第03話 私は一人なんかじゃない!

 真っ白な光がダークシルバーの魔道着を包み込んだ瞬間、肩、胸、腹が、どん、どん、と弾け飛ぶように爆発した。

 はるかは、端整な顔を苦痛に歪ませながら、がくり膝を落とした。


 ように、ではなく実際に弾け飛んだのである。はるかの、服と、肉、骨が。


 彼女のすぐ後ろには、真紅の魔道着、ほのかが倒れている。


 はるかは、魔帝ジャドゥーグからほのかを庇おうと、超破壊エネルギーをその身に受けたのである。


 昼も、夜もない、真っ暗な空が広がり、無数の星が、またたきもせず、ささやかな光を主張しあっている。


 ここは、宇宙空間に浮遊する島、てんきゆう|界の遺跡。

 魔法女子ほのかたちと、魔帝との、最終決戦が行われているのである。


 遺跡の、一角が爆発した。

 高い塔がガラガラ崩れて、浮遊島の下に待ち構えるように広がっている黒く光る不気味な輝きの中へと落ちていった。『次元の裂け目』、吸い込まれたら二度と戻れない、一種のブラックホールである。


 ごぼり。

 身体を砕かれたはるかの口から、大量の、黒い血が噴き出した。


 彼女は前方を睨みつけ、口元を袖で乱暴に拭うと、よろよろと立ち上がった。


 前方、視線の先には、銀の刺繍が入った黒マントの男、魔帝ジャドゥーグの、涼し気な顔があった。


 どおん。

 また爆発が発生し、ぐらぐら揺れた。


 地面が崩れ、建物や、自動車や飛行船のような乗り物などが、次元の裂け目へと、次々と落ち吸い込まれていった。


 はるかは、口元をもう一度拭うと、力なく、しかし眼光は鋭く、震える唇を開いた。


「ほのかは……天窮界と人間の世界を結ぶ架け橋。絶対に、殺させは、しないっ!」


 両手の間に気を練り、振り上げた。

 その瞬間であった。


 爆発。

 はるかのすぐ頭上、自身の両腕が、なくなっていた。肘から先が、跡形もなく。

 魔帝ジャドゥーグが、はるかの気弾を打ち抜いたのだ。


 はるかは顔をしかめ、舌打ちする。その瞬間、目が驚きにかっと見開かれていた。

 光の槍が、胸から背中へと突き抜けていたのである。


 がくりよろめくはるかへと、さらに、二本、三本と、突き刺さり、突き抜けていく。


 がはっ、と血を吐きながら、なんとか踏ん張るはるかであるが、もうその足に力はなく、よろよろ後ろへと下がっていく。


 遺跡の崖っぷちになんとか踏みとどまったが、そこまでが限界であった。

 次の光の槍が胴体を貫くと、はるかはよろめき足を踏み外し、落ちた。


「はるかちゃんっ!」


 いつ意識を取り戻したのか、駆け寄ったほのかが、地に伏せながら素早く手を伸ばした。

 ほのかの手が、はるかの身体に触れた。

 だが、どこも掴むことが出来ず、はるかは、落ちていった。


 次元の裂け目へと吸い込まれていきながら、はるかは、目を閉じ、微笑んでいた。

 心の中で、ほのかへと語りかけていた。



 『ありがとう。ほのか。

 あたしなんかを、助けようとしてくれて。

 もっとずーっと早くに、出会えていたらなあ。

 本当の友達に、なりたかったなあ』



 次元の裂け目に飲み込まれていくはるかを見下ろしながら、ほのかは涙を流し、はるかの名を叫んだ。

 願い届かず、はるかの姿は裂け目に吸い込まれ、消えた。


 悔しがり、言葉にならない声を発し、ほのかは地面を拳で何度も叩いた。


 後ろに、魔帝ジャドゥーグが立っていた。

 ぼそ、と口が開く。


「残るはお前一人だ。魔法女子ほのか」


 マントを翻し、にやりと冷淡に笑った。

 ほのかは、ジャドゥーグへと背を向けたまま、ゆっくりと、立ち上がった。


「私は……」


 ほのかの背中が、ぶるぶると震えている。

 振り返ると、涙を溜めながらも毅然とした表情で、魔帝を睨みつけた。


「私は、一人じゃないっ!」


 背後で、赤い炎が爆発した。


「炎の技など我には通じぬこと、もう理解しているだろう。無能者には、死を持って分からせるしかないのか。選ばせてやろう。苦しんで死ぬか、苦しまずに……なにっ!」


 ほのかの背後で、青い光が燃えていた。

 それは、魔法女子あおいの能力である、水の力であった。


 それだけではない。

 緑の、風、しずか。

 黄色の、大地、ひかり。

 そして赤い、ほのかの、炎、

 四つのパワーが、混ぜ合わさり、ほのかの身体を包み込んでいた。


 さらに、

 闇の力、はるか、

 霊の力、ゆうき、


 ほのかの小さな身体を包む光に、これらの輝きが加わって、いつしか、惑星すら飲み込むほどの巨大な龍になり、宇宙を縦横無尽にうねり疾走っていた。


 がくり。ほのかは膝を崩しかけるが、持ち直し、疲労しきった顔を上ると、魔帝ジャドゥーグを睨みつけた。


「いくよ、みんな……。エレメンタルエクスプロージョン!」


 ほのかは軽く膝を曲げると、跳躍していた。

 高く、高く、浮遊島のすべてが見渡せるほどに、高く。


 ジャドゥーグへと落下を開始した、次の瞬間には、その速度は既に光を超えていた。


「これが最後っ、私たちのおっ、全身っ、全霊っ、全力だああああああ!」


 大きな口を開き咆哮を放つ巨大な龍の中で、ほのかは右手にはめた巨大な魔装具を、ジャドゥーグへと、渾身の力で突き出し叩き付けた。


 すべては、真っ白な中に包まれていた。

 地球の上に浮かぶ天窮界の遺跡、浮遊島に、これまでにない規模の大爆発が起こり、巨大な島は、真っ二つに引き裂かれていた。


「バッ、バカな! この私が、この、私があぁぁ……」


 ジャドゥーグの身体は、さらさらと塵へ還りながら、島から砕け分離した地面とともに落下して、黒く不気味な光を放つ次元の裂け目へと吸い込まれていった。


 マーカイ皇帝が消滅したことにより、力場や形状を支える力を失った浮遊島の、崩壊が始まった。

 あちこちで建物が崩れ、地が割れ火が噴き出し、爆発し、島が分離して、小さな物から次々と引力による落下をしていく。


 いつしか次元の裂け目は消滅していたが、それはつまり、遺跡が地球へと落下していくということであった。


 ほのかの立っている地面も、いつしか砕けて小さくなって、浮力を失い、地球への落下を始めていた。


 はあはあ、と息を切らせているほのかであったが、がくり膝をつくと、うつ伏せに倒れた。


 地球の引力に引き込まれ、周囲の温度が上がって真っ赤な地獄のようになった中で、ほのかは柔らかく微笑んでいた。

 眼下に大きく広がる、青く輝く惑星を見つめながら。



 『この星を、守ったこと、

 間違ってなんか、ないよね。

 だって地球は、こんなにきれいなんだから』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る