第02話 悔しいけれど……

「ふーーーーーーーーーっ」


 山田レンドル定夫は、長い長いため息を吐いた。

 ラーメン屋の換気のような、妙に脂ぎった息が噴き出して、オカッパの前髪をぽそぽそっと揺らした。


 ここは、山田家の居間。

 横付けされたソファには、妹のゆきが座っている。

 二人で、今週のほのかを観ていたところだ。


 定夫については、どうでもいいどころかハンマーで頭を叩き潰したいくらいに嫌悪している幸美であるが、その兄の生み出した作品が企業に買われてテレビアニメになったともなれば、こうした光景もまあ不思議でもないだろう。


「ふーーーーーーーーっ」


 兄貴、レンドル定夫が長いため息もう一発。

 幸美は、ぎろりと兄の顔を睨み付けた。


「くさいよ兄貴! 歯を磨いて沸かしたての熱湯でうがいするまで呼吸すんな!」


 相変わらずの、兄への毒舌。

 一メートルは離れているが、精神的に臭うのであろう。


「ふーーーーーーーーーっ。嗚呼、感無量」

「このブタ全然聞いてねえーっ!」

「エンディング曲が、敦子殿の作った、おれたちのオリジナル曲に変わったか。……凄いな、テレビアニメの曲に採用されちゃうなんて」

「アツコってえ? ああ、オタ仲間の?」

「その通り。えややっ、違うっ、敦子殿はアクトレスでありアーティストなのだ、お前ごときと一緒にするなあ!」

「『おれごときと一緒』でしょ! あたしがオタクかのようないい方すんなバーカ!」

「まあ、おんなじ血は流れているわけだが。まるまる入れ替えて問題ないくらいの、互換性のある血液が」


 フッ、と笑う定夫。


「あー、抜きたい! この血を全部入れ替えたいっ! ぐれしゆん君とかキンジャニのたかしろかねとし君とかとっ」


 なんの話をしているのかというと、オタ兄と同じ血液が妹にも流れているということだが、大事なのはそこより一つ前の部分。


 定夫がいった通り、「魔法女子ほのか」のエンディングテーマが変わり、なんと定夫たちが作ったオリジナル版の曲が使われたのである。

 沢花敦子が作詞作曲を手掛け、歌った、原盤をそのままだ。


 フルサイズと、テレビアニメ用サイズ、契約時に二つの音源を渡しているが、当然今回使われたのはテレビアニメ用サイズだ。


 定夫は、録画していた今回の話を再生、エンディングを頭出しして、流れるテロップを改めて確認した。



 「作詞 作曲 編曲 歌 ほのか制作委員会」



 ちょっと残念といえば残念か。

 権利譲渡の契約をするにあたり、設定資料と動画データだけでなく、効果音や、歌など、あるものはすべて渡している。「甲がすべての権利を有する」という契約をかわしている以上は、なにをどう名乗り、どう使うおうとも、それは向こうの自由。仕方ないというものではあるが、残念というか、ちょっと悔しい。


 しかしまさか、曲を原音のままで、まるまる使うとは思ってもいなかった。

 選んだ楽器の数が少なくて、しっかりした編曲を組みやすかったにせよ、それ以前、それ以上に、いかに敦子の曲作りの才能が優れているか、歌声が優れているか、ということなのであろう。

 また、実際に打ち込みを担当した八王子の力量が優れているということなのだろう。


 ぶーーーっ、ぶーーーっ!


 携帯電話が振動し、メールの着信を知らせた。



「ほのか、生き返りましたああああ! 別の体というのはちょっと複雑な気持ちですけどお。あとっ、あとっ、聞きましたかあ? EDっ、私の歌が、使われちゃいましたあああああ! 恥ずかしいけど嬉しいいいい! どんなこらえても顔がにやけちゃうよおお」



 敦子殿からであった。

 定夫、トゲリン、八王子への同報送信だ。


 もっと狡猾に契約しとけばよかったー、などという邪心の微塵も伺えない、ただ純粋に喜んでいるような文面に定夫まで微笑ましい気分になって、すぐに「聞いた。おめでとう」と返信した。


「しかし、肝心のストーリー展開であるが、まさか、こうくるとはなあ……」


 前話で、ほのかの肉体は滅んだ。

 はるかのデスアックスで、胴体を両断されたのだ。


 だが、新たな肉体を得て、復活する。

 新たといっても、いわば「ほのかゼロ」だ。


 古代、異世界の科学者によってこの地球へ転送されたもの。

 あまりの強大なパワー故に、不安視され、封印されていた、ほのかの真の肉体だ。


 簡単に復活出来たわけではない。

 精神世界側から語り掛けてきた「魔法女子ゆうき」に、真の肉体のこと、乗り換えにより復活出来ることを、精神体のほのかや、他の三人は聞かされる。


 しかしそのような処置を施せる科学設備は、もうどこにも存在しておらず、残された可能性は、ゆうきの超魔法「導魂」のみ。しかし術が成功する可能性は極めて低く、失敗すれば魂は消滅する。


