レンドル殿」
「管理人に削除依頼出すか、警察に訴えるか、その前にとりあえずこの野郎のIPアドレスとかなんか情報が調べられないかなと思って色々いじっていたら気が付いたんだ」
「下手すると自分が捕まるわけだし、閲覧履歴とIPアドレスから、ぼくたちがおそらくここを見ただろうと判断して、目的達成ということで削除撤退したのかもね。まあ、犯人はまったくの別人という可能性もあるわけだけど」
「つうかさあ、だんだんと腹立たしくなってきたんだけど」
定夫は、ぼそり呟いた。
「拙者もでござる」
トゲリンと定夫は、しばし見つめ合うと、「同志!」と、がっし手を組み合った。
腹立たしくなったといっても定夫の場合、もともとメーター振り切りっぱなしではあったので、好戦的な感情が強くなって恐怖不安を上回ったというのが正しい表現かも知れない。
「こいつらこそ、まほのを冒涜している! おれは断固戦うぞ!」
定夫は、右腕を突き上げ、叫んだ。
ブリーフ姿でガタガタ震えながら土下座して、ぶいと屁を漏らしたという、凄まじくみっともない姿を狼藉者に晒してしまったという、その恥ずかしさの反動による感情大爆発なのであるが、本人はまるで気付いていなかった。「ふふ、気付かなければ正義の怒りだと思っていられるよね」「ああ、君は賢いな、アンドリュー」。
「ぼくもっ、こんな酷いことされて黙ってられないよ!」
八王子も声を荒らげる。
「黙ってはいられないが、さりとて高らかに声を上げればレンドル殿のように刺し殺されるわけで」
「おれ別に刺し殺されてはいないが……」
その寸前ではあったが。
「でも、どうするんですかあ? 戦うって」
「簡単だ。『やつらの大好きな魔法女子ほのか』を、否定してやるんだ」
「はにゃ?」
わけが分からず目が点になっている敦子に対し、八王子とトゲリンの二人は、
「なるほど」
ニヤリ笑った。
「どうして、まほのを否定することが、犯人へやり返すことになるんですか? それに、否定って……」
「つまりだな、もともとこの問題は、まほの第二期への不満から始まっているということなんだ。それに対しておれが色々と掲示板に書き込んだことから、肯定賛美しか許さないという思考放棄の信者野郎を怒らせてしまった」
「ということで、つまりは一石二鳥というか、ことのついでというか、原点回帰、ということなのでござるよ。まほの否定は」
と、トゲリンが補足する。
「そういうことだ。……みんな、あんな未来が舞台の完全SFのまほのなんか嫌だよな。だから今回の事件は、我々が大きく声を上げる、反撃の狼煙を上げるきっかけを作ってくれたものでもあるんだ」
今回の事件 = ブリーフで屁をこいたこと。
墓場まで持っていきたい秘密を胸に、定夫はぶんと右腕を振り上げた。そして、叫ぶ。
「取り戻そうぜ! おれたちの『魔法女子ほのか』を!」
「拙者たちのホノタソをっ!」
トゲリンも、右腕を振り上げた。
「テレビアニメをぶっ壊そう!」
八王子も続いた。
「そう、世界をすべて破壊するんだ」
「おばあちゃ…いや、はるかがいっていた。破壊なくして創造はない」
定夫は突き上げている右手の、人差し指をぴっと立てた。
「そのはるかすらも、ぶち壊そう」
「おー!」
「テレビ生まれのキャラでござるからな」
「ちょっとお、やめましょうよおお」
軍靴の音が聞こえそうな、なんとも物騒な雰囲気になっていく部屋の中で、すっかり涙目の敦子が必死になだめようとしている。
しかし、そんな彼女を尻目に、
三人は案を出し合い計画を練っていく。
ばれたら罪に問われておかしくないような、数々の案を。
イベント会場に乗り込んで、黄色いヘルメットに拡声器で佐渡川のやりくちを訴えるとか、
そこでさらに、星プロダクション担当に冷酷非情に突っぱねられた話をするとか、
週刊誌に裏設定と裏話を売り込むか、
星プロダクションの下請けに対する黒い噂を聞いたことがあるが、そうした横暴と絡めて訴えるのもいいだろう。
罪に問われておかしくはないものの、なんともセコイことばかりであった。
しかし彼らは真剣に話し続ける。
「『真・魔法女子ほのか』の設定を作り上げて、ぶつけるか」
「そうでござるな、オリジナルはこっちなのだから」
法的所有権は微塵もないわけだが。
「そう。オリジナルはこっち、つまり正義は我らにあり。偽物の、金欲にまみれた作品をぶちこわして、あらたな世界を創造するんだ!」
「おーー!」
すっかりハイテンション。ドーパミンを分泌しまくる三人であった。
「我ら、生まれた時は違えども、死す時は同じ」
腕を剣に見立てて、その剣先を、三人は高くかかげ突き合わせた。三国志だか三銃士だか分からないが。
「ささ、敦子殿も恥ずかしがらず」
「いやだようう」
トゲリンに腕を掴まれ掲げられ、強引にダルタニャンにされる涙目の敦子であった。
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