第04話 妹にブレーンバスター
夜の、沢花家。
まあ家の中でのことなので、昼でも夜でもどっちでもいいのだが。
沢花祐一は、居間でテレビを観ている。
クイズ番組だ。
いつも観ている番組ではない。
たまたま興味をひかれる問題が出たところから、チャンネル変えるのも面倒だしそのまま惰性で、というだけだ。
のめり込んでいるわけでもないが、さりとてつまらない退屈だと感じているわけでもなく、テレビというアイテムを有効活用してのんびりを地味に堪能していた。
とまあ、どちらかといえば楽しいくつろぎタイムであったわけだが、だがそれも、あの音が聞こえるまでだった。
とん、
とん、
階段を降りてくる元気ない足音が耳に入った瞬間、祐一は本能的にげんなりとした表情になっていた。
はーあがっくし、といった雰囲気に満ちたため息が聞こえてきたことで、本能に間違いなかったことを確信した祐一は、顔に浮かぶげんなり感をさらに強めた。
さあ、くるぞ。
あいつが。
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1
カチャリ。
すうーーっ、と妹の敦子が、居間に入ってきた。
生気を完全になくした、青ざめた顔で。
よろりよろりとした、幽霊やゾンビといった、そんな足取りで。
テーブルと、祐一の膝との間に、強引に足を割り込ませて、狭いところをぐいぐいぐいぐい強引に通り抜けようとする敦子。テーブルの反対側なら、スペースたっぷりだというのに。
なんとか通り抜けたかと思うと、くるり踵を返して、また隙間に強行侵入してきた。
「はーあ」
肩を落とし、ため息を吐きながら、ぐいぐいぐいぐい強引に、祐一の膝にごつごつごつごつ強引に、通り抜けた。
飽きずにまだ繰り返すつもりなのか、くるん、と身体を回転させる敦子。足をもつれさせて、後ろによろけて壁にズガンと後頭部を強打。
「うぎい」
敦子は、ひざまずき、呻き声を絞り出しながら後頭部をおさえた。
兄、祐一は、視界の片隅にそんな妹を捉えつつも、テレビから目をそらさなかった。
少なくとも、「大丈夫か?」などとは、絶対にいいたくなかった。絶対に声を掛けたくなかった。
演技に決まっている。
なにかあったのか、と尋ねて欲しいだけだ。
「なんにもないよお」などととぼけてくるだけなんだから。
なにも構わないでいても、「辛いよお」などと独り言が始まるのだろうが、そっちのがまだましだ。構ってアピールモードになった敦子とは、接したくない。あまりに鬱陶しいから。
兄のそんな気持ちを知ってか知らずか、壁に頭を強打した痛みに呻いていた敦子であるが、涙目で後頭部をおさえたまま立ち上がると、また、よろりよろりと歩き始めた。
祐一は、ふんと小さく鼻を鳴らす。
さして痛くもないくせに。最近、演技で涙を流せるようになってきたからって、よくやるんだよ。
暇なら自分の部屋でアニメでも観てろよ。
「辛い。辛いよう」
ほら出た、独り言。
祐一は、小さく舌打ちした。
敦子は、床にけつまづいて転びそうになるが、咄嗟に片足を出して持ち直すと、ふらふら歩きを再開する。
歩きながら、ちらりとこちらへ視線を向ける。
その、察してアピールやめろよ! 察してっから絶対に話し掛けたくないんだよ!
腹立つなあ、本当に。「なにがあったんだ?」なんて、聞かないからな。絶対に聞かないぞ。
ほんと鬱陶しいな、このオタク女は。
「そ、そうだあっ! めかまじょだって、新アイテムのハイパーキーで、マジックジェネレーターをフルスロットル始動させてパワーアップしたじゃないか!」
また、なんだかわけの分からないことをいい出したよ。
なんだよ、メカマジョって。つうか、お前の脳味噌だろ、フルスロットル迷惑全開なのは。
そんな怪訝そうな迷惑そうな、祐一の露骨な表情にもてんでお構いなし、敦子は彼のすぐそばに立つと、叫びながら両腕を高く振り上げた。
「ワン ツー ワンツースリーフォー! じゃじゃじゃじゃじゃーーん」
両腕をすっと下げて、両の拳を祐一の眼前数ミリのとこにまで突き出した。
プチリ、と祐一の脳の血管が切れ掛かる。
「ハイパーキー! マジックジェネレーター始動フルスロットル!」
右の二の腕に、鍵を差し込んで回すような仕草、腕と身体をぶるんっと震わせた。
「新変身シーンはあ、この捻った瞬間の、ぶうんって高く低く震えるアクセル全開な感じがミソなの」
「ミソでもなんでもいい。出てけえ!」
ついに、切れた。
うおおお叫びながら、ソファから立ち上がるや否や敦子の脳天に空手チョップ。ぐらりよろけた彼女の胸に、水平チョップを連打。
スエットの布地をがっしと掴み、ソファ目掛けてブレーンバスターで叩き付けると、ううーんとのびてる彼女に容赦なくパワーボムで追撃。
ダンゴムシのように丸まっている妹の身体を、そのままゴロンゴロンと転がして、部屋から追い出しドアを閉めた。
「ふーっ」
虚しい勝利に、虚しいため息。
どうせ三十秒もしないうちに、何事もなかったようにまた戻ってくるのだから。
さすがクイズ番組好きというべきか、その予想、大正解であった。
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