第03話 バトルスタート!

「もち聖地巡礼っす。ホノキュン萌え萌えー」

「第一巻初版本のカバーに、神主さんのサイン頼もうと思って持ってきちゃいましたあ! 関係ないけどズシーン最高!」

「ゆうきウイン!」


 眼鏡をかけた三人の若者が、境内ではしゃいでいる。一人は、ほのかのフィギュア、一人は漫画本を手にして振っている。

 みな肥満体型なのにカメラにやたら寄るため、画面はぎゅうぎゅうである。


 夕方ワイド番組で、現在日本のアニメ界に大旋風を巻き起こしている「魔法女子ほのか」の特集を放送しているのだが、それを、いつもの四人で視ているのだ


 特集の取材場所は、鳥取県にある神社だ。

 ほのかたちは作中で巫女のアルバイトをしているのだが、そのモデルらしいということで、この神社は聖地認定されているのである。


 彼ら三人以外にも、それと思しき風体の若者たち、はたまた中年たちまで、カメラは捉えている。どうでもいいが肥満率高し。


 「魔法女子ほのか」、その人気はこの通り衰えることを知らなかった。


 ラジオドラマも近々開始予定で、「君の作った魔法女子が戦うぞー」などと、アニメ雑誌やWebでキャラを募集している。「『○○ウイン係』まで、どしどし応募してくれ!」


 なるほど、ラジオつまり音声だけであるため、いくらでもキャラ増産が可能という、おそらくは佐渡川書店からのアイディアなのだろう。


 一般からの募集ということで、一種同人誌的な存在のキャラになるため、やり過ぎると興ざめや違和感のもととなる。しかし、佐渡川の関わる作品はそのあたりのバランス感覚が絶妙なので、今回も、まず問題になることはないのだろう。


 嗚呼、さすがは佐渡川書店。

 夢のある素敵な企業。

 金儲けの達人。


 そんな話はどうでもいいが、いや、ついでなのでどうでもいい話を続けるが、


 先週、「魔法女子ほのかチョコ」という、シール入りのスナック菓子が発売された。一個五十円、税抜き。

 いずれ、シールだけ抜き取ってチョコを食べずに捨てる輩が現れるのだろう。


 DHA入りの、「ほのかがバカにならないパン」。炎上商法を狙っているとしか思えない衝撃的なネーミング。「なんで私ばっかりこういう扱いなんですかあ」、と涙目で怒っている包装イラストの可愛らしさも手伝って、売れ行き好調ということである。


 好調といえば、女児向け玩具である変身アイテムを忘れてはならない。


 一クールアニメだというのに、放映期間中に大企業からしっかりした玩具が出て、しかもそれが売れに売れてしまう、大きいお友達の購入率も非常に高い、と異例づくめであった。

 だからこそ、つまり大手スポンサーに充分な旨味があったからこそ、過激な暴力描写でけしからんと騒がれつつも早々に第二期制作が決まったのだろう。


 魔法女子ほのかは、もう巨大ビジネスなのである。

 日本経済の一翼を担う存在なのである。


 もちろんまだ一過性のブームという可能性は捨て切れないが、既にして巨額の金が動いていることに違いはなかった。


 さて、

 夕方ワイドに話を戻そう。というよりも、それを視ている四人に。


「アホだなあ、こいつら」


 八王子がポテトチップスをつまみながら、うふふっと笑った。


「まほのに、決まった舞台などないというのにな」


 定夫。ポテトチップスの袋に、見ずに手を入れようとして、トゲリンの指と触れ合ってしまいお互い慌てて引っ込めた。


「拙者が、背景の参考にするためネットで探した写真は、伊豆とか、三重がほとんどナリよ。自分で撮影した学校や町の風景、家などは、全部この近所でござる」


 つまり東京武蔵野市。


「テレビアニメ版も、おそらくモデルは多摩のあたりと、伊豆を混ぜたものであろうな」

「なのに、なのに、鳥取で萌えーとかいってんの。もうやんなっちゃう」


 定夫は、もにょもにょ肥満したお腹をばしばし叩いた。


 愚痴である。

 要するに。


 愚痴を愚痴として認めたくないので、このように上から小馬鹿ないい方になっているだけで。


 彼らは最近、集まってはこのように愚痴ばかりこぼしていた。

 テレビアニメ化された当初は、単純に嬉しく、自分たちが誇らしく、文句など出ようはずがなかったのだが、第二期の噂が出てからというもの。


 次の舞台は遥か未来の世界であるというふざけた噂が出たことにより喜びちょっと冷めてしまい、真偽を確認すべく制作会社の担当に話を聞こうとしたが、「もううちの作品だから」と、門前払いを食らった。それにより、定夫たちの不満は一気に爆発したのである。


