第06話 ヲタヤマ
都立武蔵野中央高等学校。
なにやら本を二冊、小脇にかかえて。
階段を上り終えて廊下に出ると、すぐ目の前が目的地である三年三組の教室だ。
業間休みでたくさんの生徒らが談笑しながら行き交う喧騒の中、廊下側の窓から室内を確認する敦子。
教室の中央に、クマのような大柄な身体をちんまりさせてアニメ雑誌を読んでいるオカッパ頭の男子生徒、山田定夫の姿を発見した。
敦子は曲げた指の節でコツコツと窓を叩くと、勢いよく開……こうとしたがロックされてて開かなかったので、既に少し開いている隣の窓を、ちょっと恥ずかしそうな顔で今度こそ大きく開いた。
「レンさんっ!」
ぶんぶん手を振りながら、元気な笑顔で呼び掛けた。
ざわざわっ。
という擬音がこれほど似合うシーンもあるまい、というほどに、三組の教室がざわめいていた。
「やは、敦子殿」
すっと立ち上がった定夫は、超肥満のくせに足取り軽く机の間をすっすっと抜けて、窓を挟んで敦子と向き合った。
どおおおおおっ、と、どよめく教室。
「ヲタヤマがっ、じょじょ女子とっ!」
「あ、あのヲタヤマがあ!」
この男子たちのリアクション。これで何度目であろうか。
あの山田定夫が、女子生徒とっ。
何千回何万回目撃しようと慣れるはずもない、というのがまあ自然な反応なのかも知れないが。
ヲタヤマいや山田定夫は、まあヲタヤマでもいいが、は自らの作り出した騒然とした空気の中で向き合う女子生徒へと話し掛ける。
「どうしたんだよ、休み時間にわざわざ」
喋ったあ!
じょ女子にっ。
ヲタヤマがあ、じょじょ女子にっ!
普通にっ!
普通に喋ったああ!
と、ざわつく教室。
「コミカケ返しにきましたあ。どうもありがとうございました。面白かったです」
敦子はライトノベルと思われる本を、そっと両手で丁寧に差し出した。
思われる、というか実際ライトノベルである。「おれがコミケにかける情熱を読みきれなかったお前は敗者」、タイトル通りの、同人誌に夢中になっているアニオタの話だ。
「別に放課後でもいいのに」
「いやあ、お返しに、これを持ってきたのでえ。もしかして早く読みたいのかなーなんて思って」
と、もう一冊の本を差し出した。
細い目で睨む不気味な表情の子供のカバー絵。発売したばかりの「異界グルメ」第一巻。
少女漫画雑誌に連載開始時から敦子が大絶賛していた漫画で、単行本化にあたり、もともと興味は示していた定夫に、今度持ってくるからと約束していたものだ。
「おお、サンキュ。さっそく読んでみるよ」
定夫はイカグル第一巻を受け取った。
「どんなのかなあ」
「ぜーーったいに面白いですよお」
自然に、楽しげに、会話をしている二人。
を、見ている教室内の生徒たちは相変わらず、
「お、おおっヲタヤマがあ!」
「じょんじょじょ女子とっ!」
「ふ普通にっ」
「会話しているう!」
「逆にキモチわりいいい!」
「だ、誰かあいつらに水爆を発射しろーっ!」
今日初めての、こうしたやりとりではないのに、まるで今日初めて見たかのように驚きまくり騒ぎまくっている三組の生徒たちであった。
「ちょ、ちょっとあたしっ、確認してみるっ!」
今日初めての光景でないのに信じられないのか、何故か声を裏返らせながら茶髪の女子生徒、
「ねえヤマダくうーん」
半歩の距離にまで寄ると、しなつくるような声で、呼びかけた。
身体をくりんと回転させて振り向いた定夫は、クラスの女子生徒に密着されていることにびっくりして「ほめらあ!」とわけの分からない叫びを上げながら、頭を激しく後ろへのけぞらせた。
「あいたっ!」
敦子の悲鳴。
のけぞった定夫の後頭部がイナバウアーで窓枠を飛び出して、廊下側に立つ彼女の鼻っ柱をズガッと直撃したのだ。
「な、な、なっ、おっ、おーーっ、おーーっ」
わけの分からない叫び声を発しながら、ぶるんぶるんぶるんぶるん大きく頭を振っているヲタヤマ。
女子に話しかけられたことに、パニックを起こしているのであろう。
「よおし、いつも通りのヲタヤマだあ! つうか気安くこっち見てんじゃねえ!」
安藤和美の容赦ない右ストレートが、ヲタヤマの顔面をぶち抜いていた。
ぐらり揺らめくヲタヤマの巨体。と、っと足を踏み出し、一瞬持ち直したように見えたが、
「まおーっ!」
という不気味な叫びと同時に、どっばああっと鼻から血を噴き出し、地響き立てて床に沈んだのであった。
安藤和美、ウイン!
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