 それを聞かされた上で、ほのかは、ゆうきの魔法にすべてを委ねた。


 あおいたち三人は、成功確率を少しでも上げるために、残る全魔力全体力を、ゆうきに差し出すことを志願する。


 「やめといた方がいいよ。ほんの少ししか確率は上がらないし、失敗したらほぼ間違いなく超魔法に魂自体を持っていかれるから。割、合わないでしょう?」と、ゆうきは制止するが三人は聞かない。

 呆れ顔と苦笑の混じった、ゆうきの顔。


 こうして始まった、導魂の術。

 あと少しで終わる、というところで、はるかが精神世界で起きている異変を察知。「ゆうき、やはり裏切ったか!」、舌打ちし、魔力探査の魔法で、ほのかの精神体から伸びている魂緒を辿り、地下遥か深くに埋もれている古代遺跡へ。


 古代異世界人の研究施設、カビ臭い部屋の中にカプセルが四つ並んでいる。はるかはその中の一つに狙いを定め、喜悦の笑みを浮かべながらデスアックスを振り下ろした。


 だがその瞬間、カプセルを突き破って腕が伸び、はるかは頬に拳の一撃を受け、吹き飛ばされ壁に叩き付けられていた。


 カプセルは割れ砕け、真っ赤な魔道着を着た赤毛の少女が、上体を起こしていた。


 これぞ、ほのかの真の肉体。

 見事、導魂の術が成功した瞬間であった。


 魔法女子ゆうきは、「ま、あとは任せた」と、すべてを見届けることなく姿を消し、

 真ほのかは、地上ではるかと戦い、圧倒的パワーで撃退する。


 三人の友を失って、涙を流すほのか。

 だが、三人は生きていた。


 喜び、抱き合う四人。


 というのが、今回の内容である。


「おれの考えた設定を、さらに捻ってきたな。つうかスピンオフのキャラまで絡めてきて、ゴージャスだな畜生」


 定夫は腕組みしながら、満足げに、ぶいいいいっと息を吐いた。


 先日ついに、第二期制作決定が正式に発表されたのだが、まだ第一期の途中なのにこうである、きっと次々と新キャラ新魔法が増えていくのだろう。


 ソーシャルゲームやトレーディングカードゲームを作りたい佐渡川書店の目論見通りになっているが、まあいいだろう。商業主義との相乗効果で素晴らしいアニメが出来ることもある。


 それはそれとして、パワーインフレの度が凄すぎやしないか?

 地球が粉々に砕けるぞ、そろそろ。


 発表された第二期のフルタイトルが「魔法女子ほのか 神降臨編」と知って、大袈裟だなと思っていたが、今回の話を見て、神々とも余裕で渡り合える気がしてきた。


 とはいえ、敵のレベルが行き着くとこまで行き着いちゃって、第三期は一体どうなるんだ。三期があるかどうか知らないが、あるとしてどうなるんだ。


 神々を作った者とか、宇宙そのもの、時そのものと戦うしかないじゃないか。


 ほのかの、さらなるパワーアップか。

 それとも今度は仲間がパワーアップするのかな。そうなれば、エレメンタルエクスプロージョンだって宇宙ふっとばすような破壊力になるはずだからな。神とも悪魔とも戦える。


「地下の研究室みたいなとこに、真ほのかが入っていたの以外に、幾つかシェルターみたいなのあったけど、あれが、すなわちそういうことなのかな。悪くないけど、出来ればもっと視聴者を驚かすように、制作会社のマスちゃんにちょっとアドバイスしとこうかな、制作会社のマスちゃんに」


 定夫は肥満した腹をむにょぽんと叩いて、わははと笑った。

 権利は完全に売り渡しているため、そんな発言権など微塵もないが、妹の前で格好つけてみせたのである。


「はあ? えっらそうに。このブタっ」


 まだソファに座っている妹の幸美が、嫌悪たっぷりの視線で兄を睨みつけた。


 兄は余裕の表情で受け流し、ふふんと笑いながら、


「ならば、芸術でも記録でも、なにか一つでも後世に残し、この偉大な兄という存在を抜いてみせえええい!」

「やだよ面倒くさい。アホか。……でもまあ、確かに快挙だよなあ。兄貴たちのやったこと」


 幸美は、コーラをストローでちょっと吸うと、ソファにぐーっと背中を沈めた。


「……オタの情念、岩をも砕く、か。兄貴のこと生き物として完全に見下していただけに、なんか悔しいけど、でもちょっと学校で自慢しちゃったもんね」


 兄を褒めてしまったことを誤魔化すかのように、ずずーっ、とコーラを飲み干した。

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