 それでも最初は、「もうそれは、まほのじゃない!」、という、一種作品愛からの憤りであったのだが、愚痴をこぼし続けているうちに、「作品を作ったのは自分たちなのに!」と、いつしか思いが歪んでしまっていた。


 本人たちにも、自覚はある。

 真っ直ぐでないことは分かっている

 さりとて心のことゆえ、どうしようもなかった。


 既に権利は譲り渡しているため、現実面としてもまたどうしようもなかった。もしも、星プロダクションや佐渡川書店に法的措置などをとられたら、太刀打ち出来るはずもない。


 腹を立てても、どうしようもない。

 どうしようもないが、腹立たしい。


「くそ、ムカムカすっから、ごちゃんにまほのの裏設定を書き込んでやる」


 山田レンドル定夫は、パソコンのキーボードをぶっとい指でカタカタ叩き出す。

 巨大インターネット掲示板ごちゃんねるに、カタカタカタカタ。


 原作者と知り合いで色々な話を聞いて知っているんだけどー、というていで制作裏話を書き込んだ。


 ほのかたちは異世界の機械体、単なる科学的魔法触媒に意思が芽生えたもの、という設定にまとまりつつあったこと、


 ほのかたちが人類の敵で、半分に別れて殺し合う構想もあったこと、

 それが、「魔法女子はるか」というテレビアニメ版の新キャラに受け継がれているだろうということ、


 資料はすべて制作会社に渡してあり、テレビアニメ版も随所随所でその設定を生かしていること、つまり、テレビ版ほのかが「魔法触媒という機械体」である可能性も充分考えられること、


 会議で即効ボツになったが、物語はすべてアニオタの一夜の夢であった、


 などなど、定夫は魚肉ソーセージのようなぶっとい指で、器用に素早く書き込んでは送信して行く。「喰らえーーっ!」などとキョウ様の真似で叫びながら。


「最初は嬉しいという感情だけだったのに、色々と複雑な感情が芽生えてしまったでござるなあ」


 なおも一心不乱にカタカタやっている定夫を見ながらトゲリンが、思えば遠くへきたもんだとばかりしみじみ呟いた。


 敦子が、その呟きを受けて、


「あたしも最初は、プロの演じ方と自分とを比較出来て勉強になるなあ、って喜んでいたんですけどね。なんかこう、やっぱりもやもやが溜まりますね。……お恥ずかしい話なんですけどこの間、『プロト版の声の方がよかったよね』なんて、自分で書き込んじゃいましたよ。はあ、なんかむなちいいい」

「まあ、おれらより敦子殿が一番悔しいのかも知れないよなあ。ほのかの個性って、敦子殿から誕生しているんだから」


 定夫。画面から視線そらさずキーボード叩きながら。


「ええっ、そうなんですかあ?」

「ほら、その喋り方」

「あ、ああ……なるほどですね」


 定夫たちと敦子が知り合った日のこと。

 見知らぬ女子に追われて、涙と鼻水と阿鼻叫喚の悲鳴を撒き散らしながら逃げる定夫たち。追う敦子の投げ掛ける、「な、なんで逃げるんですかああ」「なにをしたっていうんですかあああ」という言葉、それがヒントとなり、間延び敬語のほんわか主人公というアイディアが生まれ、台本を修正したのだ。

