第02話 顔面ねろねろ

「権利は当社にあるということですので」

「しし、しかしっ!」


 と、食らいつく定夫であったが、


「失礼致します」


 ブツ。

 プーップーッ。


 切られてしまった。

 定夫は受話器を手にしたまま、まるで時が止まったように呆然として、動かなかった。

 本当に時が止まっているわけではないことは、ずるりと垂れた真緑のぶっとい鼻水が振り子のように揺れていることから瞭然であったが、とにかくそれほどのショックを受けていたのである。


 可能性の一つとして想定には入れて、ある種の覚悟はしていたのだが、まさかここまで見事に門前払いを食らうとは思っていなかったのだ。


 なんの話か。

 神保町のカレー屋に、ジャガイモの熱さについて苦情を訴えたわけではない。


 「魔法女子ほのか」の全権を売った相手、星プロダクションというアニメ制作会社に電話をしてみたのだ。

 第二期の構成について、原作者として思うところを糺すために。


 要するに、アメアニに掲載されている情報が真実だとしたら、フザケンナコノヤローと文句をいってやるために。


 権利譲渡の際に名刺を受け取っていたので、その担当の名を告げ取り次ぎをお願いしたのであるが……

 しかし、担当者は多忙を理由に電話に出ず。

 三分ほど保留にされた挙句が、先ほどの会話だ。


 面倒くせえ、とにかく突っぱねろ、ということで受付嬢に門前払いを指示したのだろう。


 こちらが権利を手放した以上は、どんな些細な口出しをすることも許されないということか。

 定夫たちのオリジナル作品があるWebサイトを、権利譲渡の際に閉鎖させられたのだが、それがつまり、そういうことだったのであろう。

 まったくもって釈然としないが。


 そもそも第一期の制作発表では、ネット発祥の作品であることを強く前面に押し出していたはずではないか。

 だったら、「しょせん素人の作った物だが、しかし原点ここにあり」としてオリジナルはそのまま残して閲覧出来るようにし、かつ、原作者とのやりとりを上手に利用して、さらに作品を盛り上げていくという手法だってあるだろうに。

 手作り感を生かすという方法があるだろうに。

 育て作り上げたのはみなさんです、という雰囲気に持っていくことだって出来るだろうに。


 オリジナル版は現在も闇サイトより入手は可能で、いまだ高い評価を受けているのではあるが、そのようなことにのみ心慰められなければならないとは、悔しいを通り越して、これはなんという気持ちなのか自分でも分からない。


 権利譲渡の契約が成立した直後のこと、八王子は金銭的なことについてもっと上手く交渉しておけばよかったと愚痴をこぼしていた。

 定夫は現在でも金銭云々という気持ちはあまりないが、ただ、発言権をある程度主張しておくべきだったかと強く後悔していた。


 ずーっと呆けたような顔をして、家の中で北風に吹かれていた定夫であったが、ようやく、はっと気付いたように受話器を置いた。

 ねろねろと、鼻水が顎まで垂れていたので袖で思い切り拭った。


 顔中にねろねろが拡散されただけだった。

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