第06話 確かめねばなるまい
「うおおおおおーーーーーーーっ! うおおおーーーっ!」
トゲリンが、込み上げる感情をこらえられず、魂を吐き出すかのような凄まじい轟音絶叫を解き放っていた。
最終回に感動しているわけではない。既に完結から一週間が経過している。
ここは、とある書店の中である。
「おううーーーーっっ! うおおおおおおおっ!」
他の客が露骨に迷惑そうな顔をしているというのにトゲリン、まったく気付くことなく叫びまくっている。
「もるもるもるもる!」
うおおおおっ、の惰性余韻なのか分からないが、不気味で意味不明の雄叫びまで張り上げ始めた。
「うるせえクソデブ!」
ついに他の客に後頭部をゴチと殴られたのであった。
なお気付かず吠え続けるトゲリンに、頭のおかしい奴と思ったか(あながち間違いではないが)、客は舌打ちしながら店を出て行った。
ここは神保町にある大型書店である。
出入口付近に平積みコーナーがあり、「魔法女子ほのか」関連の雑誌、ムック、漫画、小説、サントラ、サウンドドラマ、謎本、などがところ狭しと置かれ積み上げられている。
数えることなど不可能なほどの、ほのか、あおい、しずか、ひかり、はるか、ゆうき。
店内のスピーカーからは、後期エンディングテーマである「素敵だね」。
コーナーには、小さな液晶画面がいくつか設置してあり、本編の映像や、発売予定であるゲームの宣伝映像などが流れている。
トゲリンは、このあまりの壮観圧巻に感極まって不気味な絶叫を解き放っていたのである。
「う、ううっ、うーっ」
突き抜けたか、今度は泣き始めてしまった。
眼鏡を外し、袖でレンズをごしごし拭いながら、めひめひとむせび続けている。
トゲリン大暴走であった。
山田定夫も、気持ちとしては同じようなものだった。さすがに恥ずかしいので、ここまで感情は出さないし、もるもる叫んだりなどしないが。
八王子も、敦子殿も、おそらく同様だろう。
じわじわ込み上げるものに思わずニヤけそうになるところを、なんとかこらえて平静を装っているような、二人ともそんな分かりやすい顔になっている。
今日は四人ではるばる神保町を訪れているわけであるが、その目的はなにかというと他でもない、この「魔法女子ほのかフェア」のためであった。
関連書籍、グッズなどは、とっくに購入して所持しているが、盛り上がりを肌で感じたかったからだ。
昨日は昨日で、
魔法女子ほのかは、この通り現在人気大爆発中であった。
まだ第一期が終了した直後だというのに、もう深夜枠で再放送が開始している。
CSでも、五つのアニメ専門チャンネルで放映中だ。
放送開始時から異例の高視聴率を叩き出してきたアニメではあったが、ここまでの人気作になることを決定付けた分岐点は第七話であろうといわれている。
子供も観る時間帯のアニメだというのに、映像をぼかしているとはいえあまりにも過激な人体破壊描写。世論から「やりすぎ」と叩かれ騒がれたのだが、それによって認知度が急上昇したのだ。
あれよあれよという間に、アニメファンならずとも名前を知っているアニメへと成長。
単なる格闘アニメだろ、と揶揄する者もいるが、人気を否定する者は誰もおらず。
世の熱狂ぶりは、まさに社会現象といって過言ではなかった。
アニメ第二期が制作されるだけでなく、テレビゲームは発売間近、さらには劇場アニメ化も決定している。
もはや完全に、定夫たちの手を離れた作品であった。
だから昨日の声優イベントも、単なる一ファンとして楽しんだし、この書店でのフェアも然りである。
もう関われない、ということが、寂しくないといえば嘘になる。
だけど楽しみ、わくわくの方が、遥かに勝っている。
そのわくわくを味わうのに、もう労力はいらない。黙っているだけで、プロの作り手と、大きなお友達が、勝手に大きく育て上げてくれるのだから。
などと定夫が、現在と未来の興奮を肌と脳とにしみじみ感じていると、また自動ドアが開いて新たな客が入ってくる。
バンダナに黒縁眼鏡の、肥満した二人組。トートバッグ肩に下げて。
