第05話 あたしのせいだろうか
湯気のもうもうけむる中、沢花敦子は湯船の中で横たわるように身体を浅くして、鼻のすぐ下までお湯に浸かっていた。
珍しく、眼鏡を外した敦子である。お風呂なので当然だが。
ふと思い出したように、右手を後頭部にあて、なでた。
「いやあ、さっきはまいったなあ。壁にゴツンと思い切りぶつけちゃったからな。もう痛みはないけど心配だあ」
兄に魂全力のブレーンバスターをかけられていたことの方が、よほど心配事な気もするが。
「ふいーーーっ」
どんどん浅い角度になって沈んでいく上半身を、いったん起こすと、浴槽の縁に肘をかけて、長い息を吐いた。
気持ちは、だいぶ落ち着いた。
お風呂に入り、湯船に浸かったことで。
つい先ほどまでは、本当に酷い状態だったのだから。
あたふた狼狽してレンさんたちにメールを送ったかと思うと、今度はどんより鬱のような状態になってしまって。
まだ、悲しみが癒えたわけではないが。
なんの話かというと、つい先ほどまで観ていた今週の「魔法女子ほのか」のことだ。
早い話が、主人公が胴体両断されて殺されてしまったのだ。
巨大な斧で、スパッと。兄貴のブレーンバスターと同じくらい、躊躇なく容赦なく。
シルエットなので、両断されたという確証はないが、ほぼ間違いないだろう。
アニメには約束事というものがあり、もし「シルエットを使った視聴者に対してのトリックで、実はピンピンしてましたあ」では、それこそルール違反というものだ。
つまり、普通に考えて主人公のほのかが真っ二つにされたことに間違いない。
つまり、普通に考えてほのかは助かりっこない。
「あたしが、変なことばかり考えていたからかなあ」
ほのかが、無残な最後を遂げることになったのは。
変なこと、とは、次のようなものである。
ほのかの声、元祖は敦子であるが、テレビアニメ化にあたり
敦子としては、自分の持ちキャラを取られてしまったという、相当に悔しい思いがあった。
その思いが、無意識のうちに怨念になっていたのではないか、ということだ。
「でも……」
那久さんの演技を素晴らしく思い、尊敬し、勉強しようと思っていたことも間違いのない自分の気持ち。
だから別に、わたしが呪ってこうなったわけではない……はず。
だいたい、もしもそんな能力があるくらいなら、持ちキャラを死なせて仕事奪ってやれとか、そんなセコセコしたことじゃなくて、那久さん本人に呪いが行くのが当然ではないか。
だから、わたしはなんにもしてない。
変なパワーなんか発していない。
無実、そう、無実だ。
「とはいうもののなあ……」
後味がよくないのも確かだ。
ほのかの一ファンとしても、
ほのかの初代声優を務めた身としても。
こんなことを考えていて、なにがどうなるものでもないけれど。
わたし自身の気持ちは、それはそれとして置いといて、この先、一体どうなるのだろうか。
ほのかは。
残った最後のパワーをあおいたちに分けて、自らは朽ち果てて、とか、せいぜいその程度の結末しか考えつかない。……あんな倒され方では。
そうなったら、もう、出てこないのかなあ、ほのか。
だって、どう考えても、助かりっこないものな。
それとも、なにかあるのか。カラクリが。
死んだのは影武者だった、とか。
「いやいやいや、だとしたらその影武者こそが物語の主人公であって、そのキャラの死んだ重みに変わりはないでしょう」
武士道戦隊チャンバラファイブで、殿の正体が殿の影武者だったけど、それと同じだ。
でも……
死んじゃった、と決め付けて勝手に悲しい気持ちになっていたけど、考えてみれば生きている可能性だって充分にあるんだよな。
作品タイトル、「魔法女子ほのか」だぞ。
それと、さっき観た話の最後、「勇気あるかな?」って、ほのかへの問いかけだものな。あの、七森さんの声。
でも、でも、それじゃあ、どうやって助かるんだろう。助かるとして、どうやって。
もともと魔法っぽい魔法がばんばん出ているアニメならば、魔法で肉体が戻るのかなという期待も出来るけど、ほとんど殴る蹴るの火力アップにしか使ってないからなあ。
でも、なら、どうやって……
ほのかは……
「ダメだ。あたし程度の頭では、思い付かない」
考えども考えども、納得いく筋書きは浮かばなかった。
ルプフェルならば天才頭脳でさらり解決の方程式を導き出してしまうのかも知れないが。いや、ダメか、「あたしの勝利の方程式があ」と、自滅するのがルプフェルのお約束だからな。
などといつまでも考え続けていたものだから、敦子はすっかり長湯になってのぼせてしまった。
ぐええ、と呻きながら浴室を出た。
身体をバスタオルで拭きながら、ふと洗面鏡を見ると、元気のない自分の顔が映っている。
眼鏡をかけていないので、ちょっとぼやけた敦子が鏡の中。
そんなぼやぼやとした自分を見ているうちに、なんだか情けない気持ちになってきた。
プロ声優を目指しているくせに、と。
自分が関わったキャラに感情移入することはよいが、割り切ることが出来なければだめだろう。
いちいち落ち込んでいたら、周囲に迷惑がかかるというものだ。
沢花敦子、お前は、なにを目指しているんだ。
こんなことで、いいのか。
情けない。
情けないぞ、敦子っ。
このバカッ。
鏡に映る自分へ、拳を突き出しコツと当てた。
すーっと息を吸う。
吐いて、吐き切って、もう一回吸った。
強がり、にっと笑みを浮かべてみせた。
そうだ。
笑顔。
その笑顔だ、敦子っ。
「元気出すぞおお!」
敦子は大声で叫び、右腕をぶんと振り上げた。
「磁界制御! マジックジェネレーターフルスロットル始動! ワンツースリーフォー! って、なんで『めかまじょ』なんだああああ!」
まあ、まほのの次にお気に入りのアニメだからであろう。
変身シーンのノリが最高なので、このようになにかにつけて真似して元気をもらってしまうのだ。
「ほのかも意外と、メカになって復活したりして」
……それどころか、「めかまじょ」とコラボ企画して、それで助かったりとか。黄明神博士が、変な機械を取り付けちゃうとか。
ありえないか。
スピンオフの「魔法女子ゆうき」とは、わけが違うからな。
制作会社も、放映のキー局も違うし。
でも、もし実現したら、どんな変身になるんだろうか。
ちょっと、やってみようかな。
誰もいないし。恥ずかしくない。
「トル ティーグ ローグ、古代に埋められし精霊たちよ、ここへ集えっ! 魔道ジェネレーター、フルスロットルで発動っ! 混ぜただけやーん! って、なんでなんで関西弁? あたしはめかまじょナンバーフォーの、
「風邪ひくから! バカやる前にパンツの一枚でも履きなさい!」
いつの間にかドア開け立っていた母に、怒鳴られる敦子であった。
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