 もともと敬語が多いという設定ではあったが、それを徹底的にしたのだ。


 主人公に魅力がなければアニメのヒットは有り得ない。つまり、まほののヒットは敦子のおかげといって過言ではないのである。


「ほのかの喋り方だけじゃないよ。歌が原音そのまんま使われて、しかもスマッシュヒットを飛ばしているというのに、お金が出ないどころか名前も出ないんだよ」


 八王子。自分のことのように悔しそうな表情だ。


「いえ、それは別にいいんです。たくさんの嬉しさドキドキを貰ったことは事実なので。でも、確かにちょっと悔しいような気も。……あたし、嫌な子だあ」


 両手で頭を抱える敦子。

 その仕草の可愛らしさに、ちょっとドキっとしてしまった定夫は、ごまかすように、


「そそ、そういやっ、ほのか以外のキャラがテレビ版で一斉にリネームされたけどさ、あれもどう考えても敦子殿の歌からヒントを得ているよなあ。あおいとか、風が静かとか」

「やけ酒だああ!」


 敦子は、ペットボトルのオレンジジュースをぐいーっと一気に飲み干した。


「なんか、むなしいでござるなあ。色々と」


 ニチョニチョぼやくトゲリン。


「あれ……おい、さっきの書き込みに、こんなレスがきたぞ」


 という定夫の言葉に、みんなでパソコン画面に顔を寄せた。




 724

 20××/××/××/××:×× ID:877245 名前:つっく


 それは、ほのかへの冒涜だからな。

 分かってんのかてめえ。

 てめえ、夜道には気をちけろよな。

 どうせちょっと注目浴びたいクソオタが、デタラメを書いただけなんがろうけどな、

 だからって、なんでも許されるわけじゃぬえんだよ。

 仮にてもえの言うことが本当だとしてもな、

 そんなん、どーでもいいんだよ。

 もうな、テレビのほのかが、本物のほのかなんだよ。

 ほのかはもうな、テレビのぬかで息をしているんだよ。

 はあ、それがなんだあ?

 ゆうにことかいてなんだあ?

 触媒の機械だあ?

 オタの夢オチだあ?

 殺すぞ、てめえ、ほんとに。

 ぶっ殺すぼ

 お前は、ほのかを穢したんだぞてめえ。




 先ほど定夫が裏話を書き込んだのだが、それについてのレスである。

 他のごちゃんねらーに、「ネタにマジレス。バカじゃねえの」「落ち着け」「ぶっ殺すぼ、ってどこの方言ですか?」などとからかわれている。


 定夫、トゲリン、八王子の三人は、顔を見合わせると、誰からともなくニヤリと笑った。


「キエーーッ!」


 八王子は、怪鳥のような奇声を張り上げて定夫の前のキーボードをくいと自分へと引き寄せると、両の人差し指で不器用そうにガッシャガッシャと叩き始めた。




 796

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 うるせーバーカ

 ネタじゃねーよバーカ




 貧弱な語彙で書き込み、送信した。

 すると定夫も、キーボードを奪い返してカタカタ、




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 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 俺は神。

 お前のが冒涜だろうが。愚か者め。




 続いてトゲリンも、




 799

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 まほのが無かったらなんにも残らない、人生それっきりの真性オタク野郎!

 ござる!




「だっ、だめですよう、みなさん、この人たちだってファンなんですからあ。ファン同士で喧嘩してどうするんですかあ」


 真面目な敦子が、この流れにすっかりオロオロとしてしまっていた。


「敦子殿も、はい」


 八王子に背中押されて、敦子の前にキーボード、


「では、お言葉に甘えて」と、キーを叩こうとする敦子であったが、はっと目を見開き首を横にぶんぶん、「で、ですからっ、だめですってばああ!」

「ダメもナニも、もう引けんのじゃーい! ハルマゲドーン!」


 わけの分からないことを叫びながら、定夫は掲示板の更新ボタンをクリックした。


 もう、レスがきていた。




 803

 20××/××/××/××:×× ID:877245 名前:つっく


 過去ログは、全部とってあるぞ。

 そのコテハンを使った、ほか掲示板のもな。

 お前のことなんか、すぐに特定出来るんだからな。

 住んでいるとろこなんか、すぐ分かるんだからな。

 俺にそうゆう態度とって、覚悟は出来ているってことででいんだよな。

 もう一回言うぞ。お前の住んでるとこなんか、すぐ分かるんだからな。




「こやつ、脅しをかけてきたでござるぞ」

「オタの分際で」

「バトルスタート!」

 かくして、定夫、トゲリン、八王子の三人は、順繰り順繰り連続書き込みによる爆弾投下を開始したのであった。




 809

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 ふーん。



 810

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 へー。



 812

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 そーなの?



 813

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 つうか、「住んでいるとろこ」ってなんだよ?



 815

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 ばーか



 816

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 なあにが、覚悟出来てるだよ。



 818

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 通報しますた



 821

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 実はプロト版からのファンで、こっちは適当に三重とか福島とか登別とか言ってただけなのに、聖地巡礼とかいって、全部まわってんだろ。



 822

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 ばーか。



 824

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 「お前のこと」もなにも、おれたち三十五人いるんですけどお。



 825

 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会


 特定してみてくださーい。




 その異様なムードに、すっかり涙目になっていた敦子が我慢限界で泣き出してしまうまで、順繰り連続書き込みは続けられたのである。

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