ほのか、はるか、のTシャツをそれぞれ着て(ボンレスハムのようなっており、キャラ判別が難しいが、おそらく)、定夫たちがいるほのかフェアの平積みコーナーへと寄ってきた。
「あざーーーーっす! おいあざーーーーーっす!」
トゲリンが、マシンガンのごとき猛烈な勢いで、その二人組へと深く頭を下げまくっている。深くといってもお腹の脂肪がつっかえて、健常者ほどは下げられないのだが、可動限界まで深く。
ボンレスハムの二人組だけでなく、他にも男性女性、学生社会人、オタっぽいの普通っぽいの、色々な人が足を止めて、本を手に取っている。
定夫は、そうした様子をじっと見ている。
胸の奥から湧き上がる、なんともいえない感情、なんとも分からぬままぞくぞくするような高揚感。
来店時から、ずっとそんな気持ちに心身包まれていた。
「魔法女子ほのか」がどんどん育ち、広がっていることに対して、
興奮していた、
ちょっとだけ、誇らしい気持ちになっていた。
でも、誇らしく思ったとして誰がそれを責めようか。
自分がいなければ、「魔法女子ほのか」は存在していなかったのだ。
最近ヒット作を生み出せていなかった佐渡川書店の、株式がうなぎ登りの高騰を見せているらしいが、それもおれのおかげなのだ。
日本を征服しそうな、ほのかの勢い、
海外進出は間違いなく、そのまま爆進を続けて世界を熱狂の渦に巻き込めば、
すなわち、世界制覇、世界征服、
つまり、
おれは、影の皇帝。
株式市場にまで影響力を放つ、皇帝様だあ!
「カイザーーーーーーーーーーっ! せいっ、せいっ、せえええい!」
つい我を忘れて右拳左拳を突き出し、世界へ轟けとばかりの絶叫を放った。
高揚感爆発の沸点が低いのはトゲリンであるが、最終的に変態行動を取るという意味ではどちらも同じであった。
「あの、お客様方っ、先ほどからちょっとお声があ……」
女性店員の声。トゲリンとひとくくりで注意され、我に返り恥ずかしそうに肩を縮こませる皇帝様。
と、その時であった。
聞き捨てならない会話が聞こえ、レンドル皇帝の耳がピクンと動いたのは。
「安田氏、知ってる? 第二期は、遥か未来が舞台らしいね」
「えー、そうなん?」
「決定事項かは不明であるが、かなり信憑性あるらしい」
「キャラ総入れ替えかな。子孫とか」
カーキ色迷彩服上下の男と、赤青チェック柄シャツをジーンズに押し込んでいる男、年齢不詳だがこの二人が、ほのかの本を手に手にそんな会話をしていた。
第二期が、未来?
知らないぞ、そんなことは。
定夫は疑問を感じたその瞬間に、迷彩とチェック柄の二人へと近付き話し掛けていた。
「おたく、いまご友人に、なんと発言されておりましたか? いや、『未来が』とか聞き捨てならない言葉が鼓膜を震わせたような気が致しまして」
初めて敦子と話した時の狼狽ぶりとは大違い、オタク男子が相手なら初対面であろうとペラペラ饒舌な定夫であった。
「ああ、まほのの第二期について、いわゆる未来が舞台であるらしいということを、友人に話していたのです。なんでも、復活した神属との戦いがメインで、太刀打ち出来る存在がその時代にいないので、ホノタソたちがコールドスリープで未来へ飛ぶとか」
「まほの」とは、最近定着しつつある「魔法女子ほのか」の略称である。
それよりも……
「ソースは、どこにあるのでしょうか」
情報源はなにか、ということを定夫は尋ねたのである。
「最新号のアメアニに、書いてありました」
アメアニ? 確か発売日は、明後日のはずだが。
ああ、そうかっ!
定岡書店か!
神保町から少し離れた小川町にある、雑誌や漫画が早く発売されることで知られた小さな書店だ。
……確かめねばなるまい。事の真偽を。
「ありがとう。ごきげんよう。ほのかウイン!」
定夫はニッコリ不気味に微笑み、右腕を上げると、ウインのままくるんと身体を回転させ、トゲリンたちへとひそひそ耳打ち。
この場を立ち去ると、
いざ、と定岡書店へと向い、アメアニを発売日より前に購入。
そして……
四人を、凄まじい衝撃が襲ったのであった。
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