第06話 鼻血
「というわけで、お風呂あがりにいつまでも素っ裸でいて、風邪をひいてしまいました」
へくちんっ。
くしゃみとともに、ずるんと勢いよく鼻水が出た。
「ティ、ティッシュ、ほら」
「ず、ずびばせん」
敦子は慌てたように定夫から一枚受け取り、ずびむと勢いよくかんだ。
ここはおなじみ、山田レンドル定夫の家である。
メンバーもおなじみ、定夫、トゲリン、八王子、敦子殿。
「プロ声優になることを志す者として、情けない限りです。風邪対策をおろそかにしていたことも、この身体の弱さも、発端となったメンタルの弱さも」
はーあ、などと脱力のため息を吐いていると、また、ずるんと濃いのが垂れて、慌てて定夫からティッシュを受け取った。
「おれも、なんか鼻がむずむずしてきた。風邪ひいたのかな」
定夫は鼻をおさえようとするが、その瞬間、どおっ、となにか垂れて、口へと伝った。
指で拭ってみたところ、それは鼻水ではなく、
「レ、レンさんっ、すっごい鼻血が出てるっ!」
「ちち、違うしっ、鼻血じゃないしっ。そう、鼻水っ、なんかっ、赤い鼻水が出たあ!」
風呂あがりにずっと全裸でいたという敦子の話に興奮したと思われたくなくて、必死にごまかそうとするレンドル定夫なのであった。
実際問題、鼻血の原因は百パーセントそれであったが。
「ふがあ!」
大慌てで、ティシュを尖らせて鼻にねじ込む定夫。
鼻水や鼻血の話をいつまで続けていても仕方ないので、そろそろ進めることにしよう。
今日四人が集まったのは、「ほのかは、どうなったのか」を論じるためである。
あと数日で次の話が放映されるわけであるが、四人とも、それまでとても待ちきれなかったので。
事実を知るためには放映まで待つしか選択肢はないが、みんなと語り合うことによって、各々の心に納得が見つかればよいのである。
次回放映まで乗り切るための、パワーを充電することさえ出来ればよいのである。
パワーといっても、元気活力といった前向きなものではなく、狂わぬための精神防壁を維持するためのパワーだが。
彼らは現在、例の「ほのかの胴体両断シーン」と、その前後部分を繰り返し繰り返し観ていた。
そこからなにかを見出そう、と。
それを語り合って、よい予測を導き出して、みんなで元気を出そう、と。
しかし、
「やはり、映像だけからの判断は不可能なのであろうか」
何回目かの視聴で、トゲリンが不意にネチョネチョ声でぼやき、ため息を吐いた。
「そうだね。まあ、そうとしか考えられないように、映像を作って見せているからねえ」
そのようなことは理解した上での、それでもなにか発見出来ることがあるかも知れない、という今日の集まりだったわけだが、
結局、
なにも分からなかった。
シルエットから想像出来ることがおそらく事実なのだろう、ということくらいしか。
なお、この件、こうして騒いでいるのは定夫たちだけではない。
全国のオタたちの間で、騒動になっていた。
大人気テレビアニメの主人公が、ストーリー半ばにしてあっさり胴体を両断されたのである。当然というものだろう。
ネットニュースや情報ワイドによれば、夕方に放映している大手キー局の全国区アニメとあって、視聴者からの猛烈な抗議が殺到したらしい。
また、ほのかファンによる、助命嘆願運動もあちこちで起きているということだ。
定夫たちには、そうした運動に参加するつもりは毛頭なかったが。
来週の話など、とっくに完成しているわけで、運動を起こしてなにが変わるはずもないからだ。
第二期への要望というなら、分からなくはないが。
事実を捻じ曲げようということでなく、ただ次回放映までの間に、少しでも安息を得たいだけなのだ。定夫たちは。
結局、トゲリンのいう通り映像からはなにも分からなかったが。
結局、もう出尽くしている話を、いたずらに繰り返すことしか、心を慰める術がなかった。
ほのかは主人公である、だから死ぬはずがない。
ラストで誰かがほのかに語り掛けているのに、死ぬはずがない。
魔法使いなんだ、なんとかなる。
主役交代なら、アメアニにシルエットが乗るはずだ。
多分、だから、ほのかは死んでいない、もしくは復活する。
と。
果たして、どうなるのであろうか。
惚笛ほのかの、生命は。
判明するまで、あと数日。
次の木曜日、午後六時。
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