第08話 変わったのは、おれたち

 乾いた風が、吹き抜けている。

 太陽が、じりじりと荒野を焦がしている。

 ハゲタカは……飛んでいない。何羽かスズメが見える程度だ。残念。


 ここは都立武蔵野中央高等学校の、校舎前のレンガ道である。であるからして当然サボテンも生えてはいないが、


 ざっ、

 ざっ、

 ざっ、

 ざっ、


 でもなんだかそんな雰囲気に浸っちゃったりなんかしてる感じに、山田レンドル定夫、トゲリン、八王子の三人は、肩を怒らせながら歩調を合わせて横並びに歩いている。


 ひゅううー、


 つむじ風が、土埃や落ち葉をくるくる運んで行く。


 ざっ、

 ざっ、


 彼らは歩く。

 くるくる舞うつむじ風の向こうに、なかしゆうの姿が見えた。

 今日も女子生徒と歩いている。


 しかも今日は、三人もいる。

 先日出くわした時とは、完全に別の女子たちに入れ替わっているというのに、女子たちは相も変わらず中井にからみつくように密着している。


 中井修也と、三人の女子たちは、楽しそうにお喋りしている。


 中井修也、勉強優秀スポーツ万能眉目秀麗実家金持エトセトラな三年生である。

 アニメ好きのくせに、こっち側ではなくあっち側な人間である。

 線引きをするまでもなく、見た目やにおいで一瞬で分かる、あっち側の人間である。

 北緯三十八度線を渡った、あっち側の。

 定夫が勘違いして渡ろうものなら、銃殺間違いなしの。


 だが、しかし、

 定夫は、彼らへとちらり視線を向けた。


 おずおずとした、上目遣いの、自信のない、捨てられた子犬のような……ではなく、顔をまっすぐ前に向けたまま、中井との身長差の分むしろ少し視線を下げて。


 視線を向けた、というよりは、そらさなかったというのがより正しい表現かも知れない。


 そう。

 中井修也を見る定夫の目つきや態度は、かつてとはまったく異なっていた。


 定夫だけではなく、それは、トゲリンたちも同様であった。八王子は背が低いので少し見上げる格好にはなってしまうが、首を下げての上目遣いではなく、顔はしっかり真正面を向いたままだ。


 いつもとなんら変わらぬ、女子と楽しげに話している、人生謳歌しているような、人生殿様キングのような、しかしなにも知らぬ、中井。


 そう。

 中井は変わっていない。

 なにも変わっていない。


 中井を見る、おれたちが変わった。

 中井は変わっていない。女子にモテモテの、普段通りの中井だ。中井ハーレム株式会社だ。


 そんな中井を、ちょっと下に見ている。


 そう。

 変わったのはおれたち。

 中井は変わっていない。


 おれたちが、変わった。

 中井は変わっていない。

 むしろ変わるな。


 変わったのは、おれたち。

 確実に、変わった。


 知っているぞ、中井。

 お前、この間、「ほのかハマってるんだあ」とか、いってただろ。ボーイズラブみたいなその鼻声で。


 誰が作ったと思っている。

 ほのかを、誰が生み出したと思っている。


 顔がいいから女子にチヤホヤされているだけの、お前に出来るか?

 顔がいいからアニメ好きのくせに女子に気持ち悪がられない、お前に出来るか?


 おれを、おれたちを、誰だと思っている。

 お前に出来るか?

 中井い、お前に出来るかあ?


 と、同じようなことを、トゲリンたちも考えていたのだろうか。

 考えていたのだろう。

 いつしか、誰からともなく笑い声が漏れて、三人で、ふっふっふと声を合わせていた。


 中井アンド女子たちと、すれ違った。


 汚物でも見るかのような彼女らの視線などまったく気にせず、ふっふっふ。

 振り返り、去りゆく奴らの背中へ目掛けて、ふっふっふ。


 モテろ。

 お前はモテろ。中井。

 小市民的な優越感に浸っているがいい。


 ふっふっふ。


 などとやっているうち、一人の女子が定夫たちの視線に気付いた。

 彼女は、道の外れに転がっている、小石と呼ぶにはちょっと大きな石を拾い、両手に持ち、ゆっくりと振りかぶった。


「クソの分際で中井くんを見るんじゃねえ!」


 定夫の頭にゴチ!


「石ギャアア!」

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