第十三章 神は降臨するのか
第01話 ジャガイモいらないから価格下げて欲しい
強烈なスパイスの香りが、ぷんぷんと漂っている。
各階に古本屋が入っているビルの、二階奥にあるカレー屋だ。
ごく普通の欧風カレー店であるが、場所が場所なのでオタ率高し。
その数値の高さに貢献している、レンドル定夫、トゲリン、八王子、敦子殿。
彼らは薄暗い空間の中で、四人がけのテーブルに着いて、なんだか難しい顔でそれぞれに雑誌を広げている。
全員、同じ雑誌である。
ほのか、あおい、しずか、ひかり、はるか、ゆうき、六人の魔法女子が肩を寄せ合って楽しそうに笑っている。
「アメアニ」最新号。
魔法女子ほのか第二期について、事の真偽を確かめねばいられないような情報が載っていると聞いて、さっそく買い求めたものだ。
情報収集目的なら一冊で充分のはずだが、なのにそれぞれで買って持っているのは、どのみちいつもそれぞれで買っている雑誌だからである。
「神々との戦いがメイン。……本当に書いてあるな。まあ、これはよしとしよう。
と、定夫。
「新たな魔法女子が続々? とあるでござるな」
眼鏡のフレームつまみながら、ニチョニチョ声でトゲリンが。
「未来の危機を予知するものの、時を超える魔法を使える者がおらず、最終手段、現在に永遠の別れを告げてコールドスリープで未来へ。と」
八王子、笑みを浮かべてはいるが、楽しいという感情からではないこと明白であった。
「第二期のキャラ原案はほとんど仕上がっており、入手情報が事実であれば、十二神や二十四魔将など、おそらく膨大な数の魔法女子が画面を賑わせることになるのだろう。……定かではないが、とは書かれていますが」
敦子は本を閉じ、膝の上に置くと、ふうと小さなため息を吐いた。
「ガセじゃないのかなあ」
八王子は笑みを浮かべたまま、氷と水の入ったコップを意味なく回している。
「まあ、そう考えるしかないような内容だよな。……みんなは、どう思う? この展開が本当だったら」
定夫が尋ねる。
「いやあ、これはちょっと……」
トゲリンが、オカッパ頭の下でなんとも苦々しそうな表情を作った。
「完全にSFになったいますよお。……なっちゃいますよ」
困ったような怒ったような敦子。滑舌悪くなってしまったのを、ちょっと恥ずかしそうにわざわざいい直した。
「もう、別の作品だよね。新規アニメなら構わないけど、まほのでやるなよ、って思う。せめて、一話限りの特別編、お江戸が舞台でござる的な番外編でやってよね」
八王子は、まだコップくるくる回している。
定夫は、みんなの顔を見て、一呼吸、ゆっくり口を開いた。
「だよな。どんなに宇宙規模の超絶バトルになろうとも、最後にはほのぼの日常に還る。それが、まほのというアニメなんだ」
どこかに明記されているわけではない。定夫にとって当然というだけのこと。
だから、確認したのである。みんなの思いを。
「友達と喧嘩したり、誰かを好きになったり、失恋して落ち込んだり、テストで赤点取って補習受けたり、カラオケ行ったり、お料理したり、お正月には神社でお餅つきい……」
もともとほのかにそうした日常要素を求めていた敦子が、楽しげに妄想しながら天井を見上げている。
「風呂を覗かれたり、スカートめくられたり、風のいたずらでめくれるのもまた風流かな。ほっほ」
興奮妄想にニヤけるトゲリン。
「買い物先で選ぶ服が合うの太ったのと揉めたり、宿題終わらなくて泣きついたり、道端でどうでもいい雑談を延々としていたり、犬のウンコ踏んだり」
八王子も続く。
「そう。そういう日常が、『魔法女子ほのか』の原点なんだ。元々、ほのぼの学園ものか、退魔ものか、ってことで企画作りだって始まっているんだし。だというのに、この一方通行の時間遡行、というか単なる氷漬けで未来に行って神々とバトルって、なんなんだ」
「だよね。次元の裂け目に落ちて転生しつつ過去に戻ったはるかのように、最終的に現在に戻ってくる可能性はそりゃあるだろうけどさあ、メインの舞台が未来世界というのは、なんかなあ。未来に行ってしまったら、ずっとバトルと冒険でやるしかない」
「キャラ数を増やすのが目的、って気がしませんか?」
「確かに。
トゲリンが苦々しげに言葉を吐き捨てた。
佐渡川書店とは、魔法女子ほのかアニメ化にあたり、バックについている超大手企業だ。メディア展開に精を出す会社として知られている。
「カード、玩具、ゲームをどんどん出して儲けたいんだけど、でも一般的に、その原作となるアニメ、まあ特撮も同じ傾向なんだろうけど、昔はともかく現代では主人公と同じフォーマットのキャラにしか注目がいかないんだよね。モノとして売れない。つまり『怪獣の人形』よりは『変身アイテム』、ということ。『正義の怪獣』よりは、『悪のラ○ダー』、『悪のガ○ダム』、ということ」
「日常路線にすると、せいぜい数話に一回しかそういうキャラを出せないが、未来、つまり非日常を舞台にしてしまえば、一話に何人も出すことが出来る。さっき敦子殿がいっていた通りなんだ。カードゲームなどを作るためには、相当数のキャラが必要だから」
「なんか、愛のない話ですよねえ。それが大人の世界というのなら、あたし、大人になりたくないなあ」
「企業としては、正しいのかも知れないでござるが。たくさんの社員を抱え、それぞれに家庭もあるのであろうし」
などと世知辛さをしみじみ語り合っていると、女性店員がやってきて皿をテーブルに置いた。
切れ込みにバターが差し込まれている熱々のジャガイモだ。
「ここいつも、最初にこれが出るんですよね。すぐ手をつけるとそれでお腹一杯になっちゃうし、必ず口の中をやけどするから、カレーが美味しく食べられなくなっちゃうんですよね。だからあたし、いつも最後までとっておくんです」
と、経験を語っている敦子の隣で、
「ぐあああ、あ、あふっ、あふっ、うっ、上顎の皮がめくれたああああ!」
トゲリンの絶叫。
なんだか二人羽織芸に見えるのは、単に太っているからであろうか。
「だから敦子殿がいってたのにい。ほら、トゲリン、水」
八王子が、コップを滑らせトゲリンの前に差し出した。
「あたし三回くらいやっちゃって、もう骨身に染みてますからね」
えへへ、と笑う敦子、のテーブルを挟んで、
「舌ギャアア! あふっ、皮っ、むけっ、むけっ!」
周囲から学習することを知らない山田レンドル定夫であった。
というかそもそも、この四人で来たのも二回目だというのに。
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